第2話 “狂犬注意<カニバル・エラー>”【前編】



  9月9日、赤羽町あかばねちょう、深夜零時。

  あたしは、その公園に立っていた。


  なぶるような風が、びゅうびゅう、と吹いている。

  うっそうとした木々は黒々とし、にぶい街灯に照らされて、まるであたしを手招く死神のようにもみえた。



「よう、待ってたぜ、千夜」


 そいつは言った。

 顔にスカーフを巻いていて、人相にんそうはわからない。少なくとも、チカじゃない。


 そいつは、高校生らしき男で、毛先だけ黒い金髪を、つんつんとワックスで、野性的にキメていた。

 ごつい。腰周りは細いが、腕は太い。ムキムキっていうわけじゃないが、かなり鍛えている。


 それだけじゃない。

  街灯がいとうに照らされて、まくりあげたTシャツからのぞく、たくましい腕や、雄を感じさせる汗ばんだ肌、存外ぞんがいに整った綺麗な鎖骨さこつ

  それらをはじめとした、体中のところどころに、古傷のような、筋張った赤黒いラインが見え隠れしている。


 その目をみて、ぞっ、と寒気が走る。

 飢えた獣のように、すわった瞳が、夜の闇を引き裂くように、ぎらぎらと輝いていた。


――誰だ……? 

 ごくりと息を飲む。なんであたしの名前を知っている?


「俺が誰で、なんでテメエの名前を? って顔だな」


「――だったらどうした」


 じゃり、と砂を踏み、足もとを確認する。

 ――逃げれるか。

 もしヤバそうなら、プライドをかなぐり捨て、即座に逃げる。



「――質問1。俺の名前は犬神雷門いぬがみ・らいもん。所属施設はやつと同じ第五」


「第5……?」



「――質問2。お前は施設に目をつけられている。やつに会う前に捕まる」


 やつは、雷門は言う。言いながら、近づいてくる。

 たるそうな一歩一歩から、目が離せない。

 じり、と後退しそうになって、あごを上げた。


――気圧けおされるな。すきをみせるな。


ちりちりと頭がうずく。耳なりがする。


「――質問3。やつの情報は、


「なんだって……?」


  雷門はスカーフを外し、ニヤリ、とするどい犬歯をみせてわらった。


 その時には、ヤツはもう、目の前だった。


「――質問4。“”」


 ザッ……。


  土埃つちぼこりが舞う。思わず、舌打ちをした。


  ――囲まれている。

 釘バット、ナイフ、メリケンサック。ヤバそうなブツを持った男共が、あたしを取り囲んでいた。


――まずい。完璧にしてやられた。

 

  ゆっくりと間をもたせた、思わせぶりな言葉。そして、一挙一動。

  すべて、自分にすべての気を向けさせ、注意を引くため。


「……最低」


 口のなかで、小さく愚痴ぐちを転がす。


  逃げ場はない。こいつひとりなら、すきをみて逃げることもできた。

  でも、周囲には屈強くっきょうな男共……それも、カタギではなさそうな奴ら。全員ぶっそうな武器持参。


 ――勝ち目はない。



「――降参こうさんだ」

 

  あたしは、ゆっくりと両手をあげた。


「お前の欲しい情報、すべてくれてやる」


 そう吐き捨て、ぐっと前を向く。雷門を見据みすえる。

 その瞳に獰猛どうもうな光が宿ったのをみて、寒気をかみ殺す。


(……まだだ)


 まだ、情報が足りない。


「お前はなぜ、あたしをはめた。なんの目的だ。お前は、チカと同じ施設だって言ったな。“施設”ってなんだ。お前たちは……何者だ」


「わかってねぇようだな、千夜ァ。自分の立場、思い出させてやろうか?」


 雷門はクックッと喉を鳴らし、おもむろに背を向け、公園の真ん中まで移動した。


 そして、こちらに向き直り、手を宙に浮かせた。

 なにも持っていない。でも、何かをつかんだ。みえない何かを。


 ごうっ、と風が吹く。雷門の手の周りに、猛スピードで、その風が集まってゆく。


――嵐。あれは嵐だ。そうとしか思えない。台風が、圧縮されている。


 あんなものをぶつけられたら、少なくとも無事では、すまされない。

 怪我けがですむか。釘バットやメリケンサックで殴打おうだされるのと、どちらがマシか。


 いや......


 あたしは、腹がふくらむほど大きく息を吸い、咆哮ほうこうした。



「――<<“戦いの女神よ!”>>――」

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