第二話(前半) 王子様のお見合い事情
/ 王子様のお見合い事情
カツン、カツン、カツン――。
ハイウインドの王城。
艶やかに磨き上げられた石の廊下に、急ぎ足の靴音が響いていく。
廊下全体がうっすらとした薄緑に光っているのは、床石に魔法石が使われているからだ。妖精の森の奥深くで採取されるこの魔法石は、どんな場所であろうと深緑の清浄さを与えてくれるらしい。おかげでこの場所はいつ訪れても、涼やかで静謐な空気に満ちている。
とは言え、いくらハイウインド王国の王城でも、そんな贅沢を許されているのは、ごく限られた一角のみだ。
例えば、玉座の置かれる謁見の間。
例えば、諸侯を迎え晩餐が開かれる広間。
そして例えば――王族方が寝起きされる部屋。俺が今まさに向かっている王子さまの居室などがそうだ。
カツン。
殊更大きな足音を立てて、俺は目的地である部屋の前で足を止めた。
世界樹の枝から作られたという重厚な扉には、やはり世界樹を模したと言われるハイウインド王家の紋章が刻まれている。
エルフリック=ハイウインド。
ハイウインド王国の第一王子その人の居室である。
その扉の前で一度呼吸を整えてから、俺はおもむろに扉をノックした。
「――誰か」
一拍の間を置いて扉越しに投げかけられる誰何の声。
「アルフです、殿下。アルフ=クリムゲート、お目通り願いたく参上いたしました」
扉越しの言葉にそう答えると、途端にドタドタと音が扉の向こうから聞こえてきた。
「あれ?! どうしてアルが?! しばらく非番じゃないの?!」
「非番だからこそですよ! きっと王子様に会いに来て下さったんですよ!」
「そうかな? そうだよね!」
「間違いありません。王子様、あのお召し物を披露されてはいかがでしょう」
「あ、そうか、じゃあ急いで――」
……なんだろう。扉の向こうの会話に言いようのない不安を感じてしまう。
「……あの、王子? 開けちゃっていいですか」
「まだダメ! ダメだからね!」
さっさと入ってしまおうと思ったのだが、流石に王子様ご本人に駄目、と言われると押し入れない。俺は不安を胸に抱えたまま、大人しく扉の前で待たざるを得なかった。
そして待つこと10分ほど。
「よし、いいよ。入って……じゃなくて、入れ」
今更ながらに威厳を取り繕うとする台詞が、扉の向こうから掛けられた。
そして間をおかずに扉が内向きに開いていく。きっと中のメイド二人が開けてくれたんだろう。
「はい。失礼致します―――って」
開いた扉の向こう。
窓から差し込む陽の光を受けて浮かび上がるこの部屋の主の姿に、俺は思わず言葉を失った。
肩まで伸ばされた金色の髪。僅かに青色に濡れた瞳。雪を思わされる白色の肌。
小柄で線の細い輪郭は儚げで、妖精の血を引くとされるハイウインドの王族に相応しい風貌に見えた。
エルフリック=ハイウインド。
ハイウインド王国第一王子にして、第一王位継承者。
緑と青で王家の紋章が刺繍された白ドレスで包まれたその姿は、妖精の少女を思わせて、あまりの美しさに俺は思わず眼を奪われ――。
「って、そうじゃない!」
「え? ど、どうしたの? アル?」
いきなり声を荒げた俺にびっくりしたのか、ドレス姿の『王子』がその目を丸くした。いや、その表情もいちいち可愛いんだけれど、問題はそこじゃない。
「なんでドレスなんて着てるんですか!」
「え? ダ、ダメ?」
「むしろダメじゃない理由を教えて下さい」
「あれ? 似合ってないかな?」
「似合ってますけど!」
似合っているからそれはそれで問題なんです。確かにハイウインドの王族は美形揃いだけど、ここまで女装が似合うとは……!
顔立ちも幼いし、声も高いから事情を知らない人であれば、本当に王子じゃなくて王女様だと紹介しても信じてしまうんじゃないだろうか。
「ね、聞いた? アイリーン、アリサ! アルが似合っているって!」
「はい。確かに聞きました!」
「当然ですね。お美しいです、エルフリック様」
「そうかな。えへへ」
当の王子はといえば、俺の反応が嬉しかったのか、側仕えのメイド二人に微笑みかけて、なんだか一緒にはしゃいでいる。一見すると三人の美少女たちが仲睦まじく話している光景のように見えるのだが、事情を知っているこちらとしては、ただただ血の気の引く光景でしか無い。
こんな場面、他の誰かに見られたら――。
そう思い至って、俺は慌てて開け放たれたドアを閉めた。まかり間違って今の王子のお姿が、女王陛下の目に触れたりしたらどうなるか……っ!
