第4.98話 Intermedio
「世界が真実と幻想、或いは事実と虚構によって混乱している事は、〝一つの事実として〟受け入れておくべきでしょう。世界は嘘に溢れている。しかしそれは、真実の存在を全面的に否定するものではありません」
幕間らしい。ひとときの静けさを挟み、男は言葉を紡ぎだした。全てが黒く潰された空間の中ほど、かすかな残響を残しながら、男は物事の在り方の外郭を注意深くなぞっていくような、何処に向かいそうもない言葉を連ねていく。
「覚えておかなければならないことは、嘘も真実も、常に求めあっているという事です。嘘は真実がなければ存在することすら出来ない。真実も然りです。それが無二の価値を持ち得るのは、傍に無数の嘘が寄り添っているがため……その質量はイコールではありませんが、互いの存在があってこその概念です。嘘だらけの世界、そこに僅かな真実が含まれる。我々の世界はそうしてこれまで運営されてきました。しかし、最初に申し上げました。真実は、その力を世界に影響させることが殆ど出来ない。いかに価値を持とうとも多数派がそれを無視し続ける限り、世界は常に嘘によって支配され続けていく。結局のところ、嘘の、嘘による、嘘のための世界です。お分かりいただけますか?」
同意も反論も聞こえない。幾つかの身じろぎの気配がざわり、と広がる。暗い、静かな空間。少しだけ揺れる。それを合図にしたかのようにスポットライトが灯され、男はその中心に立った。
「全てがもし嘘で満たされるのならば。真実というものが完全に死に絶え、何もかもが信じるに値しない世界がもし実現するとしたらいかがですか? その世界には迷いなど存在しません。最初から、何も信用しなければ良いのです。全ては嘘で、虚飾で、存在しない出来事たち……きっと、皆様はこれまでとは比較にならないほど楽に過ごすことが出来るでしょう。しかしながら、我々が我々である限りそういった世界は存在し得ません。我々の世界における真実と嘘は、そもそものところで〝そういう形には出来ていない〟。先にも申し上げた通りです。両者は常に世界を複雑にし、我々を苦しめる。少なくとも我々における〝世界〟ではこの仕組み、原則が過去から今、現在に至るまで明確に存在し続けている。無論、これから先我々が滅び、消え去るその日までこの原則は揺らぎません。だからこそ、せめてこのひと時、世界の全てが嘘になるのなら。ほんの一夜の悪ふざけであったとしてもそれはきっと素晴らしい事です。これから先、皆さんを更に世界の奥深くへとご案内いたします。ルールは変わりません。信じようと、否定しようと皆さんの自由。僕は、順番に世界を並べていきます。我々はこれから物語を辿り、この夜の最も深く、最も温かな場所に向います。そこには、何があるのか……辿り着くその場所が皆さんにとって心地よい場所でありますように……また、お目にかかります」
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