第三話(後半) アルフの選択肢
/ アルフの選択肢
「遅れて申しわけありません、アルフ様」
そう言って恭しく一礼をしてくれるのは、フィオナ=シルウィング。
ハイウインドの有力貴族であるシルウィング家の次女にして騎士だ。
妖精族の特徴である金髪をポニーテールにまとめている。青を基調にしたチュニックにズボン。全体的にスラリとした容姿で、腰には、細身の剣を下げていた。
年齢は俺より若くて元服を迎えたばかりの18歳。小柄な見かけに似合わず王城でも帯剣を許される有数の騎士だ。
「おう、遅かったじゃねえか、フィオナ!」
「連絡ありがとうございました、ダイナス。フォーキオンもこんばんわ」
「こんばんは、フィオナ。元気そうで何より」
ダイナスとフォーキオンにも礼儀正しく挨拶してから、フィオナは部屋の中に入り、俺の前で再度一礼してくれた。
「お久しぶりです、アルフ様。お元気でしたか?」
「うん、元気だよ。フィオナも変わりない?」
「はい」
「一ヶ月も連絡せずにゴメンね?」
「いえ、アルフ様は王家のためのお勤めを果たされていたのですから。私には、そのお言葉だけで十分です」
そう言ってフィオナはニコリ、と柔らかな笑みを浮かべてくれた。
先ほどダイナスが彼女を評して「箱入り」といったが、本当に貴族の箱入り娘として育てられていたらしい。その所為かどうかはわからないが、非常に素直で優しい娘だった。
加えて、とても純朴なので、エルの話は彼女には話さない方が良いかと思ったのだけど……。
「それで何の話をしていたんですか?」
「アルフの旦那の貞操がヤベえって話だ」
「ていそう……? て、貞操っ?!」
ダイナスの言葉を一拍の間をおいてから理解したのか、フィオナがその顔を赤くした。相変わらず下ネタでエルやフィオナをからかうのが好きなダイナスだった。
「ダイナス、語弊を招く言い方はよせよ」
「ぶははは、悪い悪い。でもあながち誤解でもねえだろう?」
「そ、そうなんですか?! アルフ様?!」
また余計な言い回しをするダイナスに、フィオナが文字通り目を丸くしてしまう。
「あの、アルフ様。その、て、貞操が危ないというのは……?」
「えーと、ちゃんと説明するね」
フィオナに「落ち着いて」と言いながら、俺はどうやって説明すべきかを考える。
女性であるフィオナにエルのことをどこまで話すべきか、正直、迷っていたのだけれど……最早、この状態で誤魔化すのは難しいだろう。
しばし逡巡したけれど、ハイウインドでは「そういう話は広く認知されている」らしいので、思い切ってほとんど全てをフィオナにも話すことにした。
「な、なるほど……殿下、ではなくてエル様が、アルフ様を……」
俺の話を聞き終わると、納得しました、とフィオナは頷いてくれた。
やっぱり意外とすんなりと「男であるエルが、男であるアルフに告白した」ということは受け入れてくれているみたいだ。ただ、少々刺激が強かったのか、その頬は僅かに紅潮している。
「そうだったのですね……エル様は、随分とアルフ様に懐かれているな、とは思っていたのですが」
「こういう話は、ちょっと刺激が強すぎたかな」
「いえ、王宮で「そういう趣味の方」が、おられるのは聞いたことはありますので……だ、大丈夫、です」
気丈にそう答えてくれるけれど、あまり大丈夫には見えないフィオナだった。
「まあ、王宮に限ったことじゃないよ。同性愛というのは、動物にだってみられる行為だからね。実のところはそれほど珍しいことじゃない」
「な、なるほど……」
フィオナを落ち着かせるためだろう、フォーキオンが更に知識を披露してくれていた。流石、大図書館の司書。知識の幅が広くて頼もしい。
「ゴメンね、フィオナ。あまり女の子にする話じゃなかったかもしれないけれど」
「いえ! 私は話して頂けて嬉しいです、アルフ様」