「アイリーン! アリサ!」
「はいっ、なんでしょう! アルフ様!」
「王子の御前ですので、あまり大きい声を出されては困りますよ? アルフ様」
「誰のせいで大声を出していると思ってるんだ……っ!」
元気よく応えるのは、王子と同じく妖精の血を引くアイリーン。その綺麗な金髪を長く伸ばして、後ろでまとめている。
淡々と応えるのは艶のある黒髪を肩のあたりで切りそろえている少女アリサ。確か俺と同じくドラグスカイの血筋のはずだ。
黒を基調としてエプロンドレスに身を包んだ二人は、王子と同じ年齢の16歳であり、昔から王子の遊び相手兼お世話係を務めているらしい。
「とにかく二人共、早く王子に着替えて頂きなさい!」
「えー、どうしてですかー?」
「こんなにもお似合いですのに。アルフ様は一体何がご不満なんでしょう」
「何もかもだよ!」
銘々に抗議の声を上げるメイド二人にそう言いつけて、俺は問題の王子の方に再度目を向けた。びっくりするぐらいにドレス姿が様になる男の子に、俺は少しだけ目を背けて言葉を続ける。
「王子も、早くお着替えください」
「えー」
「お・き・が・え・く・だ・さ・い。こんなところ陛下に見られたらどうなさるんですか」
「大丈夫じゃないかな? 母上なら喜んでくださると思うよ」
「そんな訳があるか! 私のクビが飛びますよ!」
職業的に、あるいは、物理的に。
「むう。それは困るね。仕方ない。アイリーン、アリサ。着替えるよ、手伝って」
「はーい。畏まりました!」
「承りました」
ようやく納得してくれたのか、三人は部屋の奥のクローゼットに向かっていく。
だが、その途中でクルリ、とアイリーンが振り向いた。
「あ、そうそう。アルフ様は一度、お部屋の外に出てくださいね」
「言われなくても出て行くよ」
「え?! アル、出て行くの?!」
「なんでそこでびっくりするんですか、王子は!」
「だって――」
「だって、だって王子のお着替えを見たくないんですか?!」
「アルフ様。少し性癖に偏りがおありなのでは!」
「確認しておくけれど、俺の方が正常だからな?!」
/
そして再び待つこと10分ほど。
「お待たせ。もう入ってくれても大丈夫だよ、アル」
「……失礼致します」
呼びかけられた声に答えて、俺は再度王子の部屋のドアに手をかけた。
……まだ何も要件が済んでいないのに、こんなに疲れているのは何故だろうか。
まさかまた別の女装をしていないだろうか、と念のため警戒しながらドアから中を伺う。
部屋の中には目に優しい淡い緑の絨毯が敷かれていて、部屋の奥にベッド、そしてテーブルとソファーが一組据えられている。そしてテーブルの横、扉の前で二人のメイドを左右に従えて、穏やかに微笑んでいる王子の姿があった。
今度はドレスではなく、白を基調としたジャケットとズボン姿だった。
「もう、アルってば。そんなに警戒しなくてもいいじゃないか」
ホッとした俺の表情がおかしかったのか、王子は人懐っこい笑みを浮かべて手を振った。
「警戒したくもなりますよ。全く……ドレス姿なんて悪ふざけにも程がありますよ、王子」
「悪ふざけじゃないよ。折角、アルが会いに来てくれたんだし、喜んで欲しくて」
「お心遣いは感謝しますが、どうしてそのお気持ちが女装に繋がるんですか」
「聞きたい?」
「聞きたくないです」
「もう。アルは意地悪なんだから」
そう言うと王子は革張りのソファーに腰を下ろしながら、俺にも座るように、と対面のソファーを指差した。
「失礼します」
王子の勧めに従って俺もソファーに腰を下ろし、再度、彼の姿を確認する。
先ほどのドレス姿から一転してズボン姿。
だけど男装の女の子、と言われたららほとんどのものが信じてしまう可憐さと愛らしさがあった。
絹のような金髪に、澄んだ碧眼は女王陛下の面影をそのままに残している。陛下と同じく妖精の血が濃く発現しているのかもしれない。
エルフリック第一王子。
何事もなければ、次期国王となることが確実視されている人物だ。
第一王子という立場もさることながら、このエルフリック王子は、若干16歳にして国民から「英雄」と呼ばれる程の人気を得ている。
その発端は、2年前にこの国を襲った世界樹の崩壊。その危機に際して、王家の宝剣を手に立ち向かった姿は、未だ鮮やかに人々の記憶に焼き付いている。
