第8話 「愚者たち」~キリングフールズ・カーニバル~

「ひゃあははハ! なんで? なんで逃げるんだよ千夜ちゃあん! おれともっともっともっと遊ぼうぜえぇエ?!」


「はっ! はぁ…っ、はあ……っっ!!」


……くそ! あのイカれたやつ、ここまで追ってくる!!


 むせ返る血の香りと恐怖で、吐きそうになるのをこらえながら、あたしはただ、無我夢中むがむちゅうで走った。


 自分が、どこをどう走ったのかは、覚えていない。

 気が付くと、あたしは、ナースセンターのあたりにいた。


 頭ががんがんと痛んで、思わずうずくまった。


「う、うえ……っっ」 



 あまりの痛みに、くらくら、と足から力が抜けてゆく。

 よろめきながら、机の裏に隠れると、もう一歩も動けなくなった。


(まずいな、みつかったら最後、か……っ)


 息をつくと、まぶたがおりてきて、焦りながら、唇を噛む。


(寝たら、殺される……! あたしも、あんな風にはらわたをぶちまけて、死ぬんだ……!!)


 震えが止まらず、がちがち、と歯を合わせた。


 一人目は、臓腑ぞうふがまき散らされ、二人目は、目玉がくりぬかれ。

 三人目は、切られた手首と足首が、生首の周りに飾られ。


 四人目は……?  ――思い出せない!!





「――みぃつけたァ」




「……ひっ」


 思わずれたのは、悲鳴だった。


「あーあ。おびえちゃってエ。仕方ないなァ。まだ自己紹介もしてねぇーのに、あんた逃げんだもん。クスリも切れてきたし、ナンかつまんねぇーなアー」


 言って、やつは血がこびりついたサバイバルナイフを弄ぶと、「これ、もォいらねぇーなァー」と投げ捨てた。


「じゃあ、自己ショーカイね。おれは切崎猟也キリサキ・リョウヤ。リョウって呼んでいいよ」


 にっこりと笑う男は、手を差し伸べた。


「あ、ああ……」


 あたしは、ナイフを捨て、素直に名乗ってきたやつの……切崎の態度にホッとした。

 少しは話のわかるやつなのか……?


 しかし、あたしはその時、混乱していた。動転もしていたし、動揺していた。

 だから、気づけなかった。


 やつの、真の狙いに。


「はい、っていうわけで、これおれの名刺めいしね」


「ああ、名刺……? うん」


 その紙切れを受け取った瞬間、激痛が走った。


「いっっ……うわあぁああ゛!!」


 掌に、名刺が食い込んでいる!!


 鮮血があふれ、飛び散った。


「なん……これ……っ!!」


 さっきまで、ただの紙切れだったそれが、ぎらり、と鈍色に輝いていた。


「あ゛っはっははァ。ひーっかかぁーった。アンタ、マジバカ。ウケるんですけど。こんな初歩的なミスするなんて、やっぱりビッチはちげーわ」


「……っ……お前、何言って……」


「え? 何、進藤と寝たんじゃないの?」


「はあ……!?」


「その反応なに? マジでしてないの? 意味不明なんですけど。じゃあアンタどうやってあの鬼畜、モノにしたわけ?」


「――進藤は、そんなことしない……!!」


 血の溢れる右手を押さえて、あたしは、みつくように叫んだ。


「まあ、つっても、中学生じゃねー。どっちにしてもあの医者、何考えてるかわかんねーもんな。おかげで、おれも散々薬づけにさせられたけど」


「薬……?」


鎮静剤ちんせいざいとか大量に処方されてさ。頭ボーッとするわ、記憶トんで、自分の名前もわからなくなるわで、散々だったんだよね。おかげで、殺せたヤツも殺せなくなってさ。チカをぶっころすついでに、あのクソ医者も始末しといてやろうと思ったんだけど、なァんかダメくさいな」


「――まーいいわ。アンタ殺しとこ。生首のひとつでもぶら下げとけば、チカのアホも来るっしょ」


「な……っ」


「ヤダ、逃げんなよ? ちょっぴり痛いだけだって。ホラぁ、こっち来いよ千夜ちゃァん?!」



「……やめ……っ!」




――ごお。

 大量の白が視界を遮ったのは、その時だった。



「そのへんにしとかねーと、な?」




 台風でもきたのかという強風のなか、書類の一群が、キレイに渦を巻いていた。

 ごおごお、と音を立て、それらは、一点に集まってゆく。




――はためく黒髪。

――――光る瞳。





 あたしは、その時、思い知った。

 自分が、誰を求めていたのか。誰を、望んでいたのか。



「――チカ……!!」





「ヒーロー見参。<マッド・リッパー>……。――今すぐ千夜から離れないと、どうなるかわかるよな?」

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