魔人再び

 梓に憑依した伯爵を撃破して直ぐに師匠に連絡をした。

『流石小僧!ワシの見込んだ通りじゃ!』

 師匠は大変喜んだ。電話越しでも丸解りなはしゃぎよう。

 と言うか電話向こうでの声が聞えたから解ったのだが。

 先生!?いきなり踊り出すなんて一体!?

 とか、

 師匠!!湯呑が割れちゃいます!!

 とか。

「あ、あの師匠。喜ぶのもいいですが、指示を…」

『おお、そうじゃったそうじゃった。その家の東西南北、そこに四大天使の像を置け』

 若干息を切らせながらも指示を出す。

「四大天使ですか?小さい像しか持って来ていませんけど、それで大丈夫ですか?」

 言わずもがな、祭事や術式の為に使用する像は大きければ大きい程良い。より巨大なら崇める人達は象徴として崇め、恐れる者は罰する存在としてより恐れる。

 そして元々師匠は神道や仏教寄りの方だ。西洋の技も熟知しているとは言え、慣れている神仏の方がやり易いのでは?

『封じるのが目的では無いのでな、大丈夫じゃろ。逃がさぬ為の術じゃ。東洋にも勿論あるが、伯爵は西洋故に四大天使の御力を借りるのじゃな』

 成程、伯爵はクリスチャン故の術か。

『配置を間違うなよ。東がミカエル、西はラファエル、南はウリエル、北、ガブリエルじゃ。以前教えたじゃろう』

 覚えているし、屋敷にも大きな像が数点あり、そう配置してある。師匠の家には外国人も多数いたから、神仏像に囲まれた屋敷なれど違和感もなかった。

『配置したらば連絡をせい。ここから術を繰り出そう』

 そう言って電話を終える。

 私は梓と二人、庭に出て四大天使の像を配置した。


「神崎、まだオッサンは来ないのか?」

 配置が終わり、居間で休憩を取っていた私の所に、暇で暇で仕方ない感じで北嶋さんが登場した。

「直に来ると思うわ」

 梓が緊張している。勿論私もだ。人間を遥かに超越した存在が恐らく自ら乗り込んで来る…

 以前の小競り合いとは違い、今度は本気で取りに来る…石も、命も取りに来る。

「なんだ?ヤケにピリピリしているな?」

 お茶請けのカステラをひょいと取りモシャモシャと食べる北嶋さん。

「余裕ね北嶋さん。伯爵は師匠すら仕留め損なった存在よ?恐ろしくは無いの?」

 まぁ、答えは解っているが、聞いてみる。

「見える分楽だ」

 全く予想通りの答えが当然のように返って来た。頼もしすぎる事この上ない。

「楽って…!!」

 カチンと来ている梓の腕を取る。

「任せたわよ。北嶋さん」

 私の言葉に面食らった表情。どこからこんな信頼が出て来るのか疑問なんだろう。

「報酬は一緒に風呂ってのはどうだ?」

 北嶋さんはニカッと笑い、梓の顔に接近して言った。

「まだそんな…!!」

 イラッとした私を今度は梓が腕を取って止める。

「いいわ。お風呂どころか、添い寝もしてあげる」

 北嶋さんのテンションがものすごぉく上がったのが直ぐに解った!!

「本当だな!約束だぞ!ぜぇったいに約束したからな!!」

 目が血走り、梓につんのめる形の北嶋さん。梓は若干、いや。結構ドン引いている。引き攣った笑顔がその証拠だった。いや、そんな分析は置いといて!!

「いやいやいやいやいや!!冗談よ!冗談だからね!!」

 北嶋さんと梓の間に割って入る。全力の否定、と言うか冗談にしようと頑張る。

 しかし当の梓は実にあっけらかんとして言い切った。

「伯爵を倒してくれるなら、お風呂や添い寝くらい安いもんだわ」

 梓が鼻をフンと鳴らす。

「梓ぁ!本気なのぉ!!」

「倒せたらの話でしょ?せいぜい頑張って」

 どうやら北嶋さんが伯爵を倒せるとは信じて無い様子。信じられないんだろうけども!!

「私知らないよ!!本当に知らないからね!!今の内だからね冗談で済ますのは!!」

 もう必死で食い止めようと頑張る。梓の肩を掴んで揺さぶった。

「よっしゃあああ!!オッサン早く来やがれ!!うほほぉ~!!」

 北嶋さんはテンションMAXで自室に帰って行く!!

「ちょ!!」

 止める暇も間く、小躍りしながら階段を駆け上がり、パタンとドアを閉じた音。

軽く頭痛がして眉間を押さえてかぶりを振った。

 もう止められない…生乃に何て言ったらいいの?

