第3話 網代の少女

 わたしー蔓茱萸合歓ーが目を覚ました時、そこは見慣れた施設の天井ではなく。部屋もまた、見慣れない場所だった。

「……ん。ここは?」

 反射的に、素早く首を動かし部屋を見渡す。部屋にはタンスやクローゼット、それに寝ていたベッド等の調度品が置いてある。そして、部屋の反対側にある、もう1つのベッドに。

「薑」

 わたしとともにキメラとなった少女、薑が寝ていた。

「よかった」

 1人でないことへの安堵に息を吐き。そちらに近づこうとベッドを降りる。

 ドクン・・・、と。音が聞こえた。

 手足から。お腹の内側から底冷えする恐怖が立ち上る。友達がそばにいたからと油断していた。まだここは、知らない場所なのに。

 足音が。呼吸音が。心音が。こちらへと迫ってくる。すぐ近く、ドアの前に来る。

 薑を起こそうにも、間に合わない。それでも、置いて逃げるなんてできない。

 ノブの回る音がする。

 どうする、どうする、どうする。

 扉が、開く。

 考える暇なんて残っていない。とっさに、ベッドを守るように前に出た。


 姿を現したのは、少女だった。

「あ、起きた?」

 少女が明るく問いかける。あまりにも自然なので、つい「起きた」と返してしまった。

 だけど、すぐに思い直す。もしかしたら、彼女はわたしたちを攫った誘拐犯なのかもしれない。お兄さんが言っていた。わたしたちには色々な意味で価値があると。もし、そうならば。目の前の彼女を殺してでもー

「っ!?」

 その瞬間。彼女の顔が目の前に来ていた。思わず体が後ろに下がりそうになると、逃がさないかのように抱きつかれ、「ちょっとちょっと! そんなに怖い顔しないでよ。大丈夫大丈夫」と宥められた。その瞬間、ぞくりと鳥肌が立つのを感じる。見知らぬ人間に抱きつかれる恐怖がわたしを襲う。

「きみ、だれ」

 掠れる声で問う。そうしたら、意外にもあっさりと答えが返る。

「私は神無祈かんないのり。この国の騎士だよ」

 騎士。その言葉を聞いた瞬間、私は少女、神無を渾身の力で突き飛ばした。

「やっぱり。今度はわたしたちをどこにやろうっていうの?」

「どこにやるなんて。私は君達を守るために」

「嘘だッ!」

 いきなりの怒声に、神無がたじろぐ。

「あの施設に送ったのは騎士じゃないか! またどこかへ送るつもりなんでしょう! あの施設みたいに!」

 やはりこの少女は敵だ。一刻も早くここから逃げなくては。

 その時、さっきの声で目が覚めたのか、「ううん」と後ろから薑の声が聞こえた。

「はじかーみゅぐう」

 その声に、つい神無から目を切ってしまった。次の時には、口を押さえられ身を押さえられる。

「合歓? と、あなたは」

神無祈かんないのり。騎士やってるよ」

 耳元で、神無の声がした。


「じゃあ、2人ともあんまりうるさいのは苦手なんだ」

「はい。できれば遠慮しておきたいです……」

「うーん。まあ、おっきな耳つけてるし、合歓ちゃんはそうだろうなって思ってたけど。薑ちゃんもか」

 どうしてこうなったのか。

 あの後、薑はあっさりと神無に懐柔され、部屋で談笑している。そして、わたしは。

「離して」

「嫌だよ。また暴れちゃうだろう?」

 未だ神無に捕まったまま、寝ていたベッドに強制的に腰掛けさせられている。

「薑も。こんな人と話す必要ない」

「合歓! ごめんなさい祈さん」

「いーよ。大丈夫」

 聞き分けのない子供のようにあしらわれている状況にむすっとしていると、神無が耳元で囁いてくる。

「じゃあ、こんな風に近くで音がするのは?」

「……苦手ではないけど、きみの声が近くでするのは虫唾が走る」

「合歓?」

 あ、まずい。

「いい加減にしないと、殴るよ?」

 薑が施設で怒った時の思い出が蘇る。

「……ごめん」

「うん! じゃあおとなしくしててね」

「わかった」

 本能的に、薑の言葉に従ってしまう。

「もしかして、薑ちゃんって怒ると怖い?」

「すごく、怖い」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る