第二章

 

 「お仕事みたいね」

 カレンが応接室から顔を覗かせながら言った。

 「見たところ計算機だね、型番は・・・・・・書いてない・・・・・・。自作か相当古い型番かな? なんにしても、骨が折れそうだよ」

 そういいながらアールスは、箱を抱えながら工房に入って行く。

 「あ、そうそう、これ相当複雑そうだからさ、助手が一人ほしいなぁ~」

 工房に入る前にカレンに向かって言う。

 「はぁ・・・・・・分かった」

 呆れたように言い放つと、カレンは店を出て行った。

 カレンが戻ったのは、アールスが作業机の上の箱とにらめっこをしているときだった。

 「どんなやつなの?」

 カレンはいつもの質素な白い服の上から作業用のオーバーオールを着ると、作業机のほうへ向かった。

 カレンは昔から、幼馴染と言うこともあり、興味本意で工房の手伝いをしていた。そんなカレンでも、こんな形状の機械を見たことがない。

 「結構面白いよ、これ、作った人に会いたいくらいだよ」

 目を輝かせ、興奮気味にアールスは答える。

 「で、中身を見ないと始まらないでしょ」

 「ネジはもうはずしてあるから後はここを・・・・・・」

 そう言って箱の一面を横にずらす。すると、引き戸のようにすんなりと外れ、膨大な量の歯車が、緻密かつ複雑に組み合わさった空間が現れた。

 「・・・・・・アールス?」

 カレンが、固まったアールスの顔を覗く。その顔には、歯車の多さに対する絶望よりも、何がどう動いているのか調べたくなるのと、絶対に直してやると言う執念と、これを作った人と話をしてみたいと言う想いと、様々な興奮に満ちた目が爛々と輝いていた。

 「アールス!」

 強く声をかける。こうでもしないと、アールスは何時までも眺め続けてしまうからだ。

 「あ、ああ。」

 「修理の基礎、はじめは?」

 「分解、調査。でもこれ、元に戻せるかなぁ」

 「分解図くらい描いてあげるわよ?」

 カレンの主な仕事は図面描き、いわゆる図面屋だ。カレンは絵が得意で、その要因の一つにこの図面引きの作業があった。

 手早く箱に合った寸法の模造紙と精密製図用鉛筆を取り出すと、机後ろの作業台の上に広げた。いつもは作業机の上に広げ、隣でアールスが分解しそれを見ながらカレンが線を引くのだが、今回は用具と箱だけで机がいっぱいいっぱいになっていた。

 いつもすぐ横にいるカレンが、後ろで紙を広げていると言う変わった状況であったが、機械への大いなる興奮のほうが強かったアールスは、何事もなく作業を始めた。だが、違和感はすぐに襲ってきた。

 「まず・・・・・・この歯車か」

 「ねぇアールス、これどうやって確認しようか」

 「あ・・・・・・。ごめん、机見に来ながら書いて、ゆっくり分解するから」

 いつもすぐ横だったため、カレンもアールスの手元を見ながら書くことが出来た。しかし、今の状況は互いに背中をむいている状態。どう頑張ってもこのままでは、カレンは分解中の状況を把握できない。

 仕方なくカレンは、アールスが一個部品を取るたびに机へ赴き、台に戻って図面を引いた。

 分解作業が進むに連れて、アールスもカレンも疑問符を浮かべる回数が多くなってきた。

 見たこともない形状の歯車、歯の欠けた歯車、斜めにわたっている筒型移動棒、様々な部品が出てきては、それを描き留めていく。

 中心部に行くに連れて、その特異な部品たちは数が多くなっていく。果てには、謎の紐までもが出てきた。

 「こんなの見たことないぞ」

 「ねぇ、それどうやって描けばいいのよ」

 二人は、今までにないほどてこずった分解調査をやっとの思いで終えた。そのときにはすでに、霧の都は深い闇に覆われていた。

 カレンはそのまま工房に泊まると家に電話を入れ、アールスの代わりに夕飯を作った。一方のアールスは、やれやれと言った表情で自分の部屋のベッドメーキングをしていた。いつもカレンが泊まりに来ると、自分の部屋にカレンを寝かせ、自分は工房で寝ていた。昔は客室に泊めていたのだが、何時の間にかカレンが、アールスの部屋に泊まりたいと言い出したためにこうなった。

 その夜は、カレンが寝静まった後もアールスは作業を続けていた。それは、分解ではなく時間の見積もりであった。

 次の日には、依頼主に連絡を入れたかったのだが、ここまで複雑だとそれなりに時間もかかるだろうし、ここまで分解しておきながら、組み立てたとしても動くかどうかと言う危険な橋を渡る可能性もある。それを見極めるのも時間がかかる。眠い目を擦りながら予想を立てていった。

 

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