「大丈夫よ。よくて相討ちがせいぜいでしょ。結局師匠が何とかするんだし」

 実に能天気に私の心配を退ける。

 だけど梓は解っていない。全く修行していない北嶋さんを師匠がどれ程頼りにしているか…

 北嶋さんのポテンシャルがどれ程の物かを全く解っていないんだ。一緒に居る私ですら彼の底が全然見えないと言うのに。

 溜息が出てきて、その場に蹲ってしまった…


 夜、晩御飯の後、いつもはお風呂を覗きに来たり、部屋に侵入しようとしたりしている北嶋さんが現れない。

「具合でも悪いのかしら…」

 梓もいるのになんで?と首を傾げる。

「はぁ?何で心配しているの?もしかしたら来て欲しいの?」

 いや、まぁ、梓の方がマトモなんだろうけど…

「ちょっと部屋に行ってくる」

 心配になり、立ち上がる。

「はいはい。行ってらっしゃい」

 テレビのリモコンで番組をコロコロ変えながら、つまらなそうにして送り出した。

 そして二階の北嶋さんの寝室のドアをノックする。

「北嶋さん?ちょっといい?」

 少し待つと、寝室のドアが開く。

「どうした?ついに抱かれに来たのか?」

 真顔で言う北嶋さんを見て確信した。具合は悪くないな、と。

「いや、やっぱりいい…?」

 ドアを閉めようとした私の視界に一冊の本が飛び込んで来た。

「あの本は?」

「ああ、今読んでいた本だ」

 北嶋さんはその本を私に見せる。

「なになに?『気功法の鍛練』?」

 その本をパラパラと捲って見る。

 呼吸法により気を身体中に巡らせ、肉体を鋼鉄の様に硬くする?

 相手に気を打ち込むと、内臓からダメージを負う?

 達人ともなれば、数十メートル離れた相手に気を飛ばし、ダメージを与える事が可能?

 どれもこれも胡散臭いけど…まぁ、良く聞く話だから、きっと間違いは無いんだろう……多分。

「読書中邪魔したね。ゴメンね」

 北嶋さんに本を返しドアを閉じる。

 閉じる最中、北嶋さんが、いっしょに寝ないのかとか何とか言っていたが、聞いてあげる余地は無い。

 居間に戻った私につまらなそうにニュースを見ながら梓が言った。

「具合なんて悪く無かったでしょー」

「ええ…全くその通りだったわ…」

 私は梓と私の分のお茶を煎れ、テーブルに着いた。

 そして、梓と同じようにつまらなそうにニュースを見て過ごした。


 翌朝…居間で一晩過ごした私と梓だったが、結局伯爵は現れなかった。

「すぐには来ないとは思っていたけどね…」

 拍子抜けしている感があった。勿論私もだ。てっきり直ぐ様やって来るのかと…

「まぁ、気は引き締めておかないとね」

 コーヒーを淹れながら、気分をリラックスさせようとする。

「お。キリマンか。俺にもくれよ」

 北嶋さんが目を真っ赤にさせて上から降りて来た。

「どうしたの?目が真っ赤になっているけど…」

 カップを差し出し、北嶋さんが受け取る。

「いや~、本読んでたら没頭しちゃってさぁ。ついつい寝るのを忘れてしまったぜ」

 渡させたコーヒーをコクコクと飲みながらの返事。

「え?あの気功の本?」

「ああ。夢中になってしまった」

 よくあんなつまらない本読むわね。

 そう言いたかったが言う必要も無かったのでやめておいた。

「寝てないから少し寝るか。何かあったら起こしてくれても構わないぜ」

 梓がキッと北嶋さんを睨む。

「北嶋さん、少し緊張感を持ったらどう?いつ敵が来るか解らない状況なのよ!!」

 私は少しムッとする。

 北嶋さんはいざという時にはちゃんとやってくれるのに。実際仕事はちゃんとやるし。

「安心しろ。風呂と添い寝を忘れるなよ」

 北嶋さんが親指を立て、ニッと笑いながら、自分の部屋へと上がって行った。

「…大物なのか、適当なのか、それともただの馬鹿なのか…」

 約束を思い出し、困惑している梓。

 梓も北嶋さんに頼らざるを得ないと感じているのだ。

 勿論、伯爵を倒せるとは思ってもいないだろうけれど。

「知らないって言ったからね…」

 私は梓に背を向けた。

「大丈夫大丈夫。まず有り得ないから」

 コーヒーを啜りながら梓は簡単に否定した。

 チラッと梓に目を向けると顔が微かに笑っていた。馬鹿にしているような笑み…

 北嶋さんに石を託したのは師匠だって事をすっかり忘れているようだけど…まあ、北嶋さんの行動が忘却せざるを得ないんだろうけども。

「…笑えなくなるからね…」

 私はやはり梓にムッとしていた。

 梓が北嶋さんを笑うのが自由なら、私が梓にムッとするのも自由でしょ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 再びここに来ましたか。