まだ顔を赤くしているフィオナに俺が頭を下げると、彼女は勢い良く顔を横に振った。
「大切な、その……アルフ様、いえ、仲間のことですから!」
「嬢ちゃんも煮え切らないなあ。エルの奴を見習ったらどうだい」
「う、うるさいですよ! ダイナス」
ダイナスの揶揄に、フィオナが更に顔を赤くして噛み付く。
そんな二人を苦笑交じりに眺めていると、フォーキオンが「アルフ」とやや口調を改めて呼びかけてきた。
「それで、君としては結局どうしたいんだい?」
女王陛下のお言葉通り、エルの婚約者を探すのか。
それともエルの思いを受け入れて、女性化の秘術とやらを待つのか。
あるいは――そんな面倒なことから逃げ出してしまうのか。
フォーキオンの問いが示す選択肢は、そんな所だろうか。
多分、どの選択肢を選んでも、フォーキオンは協力を申し出てくれるだろう。きっとダイナスとフィオナも。
ただ、この件に関しては俺の答えは決まっていた。だって女王陛下にすでに答えているのだから。
「俺はやっぱり、エルが気に入ってくれる女の子を探したいと思っている」
昨日、陛下に「全身全霊でエルの相手を探します」と答えた選択を変えることなく、俺は仲間たちに答えを返した。
「エルが、男が好きならそれはそれで仕方ないって思う。でも、エル自身が言っていたけど、昔は女の子も好きだったらしいんだ」
確かに昨日、エルはそんなことを言っていた。
だったら、一年間という時間があるのなら――ちゃんとエルが好きなれる女の子を見つけられるかもしれない。
「なるほど。アルフの選択はわかった」
俺の答えを受けてフォーキオンは、静かに頷いてくれた。
「それでは、私たちはどうすればいいかな。今日ここに呼んだのは、私達がアルフに何か協力できることがあるからだろう?」
そうそれが本題だ。
今日、ダイナスとフォーキオンを呼んだのは、エルのことを相談して――そして、協力してもらうため。
俺はダイナスとフォーキオン、そしてフィオナの顔を順番に見て、そして深々と頭を下げた。
「俺に――女の子を紹介して下さい」
「あ、アルフ様!」
率直すぎる発言に、フィオナが流石に怒りの声を上げる。
「もう少し言葉を選んでください! その……内容としては間違ってはいませんけどっ」
「ぶはは、確かに率直だな。だがわかりやすいのはありがたいぜ、旦那」
「なるほど、僕の知識とダイナスの人脈を借りたいという訳だね」
そう、酒場の主でもあるダイナスは交友関係が非常に広い。
大図書館の司書を務めるフォーキオンは、種族に関する知識が非常に広い。
この二人なら、エルの気に入る女の子に繋がるツテを作ってくれるかもしれない。
そう思って頭を下げると、二人はそれぞれの表情で笑って、そして快諾してくれた。
「まあ、旦那の将来のためだ。エルの奴もほうっちゃ置けねえしな。エルの嫁探しには俺も協力するぜ」
「そうだね。僕も二人のために出来る限りの知恵を絞ることにしよう」
「あの! 微力ですが、私もアルフ様のために全力を尽くします!」
「ありがとう。助かる」
心の底から感謝の言葉をこぼすと、そんな俺の肩を、バシバシと叩いてダイナスが笑った。
「まあ、エルも男だ。なんだかんだ言っても、いい女が目の前にいれば、やるときゃヤルだろうさ」
「だと良いんだけどな。勃たない、とか言われたからなあ」
「勃たない? 勃たないって……あ」
意味がわかってしまったのか、再びフィオナが顔を赤くする。そんなフィオナの様子をみてダイナスがまた愉快そうに笑った。
「相変わらずウブだな、お嬢ちゃん。もう元服も済んだってのに」
「もう、うるさいですよ、ダイナス。もっとまじめに考えて下さい! アルフ様の将来がかかってるんですよ!」
「まあ、そう深刻になることもないんじゃねえか? 実際、秘術とやらが完成すれば、エルが女になるって選択肢もあるんだろ?」
