第四章

 

 次の日、朝からアールスは買ってきた技術書に目を通していた。店のほうはカレンに任せ、新しい依頼は断るようにしていた。カレンも、ただ来る客に預かっていた物を渡し、お金を受け取る作業に勤しんでいた。

 それを二日も行えば、客足は少なくなる。カレンも暇な日が多くなり、アールスに構うようになっていた。

 「どう?調子は」

 「だめだ、片っ端から読んでるけど機構に関してまったくかすりもしていない。強いて言うなら小さな見出しで紹介する程度だ」

 新しい技術書は、まったくもって役に立たなかった。最新の歯車の組み合わせに関しては百人力であったが、相手は得体の知れない機構、アールスの予想はことごとく外れていた。

 「単純な計算回路だと思ったんだけどなぁ」

 「単純な回路で紐まで出るなんて聞いたことないわよ」

 確かに、古い物になると一桁の加算でも歯車が大量に使われていた。博物館に行けば、部屋ひとつを使うほどの大きさで二桁の四則演算装置などよくある。しかし、今回はそれに当てはまらない。

 「計算機なんだよね?」

 「それは確定。入力部分の歯車も見たけど、どう考えても数値入力だし」

 今になって様々な音声や映像を情報として計算機に投入できるが、本来の目的は『計算』にある。そのため、この機械はタイプライター式キーボードではなく、ドラム式回転歯車による数値の入力になっている。

 「とりあえず、疑わしき物は取り替えてみるか」

 そう言い出すと、アールスは本の類を棚にしまい、歯の欠けた歯車を取替え、組み立て始めた。

 組立作業は二日で完了した。歯の欠けている歯車は新しく取り替え、紐は最近のゴム帯に変えた。

 動力口の歯車と工房の蒸気機関をギアで接続する。すると、書類に書いてあったカランカランという音は聞こえず、正常に見えた。が、すぐに異変に気づく。

 試しに簡単な1+1の計算をすると、56と返ってきた。

 「あれ?」

 「おかしいじゃない、やっぱり何か工夫が必要なんじゃないの?」

 やっと完了したと思っていたアールスだが、初めて見たときの、あの手間のかかりそうな感覚は、確実の物となっていた。

 それから三日、残り一週間を切っていた。

 受けた依頼は、絶対に完了させてきたアールスは焦りを覚えていた。なんの機構かまったく判らない機械を相手に、右往左往する日々だった。片っ端から棚の本を読み漁り、分解と組み立てを何十回と繰り返した。が、原因が特定されることはなかった。

 店は完全に閉まっている状態となり、カレンもアールスを見て不安を抱くようになっていた。このままでは、アールスが機械に殺されると。

 「ねぇ、アールス」

 残り四日、そんなときにアールスに声をかける。

 「なに、カレン」

 ぶっきらぼうに答える。まったく思うように行かず、苛立ちから出た声だった。

 「ちょっと付き合ってよ」

 そういうと、無理にアールスを工房から引きずり出し、よく行っていた機械博物館へ連れて行った。

 「おいカレン、余裕そうだね」

 「あのままじゃ何も始まらないでしょ。何か手がかりがあるかもよ」

 そう言いながら、博物館内を見て回った。

 この機械博物館には、数十年前まで栄華を極めていたガソリンエンジンや、大昔の蒸気機関など、機械関連の様々な物が展示されていた。

 めいいっぱい楽しむカレンと、それを横目に機械といまだ脳内で格闘しているアールスは、館内をどんどん進んでいった。

 ふと、アールスは歩みを止める。そこには、『階差機関』と言われる計算機があった。

 カレンは、そこで止まりたくはなかった。アールスを、あの計算機から放すためにここへ連れて来たのに、計算機を見たらまた捕らわれてしまうと思ったからだ。

 しかし、アールスの反応は逆の物だった。

 「ねぇ、カレン」

 「なに?」

 「あの機械も年寄りだったよね」

 「そんな話もしてたね」

 「もう少しこの展示見て良い?」

 カレンは言われるがままにアールスの後を付いていく。計算機の展示には、これのほかにも『九元連立方程式求解機』や『計算尺』といった物まであった。

 それらを見たとき、ふとカレンはアールスの顔を見る。そこには、今までの焦りや苛立ちや絶望といった表情はなく、希望と期待に胸躍らせているいつものアールスがあった。

 「・・・・・・これだ」

 展示を見ていたアールスは言葉を漏らす。カレンはそれを聞いていた。

 「どうかしたの?」

 「みつけた、これが答えだ」

 そういうとアールスは、一目散に工房へ戻り、工房地下の書庫へ急いだ。

 工房の地下には書庫があり、そこには棚に入りきらない技術書が所狭しと並んでいる。ただ、大概の本が古いもので、技術書的にはなんの役に立たない物になっていた。しかし、ときたまに型の古い物が依頼として来る。そのときのために、何十年も前からこうして地下に本をためてあるのである。

 その地下書庫の一角から、計算機関連の本を一通り取り出す。

 「ちょっと、どうしたのいきなり!」

 カレンが後から追ってくる。

 「判ったんだよ、機械の正体が」

 アールスは興奮気味に話す。

 「で、何なの?」

 「コイツは名づけるなら、『計算尺判定型多項連立計算機』だよ」

 カレンは長ったらしい名前に疑問符を浮かべる。急いで追いかけてきた上に、よくわからない名前を並べられても困るだけだ。

 「どういうことなの? 落ち着いてゆっくりと分かるように説明して」

 アールスは深呼吸をすると、カレンの描いた分解図を持ち出し説明を始めた。

 「まず、この可動式の筒棒、これは計算尺のように入力された数値によって動きが変わる。この中にあった部品が結果を出力するようになっている。そして、この歯の欠けた歯車、これも計算尺のような物。歯が欠けているんじゃなくて、正確には『こういう形状の歯車』なんだよ。わざと間隔を変えることで、数値に対応させているんだよ」

 「じゃあ、あの紐は何?」

 「あれが最大の要だったんだよ。連立方程式を求める機構と、多項式を求める機構、そして計算尺の機構の三つの入出力を担うもの何だよ! ベルトだとあんなに細かい動きは出来ない、だから紐なんだよ!」

 話していくうちに興奮してくるアールス。たしかに、こんな機械今までも、これからも、見ることはないだろう。そういった興奮は、カレンはさっぱり分からないが、アールスが好きな物だと言うことはよく分かる。

 「こうしちゃいられない! すぐに新しい部品作らないと」

 そう言い出すと、誇りまみれの本を開きながら、歯車をいじりだす。そんなアールスを見て、自分の行動は間違っていなかったと確信するカレンだった。

 

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