第4話 寄港準備


 戦鬼オーガをバージに乗せると、今度は重ガルナマル鉱石を獣機が掘削機を使って次々と掘り出してバージに積み込んでいく。

 量としては500tにも満たない分量があっただけだが、掘り出した鉱石は精製するよりも遥かに純度が高いと言っていた。


「あの鉱石には使い道があるんじゃ。良く見つけてくれたな。暇な時にお前さんに剣を打ってやるぞ」

 

 食堂で俺を見つけたべレットじいさんは、そう言って酒を振舞ってくれた。

 良くは分からないけど貰えるものは貰っておこう。


「楽しみに待ってますよ」

 酒の礼を言うと、待機室へと向かう。

 アレクの隣にいるのはシレインだけだ。サンドラはカリオンと一緒に周囲の警備を続けているのだろう。


「来たな。まぁ、たいしたもんだ。これでボーナスは確定だな」

「酒を用意しときますよ」

 俺の言葉に顔をほころばせる。


「俺達だけでなく、獣機コングの連中にも忘れるなよ。それに今度の寄港は少し長そうだからな」

「やはり、船を替えるんですか?」


戦鬼オーガを売りに出すことは無いだろうな。となれば大きなハンガーを持つラウンドシップにする外に手は無いだろう」

「でも、この船も大きいですよ」

「もっと大きな船で稼ぐ騎士団もあるんだ。俺達はまだまだ中級にもなっていないぞ」


 だが、この船でさえ全長150m断面は20m位の直径を持っている。更に大きな船なんて簡単に手に入るのだろうか?


「安心しろ。既に2年前から組み立てが始まってる。すでに出来上がっているらしいから今回が最後の旅だったんだ。だが、引越しや調整で一月は掛かるだろう。のんびり王都で静養するんだな」

 

 俺の表情が曇ったのだろうか? アレクが言い聞かせるように言葉を繋いで説明してくれた。

 騎士団はそうやって規模を大きくしていくのだろう。

 だが、そうなるとアリスが厄介だな。あれは目を引くし……。


 そんな事を考えながら、鉱石の積み込みを映しているスクリーンを眺める。

 大型の重機は獣機の出現で姿を消したらしい。

 多目的に使える手部に外部アタッチメントで各種の掘削機械が取り付けられる。

 その機械を器用に使って鉱石を掘り出して集め、バージへと積み込んでいく。


「更に獣機コングが増えそうだな。12騎士団に次ぐ騎士団に上がるのも夢では無さそうだ」


 12騎士団? 初めて聞く騎士団だ。たぶん大規模な12の騎士団なのだろうが、見た事が無いという事は俺達とは別の区域で鉱石を集めてるんだろう。


「王都には海があるわよ。海洋レジャーが盛んなの。フレイヤを連れてクルージングでもしてきたら?」

「海ですか? そうですね。ずっと砂ばかりの荒地ですからそれも良さそうですね」


 フレイヤにツアーを申し込んで貰おう。どんな海かは分らないが、鮫はいるのだろうか? 物騒な場所に長くいると心配性になってしまうな。


 アレク達に別れを告げて部屋へと戻る。

 のんびりと壁のスクリーンを起動して、地図を眺める。

 場所的に近いのはウエリントン王国のようだ。一番西に位置しているのだが、大きさは日本の5倍以上だ。


 さて、娯楽のファイルを開くと……、あるある。確かに海洋レジャーが多いな。

 近くの小さな島を廻るクルーズ船もあるようだ。

 値段はピンキリだが、俺の報酬でも十分に楽しめそうだ。

 適当なのを選んで、俺が払えばフレイヤも文句は言わないと思う。帰った後は王都の安宿に泊まって大きな公園で散歩でもしながら過ごすのも良さそうだ。


 扉を叩く音がしたので、「どうぞ」と声を出した。俺の言葉に反応して扉のロックが開かれる。

 入って来たのはフレイヤだ。当直時間が終了したので俺の様子を見に来たんだろう。

 俺がベッドに腰を降ろしてスクリーンを見ているのに気が付いて直ぐに隣にやってくる。


「何を見てるの?」

「クレイが次の寄港が長そうだと言っていたから、フレイヤとクルージングでも楽しもうと下調べ……」


 いきなり俺をハグしたかと思うと、俺の手から端末を奪い取った。

 端末を忙しく操作して、次々とスクリーンを変えていく。


「これこれ! これが人気なんだって。旅の雑誌ララビィにも載ってたんだ」


 うっとりして眺めてるツアーの表題は、『蒼い恋人達』って書いてある。

 その値段は……1人金貨3枚!

 俺の全財産は金貨3枚だぞ? 無理なんじゃないのか??

