第5話 ウエリントン王国第一陸港


『ヴィオラ騎士団員に連絡。5日後にウエリントン王国第一陸港に入港予定。各部隊長は本日2000時にブリッジに集合せよ。入港後の予定を協議する。なお、入港期間は30日を予定。以上!』


 艦内放送がハンガーに鳴り響いた。

 スピーカーを見上げながらドワーフの若者達が、あれこれと話し合っている。

 王都に付いてからの予定でも話し合っているのだろう。


「おう、やってきたな。ワシからの礼だ。取っときな」

 

 べレットじいさんの呼び出しでハンガーにやってきた俺に、一振りの長剣を棚から取り出して渡してくれた。

 鞘から引き抜いて驚いた。

 刀身が漆黒なものは見た事が無いが、この長剣はは正しく漆黒だ。それに片刃で少し反りのある作りは日本刀に見えなくもない。

 

「お前さんが描いた絵に合わせてみたが、こんな形の長剣は初めて作ったぞ。重ガルナマル鉱を鍛えると、ガルナバン鋼ができる。折れず曲らず良く斬れる……、理想的な金属じゃな」

「良いんですか? 何か高価なものに思えますが」


 ベルッドじいさんは笑いながら俺の肩を叩いた。


「ガハハ……、値段を知れば持てなくなるわい。だが、気にするな。ワシの手慰みじゃ。それにあれだけ純度の高い鉱石はワシも始めてじゃからな。あれで、戦機の長剣を作る。刃部分に使うだけじゃが、十分に役立つ筈じゃ。これはその余り物、騎士団長にも断わっておるから心配するな」


 アレク達は腰のベルトに下げてるけど、これは下げるわけにはいかないな。革紐をねだって、鞘を背中に背負うことにした。


「騎士が長剣を背負うのも珍しいが、いないわけではない。似合っとるぞ。じゃが、所詮紐じゃな……。生活部に行ってみろ。上手く専用のベルト作ってくれるはずじゃ」

「ありがとうございます。大切にします。それと、アリスをちょっと隠蔽します」


 礼を言って立ち去る俺に、じいさんは片手を振って応えてくれた。

 王都に向かうには、アリスが問題なのは分っているらしいな。

 ハンガー区域を出る前にアリスの場所に歩いて行く。

 静かに立っているアリスに、俺が頷くと固定ベルトがシュルシュルとアリスから離れていく。解放されたアリスが、その場からゆっくりと空間に融け込むように姿を消した。

 

『亜空間に移動完了。必要な時はお呼び下さい』

「あぁ、分った。しばらくはそのままでいてくれ」


 頭の中に直接通信が入る。

 身体検査を受けた時に、頭蓋骨内部に小さな針のような異物があると言っていたが、それがアリスと俺を繋いでるのかも知れないな。


 ハンガー区域を出ると、生活部の事務所に向かう。

 生活部は食堂、清掃、クリーニング等の仕事を一切合財引き受けている部門だ。ネコ族によって運営されてるんだが、気さくな連中が多いから結構人気があるんだよな。

 そんな生活部の拠点は、電脳区域に隣接して設けられている。

 

 通路を歩き、エレベータに乗って、事務所の扉を開けてカウンター近くにいた娘さんに用件を話した。


「これを背負うにゃ? 簡単にゃ、そこで待ってれば良いにゃ」

 

 カウンターの反対側の壁際に、安っぽいベンチが置いてある。そこで雑誌を読みながら待つことにした。

 雑誌と言うより写真集だな。こっちの世界にもこんなのがあるのかと思うと、ちょっと親近感が湧いてくる。

 どっかの小島で取られた水着のモデル写真だが、ビキニがあるのに驚いてしまった!


