第7話 クルージングツアー
目が覚めると傍らの時計を見る。
時間は7時前だ。船室のベッドはツインだから、隣のベッドで寝ているフレイヤ起こさないようにベッドを抜け出して、軽くシャワーを浴びる。
今日が船旅の始まりになるようだ。昨日買い込んだテニスウエアに着替えたところで、船室のプライベートデッキに出ると、収納式の椅子を取り出してタバコを楽しむ。
ボタン1つでデッキに収納できるんだから便利な椅子だな。
早朝だから気温はまだ上がって行ないようだ。涼しい海風を感じることができる。
桟橋から少し離れた内陸部には、摩天楼が立ち並んでいるのが見えた。
クルージングなんだから、毎日がのんびりできそうだ。
「外にいたのね?」
扉が開いて、同じような服装に着替えたフレイヤが顔を出す。直ぐにデッキに上がって来ると俺の隣に椅子を引き出して腰を下ろした。
すでにメイクは終えたようだ。若いから薄いメイクなんだけど柑橘系の香水が仄かに香ってくる。
「食事までは時間があると思ってね」
「そろそろ時間よ。出航は0900時らしいわ」
1時間後ということだな。
食事は0800時だから、そろそろ良いんじゃないか?
フレイヤの手を取って立たせると、船室に入る。船室とデッキの扉は必ずロックする事と扉に注意書きがあったが、理由は書いていなかったな?
空き巣狙いの被害が過去にあったのかもしれない。
船内通路を歩いて船尾の突き当たりにあるラセン階段を上る。2階の食堂に入ると、小さなテーブルが20個程並んでいた。
テーブルの上に部屋番号が振ってあるから、そこに座れば良いようだ。
俺達のテーブルは正面より少し左にずれた場所にあった。テーブルの上の金属製のカードホルダーには、俺達の部屋番号が書かれている。
俺達が席に着くと、すぐさま朝食が運ばれてきた。
1つのトレイに全てが載っている感じだが、柔らかなパンはたぶん焼きたてなんだろう。
ハムエッグに野菜サラダとジャムが朝食だ。パンは2個載っているし、マグカップで出されたコーヒーも上品な香りを立てている。
食事が終わると、コーヒーのお代わりを頼んで今後の予定を確認する。
すでに俺達の予定は、全てフレイヤがツアー予定表の個人欄に書き込んでおいたそうだ。
「ありがとう」と礼を言ったけど、本心じゃないからね。
席を立つ時に、コインケースからチップ用の銅貨を1枚取り出してコーヒーカップの裏に隠す。
フレイヤに教えられたとおりにしたんだけど、これで良いんだろうか?
部屋に戻ると、ふ~と大きくため息をつく。
部屋の冷蔵庫から缶ビールを取り出して、ソファーに腰を下ろした。
プルタブを開けて一口飲む。
巨獣に怯えないで済む貴重な時間が過ぎていくのが自分でも分かる。
『メリーエン号船長のニルダです。ツアーの皆様、メリーエンをご利用頂き……』
船内放送から船長の挨拶が始まった。
船長の出航の合図が終ると同時に振動が伝わってくる。
どうやら、旧式のレシプロエンジンでスクリューを使って進む船らしい。こんな懐古趣味丸出しだとすると、結構おもしろいツアーになりそうだ。
ゆっくりと岸壁を離れて、大型船を見上げながらメリーエン号が進む。
港の防波堤を越えたとき、一気に速度が増した。
その加速に思わず身構えた時に、スイっと船体が浮上する。水中翼船なのか?
