第8話 農園には婦人が2人
クルーズ船のクルーが手を振る姿を見ながらタラップを降りた。
大きなバッグを持ってタクシー乗り場に歩くと、タクシーを呼ぶ。直ぐにやってきたのは、近くに待機してたんだろうか?
「すっかり日焼けしたわね。サングラスの跡が残ってるわよ」
「フレイヤだってそうだぞ。10日間は長すぎたと思うな。どう考えても2回は脱皮した感じだ」
そんな事を言いながらも、タクシーの背後にあるトランクに大きなバッグを詰め込んで俺達は乗り込んだ。
「N52W64のヘイムダルにお願い」
フレイヤの言葉を聞いて、無人タクシーはスイっと浮かぶ。滑空するように走るから相変わらず振動は皆無だな。
「距離があるから、2時間は掛かるかもね。連絡はしてあるから歓迎してくれるそうよ」
「俺が一緒で迷惑じゃないのかな?」
「だいじょうぶ。皆喜ぶわよ」
俺達を乗せたタクシーは、皆との歓楽街を過ぎるとトンネルに入る。合流や分岐があるんだが、他の車の間に上手く潜り込んで行くからスピードがあまり変わらないのに驚くばかりだ。
そんな殺風景なトンネルを1時間も進むと、突然に地上に出る。
都市部を過ぎたようで、周囲の建物も10階建てに満たないビルだ。そんなビルも進むにつれて階高が減っていく。
やがて、建物がまばらになると、今度は広い畑がどこまでも続いている。
たまに農家の建物らしいログハウスが夕焼けの中でシルエットになって浮かんで見えた。
「後、20分は掛からない筈よ」
懐かしそうな表情で景色を眺めていたフレイヤが呟いた。
夕暮れが終わり、少しずつ闇が景色を消していく。家の明かりがたまに暗闇に浮かぶぐらいになってきた。
ちょっと寂しいところだな……。そんな感じに浸っていると、タクシーが突然速度を緩め道路端にゆっくりと停車した。
表示器に現れた金額をフレイヤがトレイに投げ込むと、バッグを持ってタクシーを降りる。
走り去るタクシーを眺めていたら、フレイヤに腕を掴まれた。
「あの家よ。ちょっと歩くけどね」
俺の手を握ると、道路から続く広い石畳の道を歩き始めた。
星明りのだけが頼りだが、石畳の周囲は草が生い茂っているのだろう。白く浮き立った小道がずっと奥の明かりを灯した家まで続いているのが分る。
15分ほど歩いたろうか? ログハウス風の建物の玄関は数段の階段が付いていた。
明かりの灯る玄関に上がってチャイム鳴らす。
「何方ですか?」
「フレイヤよ。友人を連れて来たわ」
フレイヤが答えると、玄関の扉が開いた。中から中学生位の男の子がフレイヤに飛びついてきた。
「お帰りなさい。みんな待ってるよ!」
「ただいま。……リオ、ここが私の家よ。さあ、入って頂戴」
早速、リビングに案内される。
リビング兼ダイニングルームという感じだな。結構な広さがある。木造の大きなテーブルはちょっとしたパーティが出来そうだ。
窓際にソファーを3つコの字型に並べたコーナーに2人の女性が立っている。笑顔で俺達を見ているのは、フレイヤのお姉さんなんだろうか?
「よくお出でくださいました。フレイヤの母のイゾルデです。こちらが妹のソフィー、それに弟のレイバンです。アレクからも連絡があったので何時来るかとずっと待ってましたのよ」
唖然とした俺の表情に、笑みを浮かべて握手をしてきたフレイヤのお母さんなんだけど……。まるでフレイヤのお姉さんに見える。
「リオといいます。荒地でヴィオラ騎士団に保護されてから、アレクさんとフレイヤさんにはずっとお世話になってます」
そう挨拶したけど、高度に発展したバイオテクノロジーの恩恵で、寿命は200年、任意の年代に姿を変えられるとは聞いていたが……、これ程とはな。
「さあ、座って。ソフィー、とりあえず冷たい物をお願い!」
姉の言葉にソフィーが飲み物を用意してくれた。
「リオさんには、こっちの方が良いかも知れませんね」
イゾルデさんがジュースではなく、氷の入ったグラスに近くの棚から酒のビンを持ってきて注いでくれた。
自分の分も作ると互いにグラスを合わせる。
グイっと飲んだが結構強いぞ。
「ランドシップを変えなくちゃならないわ。リオが
「随分日焼けしてるからそんなことだと思ってたわ。まあ、アレクは仕方ないわ。貴方達は乗船までここでのんびりしていなさい。ところで、お腹はすいてないの?」
俺達は思わず顔を見合わせた。そういえば昼から食べていなかったぞ。
そんな俺達を見てイゾルデさんが簡単なサンドイッチを作ってくれた。
「ところで、リオさんの出身地は?」
「それが、よく思い出せないんです。荒地で長く彷徨っていたせいだろうと船医は言っていたのですが……」
「荒地のど真ん中で
「私も、昔は
どうやら、フレイヤの母親も騎士団の一員だったらしい。しかも騎士とはね。アレクが騎士なのは血筋なんだろうな。
「でも、どの騎士団にも属さない
そう言ってフレイヤに笑い掛けている。
俺達の行動を大まかに推察したみたいだな。
フレイヤが柄にも無く真っ赤になってるぞ。
「そうだ! ソフィーとレイバンにお土産があるのよ。……こっちが、ソフィーでこれがレイバンね。お母さんにはこれにしたわ」
フレイヤがバッグの中から取り出して渡したものは、ソフィーにはビキニの水着だし、レイバンにはハンティングナイフだった。お母さんにはドレスだけど……それってシースルーだぞ。
それでも、家族は喜んでいるところを見ると、俺の感性がこの世界と上手くマッチしていないのだろうか?