「出来たにゃ!」

 

 カウンターからの声で娘さんの所に歩いて行くと、幅広のバンドが付いた刀がカウンターに置いてあった。

 

「ありがとう。ところで、値段は?」

「これ位はサービスにゃ」


 そう言って、俺に笑顔を返してくれる。

 最初は驚いたけど、ネコ族の人達って良い人ばかりだよな。

 新しい船にもそのまま乗っていて欲しいものだ。


「ありがとう」

 そう言って、片手を振って事務所を出る。

 部屋に帰って荷物の整理もしないとな。

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 自室に帰って、バッグに手荷物を詰めることにしたが、俺の荷物なんてあまり無いぞ。コンバットスーツが3着に、黒のツナギが3着。若干の下着だけだからな。

 これに入れなさいとフレイヤが運んで来た大型のスーツケースは銀色の金属製で、側面に騎士団のロゴマークであるヴィオラのイラストが大きく入っている。

 右上に俺の名前と部署が彫刻されているから誰の物かは一目でわかる。


 どう見ても、100ℓ以上の内容積があるスーツケースに、入れる物が合っていないんだよな。

 布袋に荷物を押し込んで、中に入れようとケースの蓋を開いたら……。

 すでに半分以上ケースに荷物が入っていた。フレイヤの私物を俺のケースに押し込んだようだ。

 親しき仲にも……、という言葉を知らないんだろうか?

 荷物の端の方に俺の袋を押し込んで荷作りが終了する。

 小さなバッグに手荷物だけを押し込んでおけば、後は王都で買い込めるだろう。


『ヴィオラ騎士団に連絡。各自のスーツケースを自室前に施錠して置くこと。生活部が回収して、次期乗船時に引渡す……』

 

 艦内放送が荷物の措置を知らせてくれる。後は、この部屋を出る際に通路に置けば良いわけだ。


 騎士は王都内でも、帯刀とハンドガンの携行が認められている。

 その証は、左手薬指にあるリングの宝石で証明するらしい。ジゼル合金に浮かぶカランダム輝石は戦機のリアクターで変色されている。

 俺の持つカランダムは濃い紫だ。アレク達の持つカランダムは赤色なのだが、リアクターのちょっとした出力のむらによって色が変化するらしい。

 手首にあるジゼル合金のブレスレットには、騎士団のエンブレムと騎士団員の認識番号が彫られている。

 この2つがあれば、武装していても王都を自由に歩けるらしい。

 

 部屋の扉が開いて、フレイヤが入ってきた。

 早速俺の隣に座ると、刀を抜いて見定めている。

 

「変わった剣ね。リオのスーツケースは余裕があるようだから私の私物も入れといたわ」

「それはいいけど、船を下りて一月分の衣類はどうするんだ?」


「暑い場所だから、短パンとTシャツがあればいいわ。ツアー内でクリーニングも可能だし、衣類も買えるのよ。心配ないわ」

「そんなの持ってないぞ」


 「王都で買えば良いのよ。その辺りは任せといて。水着だって買わないといけないでしょう」

 

 南の島のクルージングだからそうなるか。

 ここは、フレイヤに全て任せておこう。


 何事も無くヴィオラはウエリントンの王都に近付いた。

 操船の連中はこれからが大変だな。


 何度か王都近郊の鉱石ヤードに訪れたことはあったのだが、鉱石を下して食料品等を搬入するだけだったから、3日程度の休日は船室で過ごしていた。

 ヤードには鉱石を売買する商会の事務所と倉庫だけだから、わざわざ下りることも無い。王都は殆ど赤道に近いから、外はかなり暑いからね。

 

 王都に近付くにつれ、王都を囲む城壁が見えてきた。高さ30m程の金属製の城壁は、荒地からやってくる巨獣を防ぐためのものらしい。

 城壁は何処までも続く銀色のベルトに見える。

 そのベルトの内側には緑が広がっているらしいが、あまり想像できないな。以前に寄った鉱石ヤードは桟橋と小さなビルだけだった。


 ヴィオラは、ベルトに沿って進んでいる。

 やがて大きな楼門を潜ると、今度は真直ぐに結晶質の敷石が並べられた道を進んでいく。


 左右の緑は畑のようだ。久しぶりに森以外の緑を見た気がする。

 大型の耕作機械が数台、緑の中を進んでいた。


 直径50cmほどもある船窓に顔を寄せて、そんな光景を眺めていると、グイっと腰のベルトを後ろに引かれた。


「これで見れるでしょう。全く、子供じゃないんだから」


 ベッドをソファーモードに変更して、そこに座ったフレイヤが俺を隣に座らせる。

 確かに、大型スクリーンでも見られるのだが、俺としては生で見たいな。


 スクリーンに映し出された光景は船首カメラで捉えた映像なのだろう。前方に道がずっと続いている。

 やがて、道の両側に少しずつ建物が増えてきた。

 ヴィオラが並んで通れるような広い道が何処までも真直ぐに伸びている。

 少なくとも中心部までは100km位あるんじゃないか?