少女然とした風貌ながら、時には雄々しく剣を振るい、国を護るために立つ。そんなエルフリック王子の人気は老若男女を問わず絶大なものがあるのだけど……
「それで、それで、アル。今日は何の要件なの?」
気を許した人に対しては、こうしてとても気安く接してしまうので、正直、威厳とは縁遠い。まあ、そのあたりも王子の良い所ではあるのだけど。
「特に用もなく会いに来てくれたんなら、とても嬉しいけど」
「申し訳ありませんが、違います。本日は、お聞きしたいことがあり、参上しました」
期待を込めた王子の言葉を、少し申し訳ない気持ちで断りながら、俺は居住まいを正して王子に向き直り、聞いた。
「王子。この度の縁談をお断りになる、というのは本当ですか?」
「むー。なんだ、そんな話に来たの? つまんないなー」
俺の問いかけに、王子は露骨に表情を曇らせて、唇を尖らせた。
どうやら王子としては触れてほしくない話題らしい。だけどこちらとしては、触れない訳にもいかない。
竜牧場に駆け込んできたクリフォードさんが、俺に告げた内容。
それは「エルフリック王子が、西方の姫との縁談を断ろうとしている」ということだったのだ。
俺が一ヶ月間の時間を掛けて集めた情報をクリフォードさんに届けたのがつい先日。その直後に、もう破談という話にされては堪ったものではない。このタイミングで破断になるのなら、俺が作成した報告書に大きな不備があったのでは、と不安に駆られてしまう。俺としては確認せざるを得ないのだ。
「お答えいただけませんか。王子」
「そうだね。アルがそういう畏まったしゃべり方を止めてくれれば、答えてあげる」
「……王子」
「いいじゃない。ここにはアイリーンとアリサしかいないんだから」
「そうですよ、アルフ様。いつもみたいな口調でいきましょうよ」
「そうですね。私たちには無理に気取らなくて大丈夫です。アルフ様」
「別に気取ってるわけじゃない!」
王子だけではなく、二人のメイドまで俺に口調を改めるように促してくる。
いや、普通はこの二人のメイドは客の非礼を諌める立場だと思うのだけど……クビにした方がいいんじゃなかろうか、この二人。
「わかりました――じゃない。わかった。だから事情を教えてくれないかな、エル」
「! もう、しょうが無いなあ、アルは。じゃあ、答えてあげるね」
ご要望どおり、俺が口調を崩すと、途端に王子……じゃなくて、エルは顔を綻ばせた。
エルフリックの愛称はエル。王子の家族以外は恐れ多くてそんな呼び方は許されないが、王子自身はこう呼ばれることを好むのだ。
「アイリーン。例の報告書を持ってきて」
「はい!」
元気よく応えるアイリーンが、エルに素早く分厚い封筒を差し出した。見覚えのあるその封筒は、間違いなく先日俺がクリフォードさんに提出したものだ。
「これ、アルが作ってくれたんでしょ?」
「そうです――そうだよ。内容に何か問題があったのか?」
「あると言えばあるし、無いといえば無い、かな」
「? どういう意味かな?」
俺の問いかけにエルは直ぐには答えずに封筒の中から一枚の写真を取り出した。
映っているのは薄い褐色の肌に艶やかな黒髪を持つ女性。優しげな感情をたたえた瞳は仄かな赤に濡れているようだった。
西の国ユーフォリアの第三王女 セリーヌ姫。
火と砂漠の国とも呼ばれるユーフォリアの王女であり、彼の国で絶大な人気を誇るお姫様だ。
「綺麗な方だよね。セリーヌ姫」
「そうだろう? でも、実物はもっと可愛いんだぞ」
これはお世辞じゃなく、本当にそう思っている。身分だけでなく、容姿の点でも彼女はエルに釣り合うと思う。性格もよく、個人的には、とても好みの女の子だ。エルが嫌だっていうのなら、代わりにお見合いしたいぐらいに。
……まあ、流石に俺では身分が吊り合わないにも程があるけれども。
「……へえ。そうなんだ」
だけど対するエルの反応は、何故か冷淡で、じー、と責めるような視線を俺に向けてくる。
「えーと、エル? なにか、この写真がまずかった?」
「……この写真、アルがとったの?」
「ああ、うん。そうだけど」
「どうやって?」
「へ?」
どうやってもなにも、直接本人にお願いして写真機を向けるしか方法はない。そう答えると「ふーん」とエルはやはり不満気に目を細めた。
「随分と、セリーヌ姫と仲良くなったんだね? アル?」
