第三話(前半) 酒場「ダイナス」

/酒場「ダイナス」


 アルフ=クリムゲートには、この国に親友と呼べる人物が何人か居る。

 その一人が、エルこと、エルフリック=ハイウインドだ。

 俺とエルが知り合ったのは、2年前だけれど、ほぼ同時に出会った人たちと、俺は未だ親交を持っている。


 一人は、巨人族の戦士であるダイナス。巨人の名に相応しい怪力を誇る男性で、今は酒場の経営をしている。

 一人は、妖精族の学者であるフォーキオン。学者らしく落ち着きのある男性で、今は図書館に勤めている。

 一人は、ハイウインドの騎士であるフィオナ。女性ながらその剣技は、この国で一二を争うと言われている。

 そして、最後の一人が古物商のセルフィーナだ。


 2年前、危うく死にそうな出来事に巻き込まれていた俺とエルは、この四人と力を合わせることで、その危機を乗り越える事ができた。その意味では彼らは恩人とも言える。

 さて、そんな恩人に迷惑を掛けてしまうのは心苦しいのだけど、反面、親友とは困ったときに相談に乗ってくれるものだと思う。

 ハイウインド王家から非常に厄介な悩みを押し付けられた俺は、その翌日に親友たちに早速助けを求めるべく、とある酒場に招集をかけた、のだが――。



「ぶはははははっ!! そりゃあ大変だな、アルフの旦那!」

「笑い過ぎだ! こっちは笑い事じゃないんだからな、ダイナス」

 まさに哄笑、といった笑い声で店内を揺らす巨人族に、俺は眉をしかめながらため息をついた。


 酒場「ダイナス」。

 王都ハイウインドの下町に居を構える安さとボリュームが売りの大衆酒場だ。

 とは言え、味は悪く無い――というか、むしろ旨いので、いつも賑やかな喧騒で溢れかえっている店である。


 そんな下町の人気店を切り盛りする店主が目の前の巨人族の男性ダイナスだ。

 浅黒い肌に、短く刈り込んだ短髪、丸太のような太い腕は筋肉で張り裂けんばかりであるが、こう見えて手先は器用だったりする。年は30歳と言っていたか。奥さんと娘さんが一人いる。

 自分自身の名前を店につけるだけあって料理の腕も、そして喧嘩の腕もこの辺りでは群を抜いていた。

 ちなみに巨人族、とはハイウインドに多く住む妖精族の一部族だが、外見が伝説の巨人に似ている、ということから名付けられたらしい。伝説に曰く「建物より巨大な」姿の巨人が居たらしいが、ダイナスはそこまでは大きくない。ただその身長は2mを軽く越えており、なにより体の筋肉が凄まじい。腕などまるで丸太のようだった。


「いやあ、すまねえ、すまねえ。確かに笑い事じゃねえんだよな? アンタには。ククク」

 そんな巨体を愉しげな笑いに揺らしながら、ダイナスは、ぐいと一息にビールのジョッキをあおり、空にした。相変わらず実にうまそうに酒を飲む男だけど……今は、俺の話題が格好の酒の肴というわけだろう。


「しかし、こいつは確かに難題だ。なあ、フォーキオン」

「確かに難問だね。色んな意味で」

 上機嫌のダイナスから水を向けられたのは、落ち着いた雰囲気をまとったハイウインド妖精族の男性、フォーキオンだ。ハイウインド大図書館に勤める司書であり、その知識は非常に広く、深い。俺達の仲間内では「困ったらとりあえずフォーキオンに聞く」ことが暗黙の了解になっている。

 年齢は俺より2,3歳ほど年上で、その落ち着いた性格は、まさに頼れる兄貴と言っただろうか。俺の悩みを聞いて哄笑した巨人には是非、見習って欲しい。身長は俺より低く学者らしく線も細いが、落ち着いた雰囲気が頼もしい。


 俺が、このダイナスとフォーキオンの二人と酒場で集合しているのは、他でもない。先日王城であった出来事を相談するためだった。

 つまり「エルの告白」と「エルの花嫁探し」についての相談をしたかったのだが――相談した結果、返ってきたのがダイナスの哄笑というわけだった。


 ちなみに俺達三人が集まっているのは酒場「ダイナス」の二階にある個室だ。喧騒と人目を避ける意味で個室を用意してもらったのだが、当のダイナス本人がうるさいことこの上ないのであまり意味が無いかもしれない。


