第15話「夜を壊すもの」~スリーピング・ディア・ナイトブレーカー~

 


「――チカ」


「……チカ、おいチカ」


 あたしは、ベッドに横たわる、チカをゆすった。


 進藤は、今日で目覚めると言っていたが、死んだように眠るチカは、身じろぎもしなかった。



「――チカ……」


 あたしはうつむき、涙をぬぐった。


 すると、あたしのなまじりに、あたしの手のこうに、触れてきたものがあった。



「……よう、千夜」



「――チカ……っ?!」


 驚くあたしに、チカは、幸せそうな笑顔で飛びついた。


「――千夜」


 そして、あたしの体を抱きしめ、こう言った。


「……おはよう千夜。愛してるぜ」


「――はあ……?!!」


 混乱するあたしに、チカは、さらにこう言った。


「――だからおやすみ……、、、ぐう。」


 ――いや。いやいや。おかしいだろ。



「――ふっっざけんな。。」


 あたしは、眠りこけたチカの脳天のうてんを、グーで殴った。




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「いてて……すげー目覚ましだな。脳漿炸裂のうしょうさくれつするかと思ったぜ」


「そのまま一生、死んでろ」


 ふと、脳裏のうりに、恐ろしい映像が浮かんだ気がしたが、それは一瞬でかき消えた。


 なんだろう、この感じ……。

――そういえば、進藤によって眠らされてから、何時間たった?


 まるで、何日も、何か月も、眠っていたように、体がだるかった。


(……あたしは、夢でも、みていたのか?)


……長い長い、悪夢を。


 ぞっとするように背筋が凍って、あたしは、得体のしれない寒気に、体を震わせた。


「寒いなら、あたためてやるけど」


 ぽんぽんと布団ふとんたたくチカに、イラっとしながら、あたしはこう返した。


「“あたたかい”のは、お前の花畑脳だけにしとけ」


「……ちっ」


 下品な舌打ちが聞こえた気がしたが、あたしは無視した。


「……そんなことより、チカ、大事な話がある」


「――なんだよ」


 チカは、すねたように憮然ぶぜんとしながら、軽く返した。


「お前は、あたしをかばって、リッパーに刺された。――それは覚えてるよな?」


「――覚えてるもなにも、あんなん、忘れられるかよ」


「その後、お前は、死んだ雷門を呼び出し、気を失った。あたしは進藤を探しにいって、リッパーと交戦、駆け付けた双子坂がやつを片付けた。今、リッパーは施設の留置所にいるそうだ」


「――それで、ここからが本題だ。お前を治療した進藤は、今、ここにはいない。今日中にお前が目覚めるから、一緒に逃げろといって、去っていった。今、どこにいるかは不明だ。でも、きっと、危ない真似まねをしてやがるんだと思う。――チカ。お前、助けられそうか」


「……つってもな。オレも病み上がりだし、双子坂の助けも借りれないんだろ?」


「――ああ。そうだ。やつは音信不通で、今ここにいるのは、あたしとお前だけだ。進藤を助けに行けるのは、もう、あたし達しかいねーんだ」


「……なるほどな。なら、やつの助けも必要だな。――雷門、聞こえるか」


 そう言って、チカは上空をみあげた。


『――ああ。当然な』


 ザーっと、テレビの砂嵐のようなものが現れ、 灰がかった金髪をワイルドにセットした、凶悪そうな目つきの男が出現した。


「――雷門!!」


 あたしは、ぱっと目を輝かせ、宙に浮いたままの雷門に近づいた。


 雷門は、床に足をつくと、こちらを静かににらみつけ、口を開いた。


『――千夜。結果オーライだったとはいえ、何か言うことはないか?』


「――う……っ、雷門、悪かった……!」


 しゅーん、としょげるあたしに、雷門は、ふっと微笑って言った。


『チカのやつにも謝れよ。お前のせいで、二度も死にかけたんだ』


「――チカ……」


 あたしは、チカに向き直った。


「――その……」


 言いにくそうに目を泳がせていると、 チカは、あたしの頭を、ぐいっと抱き寄せた。


「よしよし。」


「――チカ……っ?!」


「――がんばったな、千夜。普通のやつだったら、とっくに気絶きぜつして、お陀仏だぶつだったところだ。よく、生き残った。……オレの看病かんびょうも、ありがとな」


「――でも……」


 眉を寄せ、くしゃりと顔を歪めたあたしに、チカは、静かに言った。


「泣き虫になったな、千夜。その泣き顔、オレ以外にみせんなよ」


「……なんだよそれ……」


「――いいから、黙って泣いとけ。オレも雷門も、ぜってーお前のこと守るから」


『……俺もかよ』


 雷門は、嫌そうにツッコんだ。


「でも、泣き顔はオレのだから。お前はあっち向いてろよ」


『――ハイハイ』


 雷門は、律儀りちぎに顔をそむけ、腕を組んだ。





 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





『――それで、勝算は?』


 雷門は、あたしの話を聞くと、開口一番、そう言った。


「――わかんねえ。まず、進藤がどこにいるかも知らねーし、何をしに言ったかも不明なんだ」


 眉を寄せ、返答したあたしに、答えたのはチカだった。


「でも、進藤は、お前を守るために、催眠薬さいみんやくを盛ったんだろ?――だったら、行った先は明白だ」


「なんだって?」


 あたしは、驚きながら聞き返した。


「……教えてくれ。一体、どこに進藤は行ったんだ?」


「『――第一司令塔・分室ぶんしつ』」


 チカと雷門は、声をそろえて言った。


 そして、雷門が続けて言った。


『……進藤は、清算しようとしてる。お前に犯した間違いと、罪と懺悔ざんげを、その身をもってな』


「――なんだって……?」


「――そういうことだ。時間がない。さっさと進藤を止めに行くぞ、雷門」


 チカは、一息で告げると、善は急げとばかりに、ベッドから立ち上がった。


「……待てよ……!」


 あたしは、制止せいしするように、チカに叫んだ。


「――“その身をもって”って……、まさか……」


「ああ」


 チカは振り向き、こう言った。


「――進藤は、自殺しようとしてる。……施設の重鎮じゅうちんたちと、一緒にな」

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