……あれ? これと似たような会話をさっきセフィとした気がするんだけど気のせいだろうか。
「ちょっと待て、エル。俺がセリーヌ姫の写真をとったのは、仕事だからなんだぞ?」
「わかってる。クリフォード爺が依頼したんでしょ? もう、余計なことを頼むんだから」
「余計なことってことはないだろ。それに報告書にも書いたけど、セリーナ姫は性格もいい方だったよ」
「そうだね。随分と詳しく彼女のこと調べてきたんだね、アル。どうやってここまで調べられたのか考えたくないぐらいに」
「だから、普通にお話しただけだって!」
どうしてエルもセフィも俺がセリーナ姫を口説いていたかのような物言いをするのだろうか。
「なんだよ。随分と噛みつくけど彼女の何が気に入らないんだ? 気に入らない部分があったとしても、それは報告書の書き方が悪いだけだ。実際に会ってみればわかるよ」
「そうだね、気に入らない理由としては2つかな」
そう言いながらエルは右手の指を二本立てた。
「まず、ひとつ目の理由は」
「……理由は?」
「アルが報告書で彼女を褒めまくっているのが、そもそも気に入らない」
「そんな理由で断らないでくれ! 俺のクビが飛ぶわ!」
色んな意味で!
「なんで? なんで俺が褒めるのが気に入らないんだよ!」
「えー、わからないんですか? アルフ様」
「アルフ様は女心がわかっていませんね」
「エルは男の子だろうが!」
横からチャチャをいれてくるメイド二人に突っ込んで、俺はエルに向き直る。
「いいか、エル。そういう冗談は心臓に悪いから止めてくれ」
「別に冗談じゃないもん。なに、この内容。アルからセリーヌ姫への賛辞の嵐じゃない。僕への当て付け? 延々とノロケを読まされているような気分になったよ。まだこの報告書を燃やしていないだけ、僕は自制していると思うんだ」
俺が思った以上に、エルフリック王子は内容にご不満なご様子だった。
良かれと思ってセリーヌ姫のことを好意的に書いたのが、どうやら度が過ぎていたらしい。
「いやいや、書き方が悪いのは確かに俺の手落ちだ。悪い。でも、セリーヌ姫が良い人なのは確かだから――」
「理由のふたつ目」
言い訳する俺の声を無情にも遮って、エルが立てていた指を一本に減らす。
「縁談を断る理由としては、こちらの方が重要――というか、本質」
そう言うとエルは表情を改めた。
青色の瞳に宿る真摯な光。その視線に、俺も背筋を伸ばして、彼の次の言葉を待った。
「二つ目の理由、それはね」
「それは――?」
「僕は、ち○ちんついていない人とは結婚できません」
「お前はいきなり何を言い出してるの?!」
いきなり王族にあるまじき言葉を放ったエルに俺は大声で突っ込んだ。
「あのな、エル! 俺は真面目な話をしてるつもりだったんだぞ!」
「僕だって真面目だもん! 本当のことだから仕方ないじゃないか!」
俺のツッコミに、しかし、エルも負けじと反論を返す。
「だから、アルはちゃんと彼女に断ってきて。ハイランドの王子は、ち○ちんついていない人とは結婚できませんって」
「そんな正気を疑われるような返事ができるか!」
真顔で言い放つ王子に、盛大につっこむ俺だった。しかし、エルはそんな俺の言葉に怯むことなく、なおも不満気に頬を膨らませる。
「だって、本当のことだもん。僕はち○ちんがついてない人はダメです」
「そうなんです、アルフ様! 王子様は、ち○ちんが付いている方じゃないとち○ちんが反応しないんです」
「ち○ちんが立つか立たないかは生理現象ですからね。こればかりはどうしようもありません」
「あのなお前ら! 王族が、ち○ちんとか言うんじゃありません!」
「ち○ちんは、ち○ちんじゃないか」
「開き直って連呼しない! 初等部の男子じゃないんだから」
「どうせ僕は子供ですよー」
不貞腐れたようにいって、王子はパタパタとソファーの上で足をバタつかせる。
……こんな会話、執事のクリフォードさんが聞いたら卒倒するだろうなあ。いや、正直、衝撃のカミングアウトに俺も卒倒しかかっているのだけれども。
「いいか、落ち着いて聞けよ。エル」
「僕は落ち着いてるよ。さっきから叫んでいるのはアルの方じゃないか」
「誰のせいで叫んでいると……コホン」
王子のペースに巻き込まれていることを自覚して、自分を落ち着かせようと俺は咳払いを一つした。