「忙しい所済まない。フォーキオン」

「なに、アルフに相談がある、と言われれば、いくらでも時間は取るさ」

「そうだぜ、アルフ。なにせ、貴族様からのお願いだしな。いつでも呼んでくれクリムゲート卿」

「ありがとう、フォーキオン。あとダイナスはうるさい」

 温かい返事をくれるフォーキオンに俺は素直に頭を下げ、未だに爵位の件をいじってくるダイナスには、冷たいあしらいを返した。


「そう言うなよ、アルフの旦那。いい加減、爵位にも慣れたんじゃねえのかい?」

「慣れないよ、そんなの。なんなら譲るよ、ダイナス。一度、「卿」とか呼ばれてみたらいい」

「うへっ、そんな大層な肩書は願い下げだね。肩がこって仕方ねえ」

「ダイナス、そうアルフをからかう物じゃないよ。それにアルフも爵位の件はそろそろ前向きに扱ったらどうかな」

 俺とダイナスの言い合いを静かに諌めると、フォーキオンは俺の方に、いささか気遣わしげな視線を向けた。


「アルフ。二年前の君の功績を考えれば、爵位の授与は至極妥当なものだと、私は考えるよ」

「フォーキオンまで……もう、そっちの話はいいよ」

「……やれやれ」

 爵位云々に関してはあまり触れて欲しくない。俺のそんな態度に、フォーキオンとダイナスは目を見合わせて軽く苦笑してから頷いてくれた。


「では、そちらの話は置いておこうか。ダイナスもいいね」

「おうよ。じゃあ、本題にはいろうぜ、アルフの旦那」

「ああ……ありがとう」

 もう、その話題には触れない、と言う二人に礼をいい、俺達は王城での出来事に話を戻した。


「しかし、王子――と、ここではそう呼ぶべきではないか。エルも思い切ったことをするものだね。陛下の御前での告白とは」

「いやいや見上げたもんじゃねえか。あのガキ、見かけによらずクソ度胸はあるからなあ」

 エルの告白。

 レナス陛下の目の前で「アルと結ばれたい」なんて言ってのけた件について、フォーキオンとダイナスが口々に呆れたような感心したような言葉を漏らす。


「その事なんだけどさ」

 そんな二人に俺は胸に引っかかっていた事を投げかけた。


「二人は、何か、気づいていたのか? その……エルが、俺のことをどう思っているか、とか」

「……」

「……」

 俺の問いかけに、フォーキオンとダイナスはしばし顔を見合わせて。


「ぶははははっ」

「く、くくくっ」

 一瞬の沈黙の後、二人同時に仲良く吹き出した。


「え? ちょっと、二人共、どうして笑うんだよ!」

 爆笑する二人に――ダイナスならともかくフォーキオンまで笑うという事態に、俺はついていけず、困惑をこぼす。


「ぶ、ぶはは、いやいやいや、何だ、アルフの旦那は、気づいてなかったのか?!」

「く、くはは、いや、笑ってすまない。だけど、エルの好意は、結構あからさまだっただろう?」

「え、えええ?!」

 エルにも、レナス陛下にも、二人のメイドにも似たようなことを言われたけれど。まさか、仲間の男二人からもそんな事を言われるなんて。あげく色恋には無頓着そうなダイナスまで気づいていたなんて。

 小さくない衝撃に俺が愕然としていると、見かねたのかフォーキオンがフォローするように言葉を続けた。


「いや、そう落ち込む必要はないよ。同姓からの好意が、友情なのか愛情なのか。それを切り分けるのは、簡単じゃない。この点に関してはアルフを責めるべきじゃないとは思う」

「いやー、そうはいうけどよ、フォーキオン。アレは流石に気づいてもいいんじゃねえのか? エルの奴、アルフの旦那と腕くんだりしてただろ。結構露骨に」

「いやいや、待ってくれ。アレは単にエルが戯れているだけだと思ってたんだけど」

 た、確かに男同士で腕を組むのはどうかと思ったけど……。


「君の中の常識は、同姓から向けられる愛情は、そのままイコール友情というものだろうからね。そう思っても仕方ないよ、アルフ」

 慰めるようなフォーキオンの台詞に、俺はどう答えたものかと思案して。


 ……あれ、ひょっとして?


 と、あることに気がついた。


「な、なあ、フォーキオン? 『君の中の常識』って言ったよな? ひょっとしてフォーキオンやダイナスの常識だと違うのか?」

「んー? ああ、そういや、アルフの旦那はハイウインドに来て何年だ? 10年ぐらいか?」

「5年だけど」

「なるほど。5年ではまだ、その手の常識のギャップは埋まらない、ということなんだろうね」

 フォーキオンは納得したように頷いてから、なんだか気の毒そうな表情で俺を見つめた。


「実はね、アルフ。ハイウインドでは同性愛は割りと広く認知されているんだよ。勿論、法律的に婚姻できるわけではないんだけどね」

「えええ?!」

 果たして昨日からこの種の発言に驚きの声を上げただろうか。そろそろ勘弁して欲しい。

 そんな何度目かの俺の驚愕に、フォーキオンは軽く苦笑しながら、それでも落ち着いた声で話を続けてくれた。


「ハイウインドの妖精族は、その名の通り『妖精』という存在をその先祖に持つ。僕も含めていわゆる妖精族とは『人間と妖精の交配種』のことを指すんだ。ここまではいいよね?」