海上の風景は変化にとぼしいから、何時しかソファーに座ってパンフレットを眺めると、簡単な船のイラストが書かれていた。
2つの船体の外側に客室があって、限定20室らしい。
船員は船体の内側と船尾に専用の部屋があるようだ。
ブリッジは3階にあり、エンジンはやはりレシプロエンジンだった。その代わり補助エンジンが水素タービンエンジンなんだからおもしろいな。
食堂は2階で3階にラウンジがある。ちょっとしたパーティがこの2つで行なわれるらしいのだが……。
そう言えば、昼からティーパーティがあると言ってたな。夜はウエルカムパーティと言っていたぞ。
急いで仮想スクリーンを開くと、このツアーで行われるイベントと俺達の予定を確認する。
何と……、全てに参加することになっている。
キャンセルが可能かどうか確認してみると、参加了承の確認が行われている。
どんな連中が個人パーティを開いているか分からないから、この期に及んで断るのも問題がありそうだ。
備考欄に小さな文字があるのに気が付いて拡大してみると、どうやら服装の注意点らしい。「これは正装をしていくのよ!」とフレイヤの注意書きがある。
「水着とTシャツでOK」というのは後部甲板で行われるパーティのようだ。
この注意点を守っていれば問題ないのかも知れない。ここは参加することにするか。
そんな感じでツアーが始まった。
確かに3食昼寝つきだが、最終日まで都合16回のパーティに出席したし、一緒に乗船していた貴族の私的なパーティにまで参加することになってしまった。
船は船で驚かされてばかりだ。島が近付いた時に、船が水中に潜り始めた時には沈没してるのかと思った位だ。20m程の深さを堪能出来るのはすごいと思う。
砂浜では皆でビーチバレーをしたし、水中呼吸器を付けてのダイビングも中々おもしろい。
そんな中、ツアー初日の夜に気が付いたことがある。
このツアーの女性達全員が、正式だと言われるパーティにはビキニにシースルーのドレスでの参加なのだ。
恥ずかしいという感情が無いのだろうか? フレイヤも御多分にもれず際どいビキニで参加していた。
問題は、ここが赤道に近い場所であることだ。
サンオイルをたっぷりと塗りたくっても、3日目には日焼けで真っ黒だ。
綺麗に焼くためのオイルをフレイヤが船内で購入してきたけど、ちょっと使うのが遅れた感じだな。
「また、こんなツアーに参加したいな」
「そうね。でも、今度は少し事前に調べておくわ。こんなに焼けるとは思わなかったもの」
そんな話をジャグジーでしながら冷たいビールを飲む。
小さな島の入り江に停泊したメリーエンの窓からは、今正に夕日が沈もうとしていた。
今夜もパーティがあるのだ。
退屈はしないけど、船旅って本当はゆったり過ごすものじゃなかったのか?
「明日は港らしいから、今夜が最後のパーティね」
「何が出てくるのかな? 何時も驚かされるからな」
俺の正装は、黒いスラックスに黒のシャツだ。革のベルトには拳銃のホルスターがあるが、正装だから仕方が無い。黒の革靴にネクタイは赤。そのネクタイに1輪の花が刺繍されている。どうみてもスミレだ。まあ、ヴィオラ騎士団だからそうなのかもしれないけどね。
これにマントが付くんだが、今までは着るのは止めていた。
「最後だから、ちゃんと着るのよ。騎士がマントを着けないなんて、砂糖のないコーヒーみたいなものよ」
それは、飲みたくない! コーヒーには砂糖が必要だ。苦いコーヒーなんて飲めないからな。
「だけど、この刺繍がねぇ……」
そう言って、マントを広げて背中の刺繍を眺める。
マントは絹のような光沢のある生地で、内側が赤で外側が黒だ。黒騎士みたいでかっこいいと思ってたのだが、背中の刺繍はスミレ畑だった。ご丁寧に妖精まで描かれている。ちょっと抵抗があるんだよな。
「中々のものよ。さすがドミニクの感性よね。ちゃんと剣も付けるのよ」
「分ったよ……」
背中に刀を背負ってマントを羽織る。
そんな俺の隣には、シースルーのピンクのドレスを着たフレイヤが寄り添うのだが……。しっかりと中のビキニが見えてるぞ。そして、そのビキニは今まで見た中で一番布が小さい。これが、フレイヤの正装なのか?