「いいか、エル。そもそもお前が、西方の女の子にときめくっていったんじゃないか。褐色の肌に憧れるって」
その発言をクリフォードさんが聞きつけたらしく、この度、俺が西方に派遣されることになったのだ。だが、その指摘にも、エルは軽く肩を竦めただけで動じなかった。
「うん、言ったよ? 言ったけど、それは「憧れる」っていう意味だもん。性的興奮を覚えるかどうかはまた別問題です」
「性的興奮って、お前な……そういう言葉遣いはどこで覚えてくるんだよ」
「アイリーンとアリサから」
「ああっ! ダメです王子、バラさないで下さい!」
「教えたのは主にアイリーンです。私は傍で聞いていただけですから」
「あーっ、そういう事言うんだ、アリサの裏切り者!」
クリフォードさんに言って、まとめてクビにして貰ったほうがいいんじゃないだろうか、この二人。エルの教育に悪いにも程がある。
「でも、アル。真面目な話、性的に興奮できるかどうかは重要でしょ? ほら、王子としては子作りできないと困っちゃうでしょう?」
「それは……そうだけど」
「それでね? アル。僕は相手にお○んちんがついていないと、勃起しないみたいなんだ。だから彼女とは結ばれることはできません。お終い」
「その語彙の選択はそろそろいい加減にしろよ、本当」
まかり間違って女王陛下の前でそんな言葉を漏らしたらどうなると思ってるんだ、こいつは。
「むー、別にいいじゃない。いつもダイナスなんてもっと過激な言葉を使ってるじゃないか」
「酒場の主人の語彙を基準にするんじゃありません」
ダイナスとは、俺とエルの共通の知人で、王都の下町にある酒場の主人だ。豪放磊落をもって良しとする巨人族らしい男性で、下ネタも好んで話す。そのため王子の教育的には大変よろしくない人物だったりする。
「まあ、セリーナ姫に対してエルが、えーと、興奮しない、というのはわかった」
「だから彼女だけじゃないってば」
「そのことだけど、エル。お前、それは本気で言ってるのか?」
「本気って?」
「だから、その、アレだ。男性相手じゃないと興奮しないっていうのは、本当なのか?」
さっきから冗談が大分混じっていたから、エルの真意を掴めていないが、もし本当ならこれは大事になる。
いや、世の中には同姓が好きという人も結構居るということは知っているけれど、本当にエルがそうだというのなら――この国の後継者問題に関わってくる。
「うん。昔は女の子も好きだったんだけど、今は……」
「今は?」
「今は、男の人……というより、アルがいいなーって」
「え?」
「だから、僕、アルがいいんだ。わからない?」
「い、いいって、な、何が……?」
「もう、鈍いなあ。だから僕は、アル相手なら興奮できるの! 言わせないでよ、恥ずかしいなあ」
「ご、ゴメン。って、いやいやいや! ええ?!」
心なし頬を赤らめてのエルの言葉に、隠し切れない困惑の言葉が口から漏れてしまう。
随分とあっさりとエルはカミングアウトしてくれたが、その言葉を受けとるこちらとしては、衝撃が大きすぎて脳の処理が追いついていない。
エルは男相手にしか興奮しない。
まあ、それは良い。いや、本当は全く良くないけれど、今は良しとしよう。
ただその後に続けた「アル相手なら興奮できる」という言葉。
その発言は、つまり俺相手に興奮した経験があることを物語っている訳で。
「え? え? ちょっと待って、ちょっと待ってくれ、エル」
「うん。アルフがその気になってくれるまで、ちゃんと僕は待つよ」
「いやいやいや、そういう意味じゃなくて、いや、そういう意味なのかもしれないけれど、確認させてくれ」
「うん」
「えーと、その、お前って……俺のこと」
確認すべきなのか、否か。
確認しないならしないで、おかしなことになるだろうし、確認したらしたで、きっととんでもないことになるのだろう。
ただ、エルフリック王子の家臣として。
なにより、エルの友人として。ここは曖昧に濁しておくべきではないだろう。
そう思い、エルに問いかける言葉を、今まさに俺が口にしようとした――その時。
「それは本当ですか? エルフリック」
そんな、とても凛とした女性の声が、王子の居室に突如として響いたのだった。
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