 兎小屋の多い狭い家ばかりの国だが、この家は少し大きい。まぁ、兎小屋から犬小屋に格が上がった程度だが。

 しかし…以前来た時よりも、何かを感じる。

 恐らく水谷さんが、何か仕掛けをしているのだろうが、本人が出て来なければ問題は無い。

 水谷さん、貴女は間違いを犯してしまいました。

 賢者の石を、いくら封印やトラップを仕掛けていたにしても、やはり貴女の手元に置いておくべきだったのですから。

 おかげで私は比較的楽に作業が出来るのですから、感謝していますけどね。

 知らず知らずに口元が緩む。

 いけない、いけない。笑うのは私の宝を返して貰ってからです。

 ムッシュ北嶋…

 貴方には興味がありますが、水谷さん程には脅威は感じていません。

 もう少し観察したかったのですが、私は思い立ったら吉日と思うタイプなので、申し訳ないですが貴方には間抜けを晒して貰います。

 しかし、少しは頑張ってくれないと、水谷さんに申し訳無いですよ…

 私はドアも開けず、犬小屋の中に入った。壁をすり抜けて侵入したのだ。

 気付かれる前に円滑に作業を行う為に。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 梓が徐に立ち上がる。

「どうしたの?」

 青ざめた顔を私に向ける。

「…来たわ…」

 来た?伯爵が!?

「でも私には感じないけど…」

「私は一度伯爵に侵入を許してしまったからね。身体が…魂が伯爵の気配を覚えているのよ」

 両腕を交差し、自分の肩を抱き締めながら震える。

 気丈な梓がこんなにあからさまに怯えるなんて…

 私は大声で北嶋さんを呼んだ。

「北嶋さん!来たわよ!遠慮しないでやっちゃって!!」

 上の部屋から北嶋さんが返事をする。

「お~う」

 のそのそと下に降りて来て、梓の前に立った。

「北嶋さん…」

 不安な表情の梓に、呑気に、と言うか、いつも通りの余裕な表情の儘、梓の首に手を近付け、賢者の石を括り付けたネックレスを取った。

「な、何をするの!?」

 驚きながらも憤る梓に北嶋さんは寝惚け眼を梓に向けて言い切る。

「安心しろ。オッサンの狙いはこれで俺に移った事だしな」

「だったらどうしたって言うのよ!!あなたに伯爵が倒せると言うの!?」

 苛立ちは直ぐに怒りに変わったようで食って掛かる。その梓に私も怒りを覚えてつい怒鳴ってしまった。

「梓!!あなたは解ってない!!北嶋さんを信じろとは言わないけど、師匠は信じなさい!!」

 私の叱咤で梓が固まる。そりゃそうだ、と言わんばかりに頷きもした。

「何か俺の立場が無いような気がするが、まぁいいか…」

 釈然としない北嶋さんだが、取り敢えずやる気はあるようだ。

「有馬は何も心配する必要は無い。それより、風呂と添い寝は忘れるなよ」

「この期に及んでも、その心配?」

 私は怒りを通り越し、呆れた。

 いや、やっぱりいつも通りの北嶋さんに少し拍子抜けしたんだけど。

「で?オッサンはどこにいる?」

 北嶋さんの問いに梓が困ったように答える。

「…近くとしか…でも、こちらを見ているわ。気配と視線を感じる……」

 私も多少感じて来てはいる。

 しかし、伯爵はここに居ないような気もしていた。

 例えるなら別の空間からこちらを観察しているような、そんな感じがしていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ほう、私の宝はムッシュに移りましたか。

 水谷さんのお弟子さんでも構わなかったのですが、あちらは水谷さんの思念がありますから、追跡から振り切るのは多少面倒臭い。

 全く水谷さんは恐ろしい方だ。

 ご自身のお弟子さんにも結界やトラップを仕込んでおられるのですからね。

 石の封印を解こうとした私が、水谷さんに気付かれたのも、その思念が要因の部分もありましたから。

 ムッシュなら水谷さんの仕込みは無いようですから、比較的楽に作業出来そうです。

 亜空間にてムッシュの様子を探っていましたが、単純に石を取り返せるかと思い、手を伸ばしてみました。

 ムッシュやお弟子さんにも私の姿は見えませんから、気が付く前に穏便に済ませようとしたのです。

 そしてとうとう私の指が石に触れた刹那…


 キィン!


 耳を突くような音がしたかと思ったらムッシュが私の居る亜空間に転移して来たのです!!

 と、同時に、薄い大気の壁のようなものが私の居る亜空間に薄く被さって来たのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る