そんな俺達がパーティ会場に来て見ると、俺達の装いがまともに見える光景だった。
船長は際どいビキニでドレスさえ着ていない。帽子で船長とかろうじて分る感じだし、他の女性達も似たり寄ったりの格好だ。
それに引換え、男達はちょっと中世じみた格好だな。
半数が武装しているし、俺と同じように剣を持っているものも数人いる。
「俺は12騎士団の1つ、レイドラル騎士団の騎士だ。その旗印、初めて見るぞ」
「ヴィオラ騎士団所属です。小さな騎士団ですから当然です」
そんなことから、俺達は世間話を始めた。
「だが、ヴィオラ騎士団と言えば
「それを見つけたから、このツアーに参加できたようなものです。俺が見つけました」
見つけた本人と聞いて驚いてる。
そして、ニヤリと笑って頷いたところをみると、勝手に納得したみたいだな。
バッグからタバコを取り出すと俺に勧めてくれた。
ありがたく受取って火を点けてもらう。
「中々に運の良い奴だ。俺のところに欲しいところだが、小さな騎士団ではそれも叶うまい」
「小さな騎士団ですと?」
俺達のところに新たに1人が話しに加わってきた。
確か、貴族の跡取りだったな。俺にはどうでも良いような男だ。
「それでも、このツアーに参加できれば大したものです。それなりの値段がありますからね。王都の西を守る軍団を指揮しています。マクミリアンと言います」
「ごていねいに、恐れ入ります。ヴィオラ騎士団のリオと覚え置きください」
俺の挨拶が気に入ったのか、近くの娘を呼び寄せて俺達に酒を振舞ってくれる。
「ツアーではなく、私の持込です。どうですか?」
俺は思わず頷いた。今までとはまるで異なる味だ。コクがあるが、飲み口はさっぱりしている。
「限定100本と言う奴か?」
「分りますか? 実際には200作るのです。売るのは100本のみ。後は私の酒ですな」
多角経営ってことだろうか? 軍団を指揮しながら酒造りとは……。貴族が楽に思えてきたぞ。
「それでも、私は武人であると自分では思っています。たとえ相手が人ではなく獣であってもです」
「確かに、獣が多くなってきたな。問題は、獣が集まると巨獣が来るという事だ」
「部隊には
そう言って、俺達に自ら酒を注いでくれた。
「3カ国の王族会議で、巨獣討伐の褒賞を増やすと言っています。貴方達にも期待していますよ」
最後にそんな事を言って、他のテーブルに歩いて行く。
そんな貴族を2人で見詰めながら互いに顔を見合わせた。
明らかに俺達とは住む世界が異なるな。
俺達の鉱石採取に合わせて巨獣狩りを勧めているようだったが、
絶対に逃げろと強く教えられたからね。
夜も更けてきたところで、フレイヤを女性達の輪の中から連れ出して、自分達の船室へと戻っていく。
服を床に脱ぎ捨て、ベッドに倒れこむ。
これでこのツアーは終了だ。
すっかり波の音にも慣れたけれど、明日からはこんな波の上下を直接感じるようなベッドでは、しばらく眠ることは出来無いだろうな。
翌朝は、朝早く訪れたクリーニングの回収員にチップを弾んで礼服を綺麗にしてもらう。
テニスウエアを身に着けて、大型のバッグに荷物を詰め込んでいく。
「夕方には港に着くわ。そしたら直ぐに私の家よ」
「俺が行ってもだいじょうぶなのか?」
「問題ないわ。兄さんにも頼まれたしね」
そんな事を言いながら、荷物を詰め込んでいくと扉がコンコンと叩く音がする。
俺が扉を開けると、さっき頼んだ礼服のクリーニングが終ったようだ。綺麗に畳まれた礼服を受取って、持ってきてくれたネコ族の娘さんに銅貨を渡す。
ニコリと笑顔を見せて頭を下げると嬉しそうな足取りで帰って行く。
「こんなに早く出来るのか?」
「自動クリーニング機を使ってるのよ。ポイって入れればちゃんと畳まれて出てくるわ」
全く、とんでもなく科学が進んでるな。
フレイヤの家は農家らしいけど、どんな機械で耕作してるか想像も出来ない。
大型のトラクター位じゃ無さそうだ。
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