第4話「たとえお前がオレを忘れても」~キャッチ・ミー・ロストバタフライ~
「――千夜」
「――ぅわ……もごっっ。」
「バカ。声出すんじゃねえっつの。この前、騒いだ件で、ただでさえ、厳重な警備がしんどかったっつーのに」
この
「“チカ”……」
「――ん?」
チカは仮面を外しながら言った。
月光のもとにさらされる顔は、相変わらず、すげー美人だった。無駄に。無駄すぎるほどに。
「~~っ、お前、なんで来たんだよ……」
語尾が消えそうになって、思わず下がりかけた眉を、ぐっと上げた。
「……バカ。ヘンな顔してんじゃねーよ」
言って、チカはあたしの顔に触れてきた。
「――ヘンな顔じゃねーよ!! ってか、さわんな!」
「照れてんのか?」真面目な顔でとぼけるやつに、「照れてねーよ!!」と小声で叫ぶと、そこではっとなって、言い返した。
「っつーか、うやむやにすんな。なんでお前、また来たんだよ。この前、あんなに……酷いこと言ったのに……」
「ばーか。」チカは笑って、あたしの頭をなでた。
「たとえお前がオレを忘れても、オレがお前のことを覚えてる。それで充分だろ」
「なんだよそれ……」
脱力して、肩を落とした。
「恥ずかしいことも知ってるぜ。実は(ピー)が(ピー)で、――いや、(ピーー!)の方が……」
「……わー! わー!!」
あたしは全力で、やつの口をふさいだ。
「そんなのあたしが初耳だ!! ――てめえ、ねつ造もいいかげんにしろよ!」
小声で
「ホントだっつの。ホントに覚えてねーのな」
仕方なさそうな笑顔に、むずがゆくなったので、すかさず言い返した。
「はあ? 全然しんじらんねー……。っていうか、なんでそんな秘密、お前が知ってるんだよ。大体、お前何者だよ。ださい仮面しやがって、すっげーうさんくせーし」
「我か? ――我は、3千メガ光年から生まれし、暗黒の炎をまとう……」
チカは仮面のことは華麗にスルーしつつ、
「もういい。っつーか、3千メガ光年ってなんだ。そんな単位ねーし」
「クックック……未来は常にここから生まれ……、過去もまた、最強の闇の
「造語です、って素直に言えよ」
あたしの冷静なツッコミに、それより、とチカは、さりげなく話をそらした。
「体調はどうだ、千夜。痛いところはないか?」
その口調は、
ぐっと拳を握って、口を開く。
「……記憶がごっそりない。お前のこともあたしのことも、全部リセットされたみたいに。思い出そうとすると、すげー頭痛でおかしくなる。――特に……」
「オレのことを思い出そうとすると、だろ?」
あたしが目を丸くすると、チカは、ちいさく肩をすくめてみせた。
「――どうやら、完全に巻き込んじまったみたいだ。オレの時間稼ぎが通用するのも、あと、一回が限度だ。次の新月の晩に、オレはまた来る。その時は、おとなしくさらわれてくれないか、千夜」
「さらう、って……」
「悪い。今はまだ言えない。でもここにいたら、お前は、あいつらの実験動物<モルモット>にされる。その前に逃げないと、もう何もかもが手遅れになる」
“オレ達みたいに”、とチカは少し影のある口調で言った。
「モルモットって」
進藤はそんなことしない、と言おうとした瞬間、カツカツ、と
「……やべっ……」
チカはきびすを返すと、窓枠に飛び乗った。
「今日はここまでだ。千夜、考えていてくれ。話は、その時じっくりする」
チカは仮面をかぶりなおすと、足音もなく飛び降りた。
「待っ……」
あたしが窓に駆け寄った頃には、チカの姿は消えていた。
進藤が来たのは、そのわずかに後だった。
何かあったのか、と堅い顔で尋ねる進藤に、あたしは「……別に」と首をふった。
あいつのことは、よくわからない。でも、あたしは知っている。
記憶を失う前のあたしは、あいつのことを、きっと、誰よりも知っていた。
こんなくだらない軽口が心地よいのも、触れた指があたたかくて、泣きそうになるのも、あの笑顔をもっとみたいと願うのも。
――あいつがいなくなって、胸のあたりが、ぎゅっとうずくのも。
ぜんぶぜんぶが、そらみろ、と証明してくる。
忘れてんじゃねーよ、と、どんどんと心臓を叩き、
あたしは、あいつと、一緒にいたい。
たとえ、あたしが、また、あいつを傷つけてしまうかもしれなくても。
……あいつが、いつか、いなくなってしまうとしても。
……――それでも。
あたしは、あいつの隣にいたい。
そんな、我が
まだ蒸し暑い夏の残り香が、あたしの胸をくすぐって、不安と
この夏が、“また”なくなってしまいそうで。
どこか、手の届かない場所に、飛んで行ってしまいそうで。
一瞬、夜空に走る一筋の光をみた気がした。
目をこらすと、もう、なにもみえなかったけれど。
あたしは思った。
夜の海岸に行きたい。
少しぬるい風になぶられながら、空をみあげて。
くだらないおしゃべりを、あいつとしたい。
きっとその時、何かが変わる気がして。
“あの日の続き”を、聞ける気がして。
(……?)
一瞬の違和感に、ふと小首をかしげたが、もう、あの割れるような痛みはなかったし、今、自分が何を思ったのかすら、思い出せなかった。
夜は、静かにふけてゆく。
……朝は、まだ遠い。
あたしは、静かにまぶたをおろし、ふとんをたぐりよせた。
(千夜。約束する。オレは、お前を……)
まどろむあたしの耳に、ふと、懐かしい声が聞こえた気がした。
あたしは、まだ、何も知らない。
チカの秘密も、進藤の嘘も、未来のあたしがする、“裏切り”も――なにもかも。
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