 道の両側に当初見えていた建物は精々3階建て程度だったのだが、しばらく進むと5階建ての建物が見えてきた。

 道もたまに交差点があるのが分かる。横方向に伸びる道も広くて真直ぐに続いている。


「あれが中心部よ」

「凄いな。高い建物が林立してる」


 1番似た風景を上げるなら、ニューヨークの摩天楼なんだろうが、それよりも遥かに規模が大きくそして天空に伸びている。

 そんな建物ばかりを見ていてふと気がついた。道には車が1台も走っていない。それに人影すら見当たらない。


「フレイヤ……、人がいないんだけど」

「当たり前でしょう。地下通路と地下鉄が網の目に走ってるんだから。地上を進むのは交易船か騎士団の船、それに軍艦位のものよ」


 という事は、滅多にこの道は使われないという事なんだろうか? 

 勿体無いように思えて仕方が無い。


「ほら、見えてきたわ。あれが第1陸港よ」


 その大きさがここからでも分る。

 飛行場位はあるんじゃないかな。四角い大きな開口部がこちらを向いて開いているが、その大きさはまるで見当が付かない。

 

 「ダモス級ラウンドシップなら20隻は入港できるでしょうね。この船、本当に変えるのかしら? そうなると、入港制限が掛かるかも知れないわ。タナトス級なら10隻だし、それより大型のグラナス級なら5隻がやっとよ」

 

 そんな事を呟いてるけど、ヴィオラはダモス級ってことになるのかな。

 少し大型にするだけだろう。そんなに大きくしても戦機の数は掘り出した戦鬼やアリスを含めても6機だけだ。戦鬼がいなければ今のままでも良いんじゃないかな。


 段々と陸港が近付いてくる。

 暗い開口部の中に何隻か船が入港しているのが見えてきた。

 見た感じはヴィオラと同型艦だから、やはりダモス級という事だろう。


『ヴィオラ騎士団に連絡。入港後、A-103会議室に集合せよ。入港まで後1時間……』


「リオは初めてなんだから、私に付いてくるのよ。きょろきょろしてたら笑われてしまうからね」

「ちゃんと付いてくよ。それで、ツアーはどうなったの?」

「予約はバッチリよ。限定20組だから今夜はクルーザーで眠れるわ。その前に、ツアーガイドで入金を済ませて、買い物をすれば問題ないわ」


 嬉しそうな表情で、俺に振り返って教えてくれた。

 金貨が13枚あるから、何とかなるかな。

 

「で、リオの場合はその服だけなのよね。まぁ、向うで揃えるとして、ツアーが終ったら今度はちょっと田舎に行くことになるわよ」

「確か、母親に会いに行くんだろ。俺はちょっと……」


「する事が無いんだから一緒に行くの。港には1日前に帰れば問題なしよ」

「せっかくだから、中心部も見てみたいぞ」


 これだけの都会だからね。

 見るだけならタダだし、安いホテルだってあるだろう。


 ヴィオラが陸港の開口部を過ぎるとスクリーンが閉じられる。

 少しずつ停止モードに移行していくみたいだな。


『機関停止。船内電源を外部電源に切り替えます』

 

 部屋の明かりがちらついた。

 ヴィオレが桟橋についたんだろう。

 

「さて、会議室に向かうわ。給与の分配があるんだけど、既定分だけよ。鉱石の売却で得た金額次第でボーナスが出るわ。それは次に乗り込む時に支払われるの」


 フレイヤがそう言って席を立つ。

 俺もバッグを持って後に続いた。長剣は、担いでるわけにはいかないので、バッグの上に寝かしてある。

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