「それは勿論知っているけれど……」

「妖精族の大本となった妖精というのは、元々性別が曖昧な存在だったらしい。男性器と女性器の両方を持つ両性具有という場合もあったし、それこそ自由に性別を切り替えられたりも出来たらしい。文字通り「妖しい」存在だった訳だね」

 まるで学校の授業のように、フォーキオンは俺の反応を確認しながら話していく。

「そういった背景もあってね。ハイウインドでは同姓同士の恋愛、というものはそれなりに広く認知されているんだよ」

「な、なるほど……」

 ハイウインドの種族の源とされる「妖精」。今回の問題が、そんな「妖精」と呼ばれていた存在まで遡るとは思っていなかった。


「あれ? じゃあ、エルが言っていた秘術っていうのも」

「そういう大昔の妖精に特性に因んだものかもしれないね。ただ王家に限ったとしても今の妖精族の「妖精としての血」は、それほど濃くはない。自由自在に性別を変える、なんて真似は流石に簡単ではないだろう」

 

「なあなあ、フォーキオンよう」

「何かな、ダイナス」

「講義も結構だけどよ。実際問題、本当にそんな秘術は存在するのか? 俺は聞いたことがねえぜ?」

「そうだね。残念ながら僕も聞いたことはない」

 そう答えながらもフォーキオンは「ただ」と前置きして、なおも講義を続けた。


「ただ、その秘術が本当に実在するとして、成功例の一つがハイウインド王国にある、というのは納得できる話ではあるね。性別を変えるための素地が、ハイウインドの妖精族にはあるわけだから」

「じゃあ、他の二件の成功例がセントギア王国というのは、どうなのかな。アリサはそう言っていたけど」

「すべての知識はセントギアに集まる、とすら言われるからね。魔術・秘術に関しての成功事例がセントギアに多いことには何の不思議もないよ」

 ダイナスと俺にそう言うと「講義はおしまい」とばかりに、フォーキオンはジョッキを手にしてビールを口元に運んだ。

 そんなフォーキオンの様子を視界に捉えながら、俺は彼の講義の内容を反芻する。


 大本の妖精。

 性別の曖昧さ。

 ハイウインドとしての常識。


 確かに、ハイウインドの外からやってきた俺のような人間には、そのあたりの微妙な知識や背景が抜け落ちていたのだろう。正直、勉強不足だと反省した。


「あれ、ちょっと待って。じゃあ、エルの俺に対する好意って、セフィやフィオナも」

「当然気づいているだろうね」

「マジか……」

 ハイウインドで出来た二人の女性の仲間。その二人ですら、エルの俺に向ける感情に気づいていたというのか。

 仲間内で完全に自分だけが気づいていなかったという事実に、愕然としてしまう。が、珍しく今度はダイナスがフォローするように言ってくれた。


「フィオナの嬢ちゃんは気づいてねえんじゃねえかな。アレは箱入りだからなあ。アルフの旦那と同じぐらい、そういうことには疎そうだ」

「なるほど。フィオナに関しては確かにそうかな。まあその辺りは後で彼女に聞いて見ればいいしね」

「いや、フォーキオン。今日はフィオナには声をかけてないんだ。セフィにもね」

 二人の会話にそう俺が口を挟むと、フォーキオンは一瞬首を傾げたが、直ぐに意図を掴んでくれたのか、納得するように頷いてくれた。


「なるほど。相談事ならセルフィーナが居ないことに違和感があったんだが、確かに女性がいては話しづらい話題ではあるね。それで、今日は私とダイナスだけを呼んだのか」

 しかし、フォーキオンがそんなふうに納得している傍らで


「あん? 俺はフィオナの嬢ちゃんには連絡したぞ?」

 と、ダイナスがおかしなことを言い出した。


「……え?」

「いや、アルフの旦那、一ヶ月も留守にしていただろ? だからフィオナに頼まれてたんだよ。旦那が返ってきたら直ぐに連絡して欲しい、って」

「連絡って、どんな連絡をしたんだ?」

「いやー。今日、アルフの旦那とフォーキオンで飲むから、フィオナもどうだ、って」

「げ、それってつまり!」

 つまり、今日この場に、フィオナが現れるっていうことか――と、俺がそんな悲鳴を上げそうになった、まさにその瞬間に。


 コンコン、と扉をノックする音が響いたのだった。

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