食って掛かるフィオナをいなしながら、ダイナスがそう言って俺の方を見た。
確かに選択肢としてはそれもある。エル自身も「そっちの方がいい」とも言っていた。だけど――。
「まあ、アルフの旦那が、女になったエルに惚れるかどうかは知らねえが。旦那なら勃たねえってこたあねえだろう。要するに最悪でも、旦那が女になる必要はねえ、ってことだ」
「あ……なるほど。そうですね」
「難しいだろうね」
楽観的なダイナスの言葉と、それに納得しかけたフィオナの言葉を、フォーキオンがため息混じりに否定した。
「何が難しいんだよ。別にアルフの旦那はそっち側じゃねえんだから。元がエルとは言え、流石に女の裸をみりゃあ勃つだろ」
「そういう生理現象の話じゃないよ。アルフの立場の問題だ」
そう言うとフォーキオンは、一瞬視線を俺の方に向けた。
「仮にエルが女性化した場合、アルフの立場は王になる。継承権一位が王家の女性にある場合、婚姻後は、その伴侶に王座が譲られるのがこの国の常だからね」
「おお! 凄えじゃねえか、旦那。ついに国王か!」
「いやいや、あり得ないだろ!」
「そう。正直、これはあり得ないだろうね」
何故か興奮するダイナスに、俺とフォーキオンが同時に突っ込んだ。
俺は他国から来た平民出身者だ。いくら爵位を持っていても、そんな人物を国王に据えるという判断は、いくらレナス陛下でも出来ないだろう。
「逆にアルフが女性化した場合、アルフの立場はどうなると思う?」
「? そりゃあ、女王様だろ?」
「そうじゃなくて、王妃さま、ですよね」
フォーキオンの問いにダイナスとフィオナがそれぞれ律儀に答えた。だが、どちらの答えにもフォーキオンは首を横に振った。
「女王はさっきと同じ理由でありえない。王妃、つまり正室になるのも難しいだろうね。でも側室、多分、妾という立場になることはできると思う」
「つまり――どういうことだ?」
フォーキオンの解説に、ダイナスが首をひねる。
「要はアルフとエルが婚姻する場合は、アルフが女性化したほうが、話が進めやすい、ということだよ」
「なるほどなあ。じゃあ、旦那が女になるしかないってのか」
「嫌だよ!」
「だ、ダメです!」
納得するダイナスに、俺とフィオナが同時に否定の言葉を重ねた。
「フィオナ?」
「いえ、その。アルフ様はアルフ様で居て頂かないと困るといいますか、その……とにかく困ります」
問いかける俺の視線に、フィオナは瞬く間に顔を赤くすると、さっと視線をフォーキオンとダイナスに移してしまった。
「フォーキオン! ダイナス! 大至急、エル様のお嫁さんを探してきて下さい!」
「相変わらずフィオナの嬢ちゃんはからかい甲斐があるなあ」
「落ち着いて、フィオナ。エルのことは良く知っているだろう? 心配しなくてもアルフの意志を無視して、そんな無茶はしないよ」
興奮するフィオナを宥めるようにそう言って、フォーキオンはまたちらり、と俺の方に視線を投げ、小さく言った。
「……多分、ね」
「何故、そこで弱気になるんだ!?」
「恋は人を盲目にするし、愛は理性を狂わせるというしね」
とてつもなく不安になる台詞をこぼすフォーキオンだった。
/
フィオナが落ち着くのを待つこと暫し。
俺たちはエルの好みについての相談を再開していた。
「それでエルの奴は、どういう女が好きそうなんだ」
「アルフ様に惹かれる、ということは男らしい方がお好みなんでしょうか」
男らしいというより、男そのものズバリが好みらしいけれど。
でも、その方向性は良いかもしれない。
「ふーん、じゃあ、とりあえず男顔負けって奴を紹介してみるか。下に降りれば、腕っ節に自身のある姉ちゃんはゴロゴロしてるしな」
「私も騎士団の中で探してみようと思います」
