第3話 “狂犬注意<カニバル・エラー>”【後編】




           「――<<“戦いの女神よ!”>>――」




     「「「「「「――<<“我らに勝利を!!”――>>」」」」」



 

  その咆哮は、天を割る雷。

  応えるは、迅雷のごとき砂埃と足音——。



  そう、遠くから聞こえたのは、猛(たけ)き乙女達の、雄叫(おたけ)びだった。


 十人。二十人。いや、それ以上だ。

 それぞれに釘バットやら車の部品やら、プレハブの金属板やらを持った少女達。

 

  主に中高生から構成された、テイーンエイジャー。大人の姿はない。

  みな、思い思いの服装に身を包み、そして稲妻(いなずま)のマークの入った赤いスカーフを、口に、髪に、腕に、足に、身につけている。


 中央で、やたら長くぶっとい釘バットを、肩にのせている少女と目があった。

 ニヤリと不敵に笑い、背中を指す。


 後ろから現れたのは、有姫。鮫島有姫(さめじま・ゆうき)。


 そう、この黒豹(くろひょう)のごとき美少女を従える、威風堂々(いふうどうどう)たる彼女こそ、この神早特攻隊(かみはやとっこうたい)……。

  またの名を、猛(たけ)き戦乙女達、<ヴァルハラレディース>のヘッド……――雷早乙女(かみはやおとめ)。


 色のあせた金髪をたなびかせ、仁王立ちする彼女の横に、いつもより猛々(たけだけ)しいアイラインを、可憐(かれん)な目に武装した、有姫が並ぶ。

 

 この町で、最も勇猛(ゆうもう)にして、美しき乙女達。

 彼女達は、その誇りと矜持(きょうじ)にかけて、戦う。



 彼女たちが、男共の包囲を完了したのを確認し、乙女が言う。


「有姫、やれるか」

 

  腕を組み、仁王立ちした乙女は、まるで金色をした百獣の女王だ。


「――この刃にかけて」

 

  有姫が、ノコギリのような刀をぎらつかせ、言う。


「そうか。なら――行くぞ」


「おぉおおォオオオオオ!!」


  女達の雄叫(おたけ)びがこだまする。

 

  びりびりと空気を震わせる、その轟(とどろ)きは空を裂く雷鳴。

  一対の翼のごとく駆ける姿は、すべてを引き裂き、食い殺す雷獣の群れ。


「――いきがってんじゃねェぞ、女がァ!!!」


 男達が、遅れて走り出す。


 すぐに、乱戦になった。力では、女はとても、男にかなわない。


――でも、やつら、ヴァルハラレディースは、違った。

 その圧倒的な格差に、まったくおびえる様子がない。


 ひるむどころか、むしろ男達を食い殺す猛獣のごとく、圧倒的な迫力で場を飲み込んでゆく。


 数で上回っているとはいえ、それが勝利に繋がるかは、まったく未知数のはずなのに?

……いや、だからこそだ。


  彼女達は、信じていた。


――勝利を。――自らを。有姫を。


  そしてなにより、先陣を切る戦乙女<ヴァルキュリアス>を。

 

  それは、清々しい下剋上だった。


――そう、今までは。


 流れを変えたのは、その一言だった。


「――お前ら、黙れ」

 

  たった一言で、男共は凍りついたように、動きを止めた。


「……ぎゃーぎゃー、五月蝿(うるせ)えんだよ」

 

  低く唸(うな)るような、だるそうな声。


「だけど、犬神さん……」

 

  男共のなかのひとりが、こびへつらったように、顔を引きつらせながら、不服(ふふく)そうに言う。

 その瞬間、雷門の声が、がらりと変わった。


「お前等は用済(ようず)みだ。どこへなりとも行け。――そして、二度と俺の前に、その薄汚ねえ、負け犬面をみせんな」


 ドスの効いた声は、まだ冷静そうに聞こえる。

 

  だけど、あの、凄(すさ)まじい形相(ぎょうそう)。

  それはまるで、獲物の喉笛(のどぶえ)を噛みちぎり、食らう寸前の猛獣のようだった。


「――そんな……っ」


 雷門は、あの台風を、地面に叩きつけた。

 男の目の前の地面が、クレーターのように、ごっそり陥没(かんぼつ)した。


「……ひっ……」


「――二度言わせたいか」


「す……すいやせん! すいやせん!! も……もう言いません、許したってください!!」


「……消えろ」


「……わ……わかりましたァ!! おいお前等、撤退(てったい)だ撤退!! ぐずぐずすしてんじゃねぇぞコラァ!!」


 土埃(つちぼこり)が舞う。ゲホゲホしていると、目の前にブーツが、足があった。


「――千夜ァ!!」


 有姫が叫ぶ。その時には遅かった。

 雷門のぎらついた瞳が、あごに息がかかるぐらい近くにあった。


 そのまま、顎をさらわれ、ぐい、と持ち上げられる。


「――千夜。お前、いい駒(コマ)持ってんじゃねえか。わびに、これだけは教えてやる。掲示板でお前を釣(つ)ったのは、俺じゃねえ。……<ダブルフェイス>。施設と取引してる、<二重人格者>だ。せいぜい生き残れよ」


 雷門は、それだけ言うと、するどい犬歯をむき出し、愉(たの)しそうに笑って、去って行った。

 途中で腕を上げ、「背後に注意しろよ!!」と物騒(ぶっそう)な文句を言い残す、パフォーマンス付きで。


「な……なんだったんだ……」

 

  気が抜けてへたりこむあたしの肩に、優しく、それでいて、やや乱暴に触れた手があった。


「ケガはねえか、千夜」


「有姫……」

 

  思わず涙目になるあたしを、有姫は優しく抱きとめた。


「――よし、よし」


「なんかあたし、空気なんだけど。どうすりゃいいわけ?」

 

  乙女が、頬をふくらませ、いじけながら言う。


 緊張の反動で、ポロポロ涙をこぼしながら、あたしは言った。


「乙女、……ありがとう」


「なんだよ、泣いてんじゃねえよ」

 

  乙女は顔を赤くして、しどろもどろになりながら、あたしの目尻にハンカチ……、じゃなくて、赤いバンダナをぐいぐいこすりつけた後、後ろを向いて拳を突き上げた。


「――そうと決まったらケガの手当するぞ。ケガしたやつ、一列に並べ! このあたしが直々に治療を……」


「すんな。更にひどくなる」

 

  有姫がすかさずツッコむ。


「姫、お前なあっ!!」

 

  ぷんすかしだす乙女。



「姫って呼ぶんじゃねえよ、タコ」


「リーダーに向かって、なんだコラ!!」


「お前の不器用(ぶきよう)さは、ケガ人が重症化するレベル」


「……なんだとおー!!」


 夜はふける。意外すぎる乙女のアホっぷりに笑いながら、あたしはほんの少しの違和感を覚えた。


――これだけ騒いだのに、誰もかけつけない。警察どころか、人っ子ひとり寄ってこない。



「……施設」


――あたしは、まだ、何も知らない。


……何もかも。


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