「ありがとう! 今度のパーティに着ていけるわ」
そんな恐ろしいことをイゾルデさんが言っていた。
夜も更けたところで、ソフィーが俺を部屋に案内してくれた。
どうやら、アレクの部屋らしい。1人なのにベッドがクイーンサイズとはどんな寝相だったんだ?
・
・
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次の日は、朝早く目が覚めた。
窓から外を眺めると、ずっと先まで畑が続いている。栽培してるのは、たまにサラダに乗ってくる野菜のようだな。
朝露に輝いて緑の絨毯のようにも見える。
気持ちの良い朝だ。
短パンにTシャツを着ると、ホルスターの付いたベルトを腰に付ける。小さな革のバッグも付いているからウェストポーチ代わりにも使える優れものだ。
サングラスを帽子の中に入れて手に持つと、そっと扉を開けて階段を降りていく。
「おはようございます」
「あら? もうお目覚めなの。自分の家だと思ってのんびりして欲しかったんだけど……」
キッチンから振り返ったイゾルデさんは、慣れた手つきでポットからコーヒーをマグカップに注ぐとテーブルに置いてくれた。
俺と同じような短パンにTシャツだけど、体の線が出てるからちょっと目の毒だな。
「座って、待ってて頂戴。まだ、誰も起きないのよ。ホントに困ってしまうわ」
コーヒーにたっぷりと砂糖を入れると、一口飲んでみる。
中々良い豆を使ってる。インスタントじゃないから香りも良い。
そんな事を考えてる俺の前に、同じようなマグカップと灰皿をもってイゾルデさんが座った。
短パンのベルトに付けたポーチからタバコとライターを取り出し、タバコに火を点ける。
「ここでは遠慮はいらないわ。夫のレイトスも大のタバコ好きだったのよ。10年程前に巨獣にやられてしまったけどね」
「それでは、遠慮なく」
そう言って、バッグからタバコを取り出した。朝の一服は格別だからな。
「アレクは男の子だから行ったきりになりそうだけど、女の子はちゃんと家に戻ってくるわね。でも、男の子を連れて来たのは初めてよ」
そんな所に、もう1人の女性が入ってきた。
「おはよう……。あら、お客様?」
「フレイヤが連れてきたの。リオと言う名の騎士よ」
自分の家のようにマグカップにコーヒーを注ぐとイゾルデさんの隣に座る。
「それじゃあ、レイバンの兄と言うことになるのかしら? 始めまして。シエラインよ。シエラと呼んで頂戴!」
マグカップ越しに、おもしろそうな表情で俺を見ている。
どんな関係なんだ? ひょっとして、イゾルデさんのお母さんって事じゃないだろうな?
いくら、バイオテクノロジーが発達した世界でも、これは問題だぞ。2人ともどう見たって20代中ばにしか見えないからね。
「そういえば古い記憶が定かでないってフレイヤが言ってたわね。私とシエラは共にレイトスの妻なのよ。上の3人が私の子供で、レイバンはシエラが生んだ子なの」
一夫多妻なのか?
それはまた良いところに来たものだが、そうなると養うのも大変なんだろうな。
「レイトスさんが亡くなって苦労したんでしょうね?」
「それなりにね。でも、騎士の収入はそれなりに多いのよ。騎士でなくとも騎士団員ならそれなりの収入は得られるわ。3人でこの農場を手に入れて、騎士団稼業から足を洗おうとした矢先の事だったわ」
「あの時はショックだったわね。私達の目の前で2機の
「ええ、どうにかランドシップは無事だったけど、
「でもそれは過ぎた話。私達の騎士団は解散して、残った騎士達は他の騎士団に移ったの」
まだ巨獣とやりあった事は無いが、かなりヤバイ相手だという事なんだろうな。
「貴方も、巨獣と遣り合おうなんて考えないでね。牽制しながら逃げなさい。50mmライフル砲なんて、数発同じところに当てても倒れないんだから」
シエラさんの言葉にイゾルデさんも頷いている。
結構ゴツイライフルだと思って見ていたんだけどね。
だとしたら、
「まだ、巨獣自体を見たことが無いのでなんとも言えませんが、ご忠告は肝に刻んでおきます」
俺の言葉に2人は満足したような顔で頷いている。
一応心配してくれるんだな。
そんな所に、フレイヤの兄弟が起きてきた。
ハムエッグをパンに挟んで簡単な朝食を頂いていると、ようやくフレイヤが起きて来る。
俺の隣に座ると、早速朝食を頂きはじめた。
「今日は、家の農園を案内してあげるわ」
まるで、自分で農園を経営しているような口調で俺に告げる。
「ああ、農園ってのは始めてみるからね。でも、外は暑くなりそうだぞ」
「だいじょうぶよ。帽子を被っていればね。日差しは強いけど湿度が少ないの」
雨が少ないって事なんだろうな。
もっとも、この世界の科学力なら人工降雨ぐらいはやりそうな感じだな。
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