確かにダイナスの酒場の客層にも、腕っ節の強い女性が多い。騎士団の女性も男顔負けの実力者も多いだろう。エルが男性的な女性に惹かれるのなら、よい相手かもしれない。
「ただなあ、何か他に無いのか? エルの奴の好みに関すること」
「うーん。そうだなあ……」
もう少し候補を絞りたい、とダイナスに促されて、俺はエルとの会話を思い出す。エルの好みに関する発言といえば……
「……お○んちんがついていないとダメらしい」
「おち……っ?!」
あ、しまった。フィオナの前でつい下品な言葉を使ってしまった。
「おいおい、それが付いてる時点で女じゃねえだろうが」
「そうなんだよなあ……」
ただ昨日の会話で、エルが好みについてはっきり言ったのはそのぐらいだった。
……思い起こしても、ろくな会話をしていないな。
流石に、もっと他にヒントはないだろうか、と記憶をひねっていると、不意に
「いや、そうとも限らないよ」
と、フォーキオンが口を開く。表情は真剣そのもので冗談を言っているようには思えない。そして彼は至極真面目な表情のまま、こう告げた。
「天使族なら条件を満たす人を見つけられるかもしれない」と。
天使族。
フォーキオンが口にしたその単語は、俺も聞き覚えがあった。
旧世界の神話に登場する「天使」に酷似しているところからそう呼ばれる種族だ。
淡い金髪に、紅い瞳、その背には純白の翼。かつて「神話」と呼ばれた物語に登場する御使の姿そのまま、らしい。
妖精族に負けないぐらいに美形が多く、付け加えるなら強力な魔法使いであるらしい。
そんな俺が知っている知識をフォーキオンに語ると、彼は「それは正しい」と頷いてくれた。
「そして何よりも」
「何よりも?」
「天使族は、結構な割合で両性具有が生まれるそうだ」
両性具有。
つまり――!
「おち○ちんが付いているわけだな?!」
「あ、アルフ様っ!」
「……アルフ。必死なのはわかるけど、少し落ち着こうか」
「ぶはははははっ」
思わず口をついた俺の言葉に、フィオナは悲鳴を上げて、フォーキオンはため息を付き、ダイナスは爆笑した。
「おいおい、随分、エルに毒されてるんじゃねえのか?」
「言うな。ていうか、お前がエルに変な言葉ばっかり教えているらしいじゃないか!」
「二人共、言動をもう少し改めて下さいっ!」
「……ごめんなさい」
フィオナに窘められて、俺は素直に反省する。
駄目だ、昨日から王子の言動に毒されてしまっているみたいだった。が、それはさておき。
「でも……なるほど、天使族か」
フォーキオンの提案に、俺は自然と何度も頷いていた。
「どうかな」
「いや、いい考えじゃないかな。ありがとう」
ハイウインドの王族は妖精の血を強く引いている。なら、同じ幻想種族の種族「天使」の血を強く遺す天使族とは相性がよいのではないだろうか。
「でもよ。天使族ってどこにいるんだ」
「そうだね、アルフ。現実問題としてどうやって天使族を探すのかが、まず問題だね。
彼らの殆どは「隠れて」住んでいるらしいから」
ダイナスとフォーキオンが指摘するように、幻想種族、とも呼ばれる彼らは、あまり都市部では見かけない。極端に魔力濃度の高い場所――異界とも呼ばれる領域の近く、あるいは異界そのものに好んで居を構えるらしい。
一般的に「異界」の場所は秘匿されていることが多いため、まずその場所を突き止めるのが一苦労だろう。ただ、今回に関しては――。
「その辺りはなんとかなると思う。天使族には、知り合いがいるから」
「おいおい、本当か?!」
「本当ですか?!」
「本当かい? アルフ」
大げさに驚くみんなに、俺は軽く笑って頷いてみせた。
「だって、セルフィーナは、天使族だからね」、と。
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