第4話a 固まる決意

 彼女達の部屋へ向かう途中、ピッチー携帯用連絡道具ーを見ていた千夜一夜から、報告がかかる。

「隊長。祈によると、2人とも思ったよりショックは無いっぽい」

「そうか。良かった」

 おそらく官九郎がケアをしていたのだろう。あいつは人の機微には聡かったからな。

「だけど、合歓ちゃんは『騎士』に対して強い嫌悪感があるみたい。祈が騎士だって知った瞬間に睨んだり暴れそうになったりしたって」

「っ。わかった」

 騎士に対して強い嫌悪感、か。もしそうならさっきの『ここで引き取る』案はボツかもな。あの子達にわざわざストレスを与える必要は無い。

「入るぞ」

 ノックをし、ドアを開ける。

 そこには、神無が蔓茱萸を抱きかかえて、木蓮と談笑している姿があった。

「何をやってる」

 神無を引き剥がし、問い詰める。すると、神無は悪びれもせず「もがく姿が可愛かったから、つい」と言い放った。

 神無にはチョップを入れておいて、少女達のほうを見る。

 木蓮は穏やかな顔でこちらに黙礼してきたが、蔓茱萸は立ちあがりこちらに鋭い視線を向けてきた。その雰囲気のまま、蔓茱萸が口を開く。

「おじさんも」

「おじさんって、俺か?」

「うん」

 おじさんか……俺、まだ28なんだけどな。

「あ、えと」

「隊長だよ!」

 気を遣わせたのか、言い淀む彼女に釘打が助け舟を出す。

「隊長さんも、わたしたちをケンキューするの? それとも、どこかそういうトコに連れて行くの?」

「誤解だ。俺たちはそんなことはしない」

「嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ! だって、隊長さんだって騎士なんでしょ!?」

「待ってくれ! 俺たちは引き渡したりもしない! 君たちさえ良ければ、うちの隊で保護しようと思っている! もちろん研究なんてしない!」

「黙ってよ! 騎士のもとになんて居られるわけない!」

 激昂し、蔓茱萸は聞く耳を持ってくれない。おそらく、『騎士』には、歯をむき出しにし肩で息をするようになるほどの何かがあったんだ。

「蔓茱萸」

「なに」

「もしよかったら、どうしてそんなに騎士を嫌うのかを教えてくれないか?」

 その言葉に蔓茱萸は一瞬苦虫を噛み潰したような顔をしたが、教えてくれた。


「あの施設に行く前、わたしの家に騎士がきたの。その騎士の話だと、わたしのリョーシンはゴートーサツジンをして遠い場所に行くことになったから、その間待っている場所があるんだって。そう言って連れて行かれたのがあそこだった。結局おとうさんもおかあさんも会いに来てくれないし、あそこはわたしたちをこんな風にした。騎士なんてみんなウソツキでヒドイことする人たちの手先だ!」

 そう言い捨てた彼女の目は、寂しさと不信に染まっている。その目を見た俺は、彼女のもとに跪き。

「すまなかった。俺たちは、あの施設が酷い場所だとは思っていなかったんだ。もちろん、知らなかったで済むなんて思わない。恨んでくれて構わない。殴ってくれて構わない。だが、俺たちは君をこれ以上酷い目にはあわせない。それだけは信じてくれ」

 せめて。せめて、これからどこかへ行くとしても。彼女を不安なまま行かせたくはなかったから。

 その言葉を聞いた彼女は、目を見開いた後、その拳を振りかぶった。

 ああ。そうだ。殴ってくれ。俺たちは、殴られるべき程の罪を犯してしまったのだから。

 ーーだが、頰に当たった拳はとても弱々しく、震えていた。

「ずるい。ずるいよぉ」

 拳が。体が。俺にもたれかかり。

「そんなにまっすぐ謝られたら、恨めないじゃんかぁ」

 その顔から涙がこぼれ落ち。

「わかってたよ。ほんとは騎士は悪くないんだって。きみたちは、わたしたちを助けてくれたんだって」

 泣きじゃくりながらも、彼女は言葉を紡ぐ。

「でも、官九郎お兄さんも優しかったんだよ。大好きだったんだよ。恨めないんだよ!」

 悲痛な叫びが胸に響く。

「だったら、わたしはどうすればいいの? 誰を恨めばいいの?」

 その、少女の問いに対する答えを俺は持ち合わせず。ただ彼女に胸を貸すことしかできなかった。


 少女が、泣きはらした目で問いかける。

「隊長さん。いっこだけ教えてくれない? わたしは、おとうさんおかあさんにまた会えるかな?」

 それは。ほぼ確実に無理だろう。強盗殺人、しかも官九郎の記録によればもう3、4年前の話だ。おそらくはもう裁かれているだろう。

 だが、そんな事実を伝えて、彼女は持ってくれるのか。騎士を恨むことで保っていた精神こころが、いま折れてしまっている。そこに残酷な事実を突きつけて、彼女は持ってくれるのか。

 俺の答えは。

「残念だが……会えないと、思う」

 それでも俺は。彼女に対して誠実でありたかった。

「そ、っか。うん。わかった」

 それでも、彼女は気丈に振舞って。

「あれ。さっきので出尽くしたと思ったのに、な」

 だが、その目からは新たな涙がこぼれ落ちた。

 ハンカチを渡すと、彼女はそれで目を抑えた。腫れた目では痛いのか触ってはビクッと離し、を繰り返している。

 手伝っていいのか迷っていると、彼女から声がかかる。

「隊長さん。わたし、もう帰る場所がなくなっちゃった。だから、だから。傷つけちゃうような言葉を吐いたわたしだけど。居場所になってください」

「ああ。約束だ」

「約束」

 その言葉で、やっと彼女の顔がほころんだ。

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