 

「それで、日程は?」

「え~とね。10泊だね。11日の行程で3つの島を廻るみたいよ。ラフなスタイルで良いみたい。全食事が付くし、オプションツアーを全てしても金貨1枚で足りるそうよ」


 まぁ、荷物が少ないのは結構だけどね。

 給料の前借を願い出てみるか……。下手すると借金地獄が待っている気がしないでもないな。

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 翌日、艦内放送で副長より知らされたのは、ウエリントン王国での一か月にわたる休暇だった。

 ラウンドシップを降りる際に給金を支払うと言っていたからありがたい。これで、恥をかかずに済みそうだ。


 部屋でのんびりしていると、扉を叩く音がする。「どうぞ」という声に扉が開くと、つかつかと部屋に入ってきたのはドミニク騎士団長その人だった。


「長期の休暇は初めてだったわね」

 俺の前にスクっと立ったドミニク団長は、身体に張り付くようなコンバットスーツ姿だから目のやり場に困ってしまうんだよな。


「アリスをどうするか考えて欲しいんだけど?」

「隠匿すると言う事ですか? そうなると、一か月ですよね……」


「他の騎士団には行かないと思うけど?」

「他に行く当てはありませんからね。でも、何とか方法を考えて見ます」

「頼んだわよ。これは戦鬼と鉱石発見のボーナス分ってとこね。何処にも行く当てが無い時は王都のこの住所を訪ねなさい。タダで泊まれる筈よ」


 そう言って腰の小さなバッグから包みとカードを取り出して俺の手に載せた。

 包みはずっしりと重さがあるし、渡されたカードは何の記載も無い銀色のカードだ。裏を見ると白地に住所が書いてある。


 それだけ俺に伝えると、足早に帰って行った。

渡された包みを開くと金貨が10枚入っている。これならのんびりツアーを満喫出来そうだな。


 直ぐに、アリスと隠匿通信を始める。

 アリスを隠す方法が無ければ、俺達は別の任務と言ってヴィオラを離れることになるだろう。

 だが、アリスの返事は簡単なものだった。俺の命じるまで亜空間に身を隠すという事が出来るらしい。

 次元の歪を利用したリアクターを持つ位だから簡単なことなんだろうが、その空間とはどのようなものなのだろうか?

 『何も無い空間です』との返事が返ってきたが、何も無いというのがやはり理解できないぞ。


 当直が終ったフレイヤ部屋にやって来ると、しきりに部屋の匂いを嗅いでいる。

 しばらく首を捻っていたが、やがて俺の隣に座ると正面のスクリーンを一緒に眺め始めた。

 

「部門長からプログラムのダウンロードを始めるように言われたから、やはり船を交換する噂は本当の事らしいわね」

「似たことを他の連中も言ってたぞ。それと、騎士団長達が来てこれをおいてった」


 そう言って金貨の入った小袋をフレイヤに見せる。


「外には?」

「アリスの隠蔽をすることになった。あれは目立つからな。引越しをするとなると他の連中目に晒すことになる。あまり評判を立てたくないのは俺も同じだ」


「……で?」

「アリス自ら姿を隠すと言っていた。俺の呼掛けで再度姿を現すと言ってる」

「なら、何の問題なし。寄港日程が分り次第ツアーを申し込むわ」

 

 そう言って、俺の腕を掴んで立ち上がる。

 食堂で夕食。その後はアレクに自慢げに報告するんだろうな。

 アレクの方はどうするんだろう?

 まさか、ずっとホテルで過ごすなんてことを考えてるのかも知れないぞ。


 船首の食堂は賑わっている。

 相席になったのは、フレイヤの同僚の火器管制室の俺達と同年代の男女だ。

 注文を聞きに来たネコミミ娘に本日のお薦めを頼んで、相席となった男女と世間話を楽しむ。

 

 やってきた料理は、グラタンのような料理だ。小さなサラダとコーヒーが同じトレイに載っている。

 運んで来た娘の差し出したカードにサインをすると、料理を頂きながら世間話に興じる。

 

 やはり話題は、寄港と船の更新になる。

 火器管制プログラムは巨獣の動きや習性、それに今までの攻撃とその成果を元にカスタマイズされているから、騎士団ごとに違いが出る。それをダウンロードするという事は、やはり船を更新するという事になるんだろうな。


 食堂を出て待機所に入ると、何時ものようにタバコの煙が雲のようにたなびいてる。

 騎士達の集まるソファーに行って、アレクの前に座った。

 当然、フレイヤは俺の隣だ。


「兄さん、今度こそは家に帰るのよ!」


 ビシ! っとアレクを指差してるけど、そんな妹に笑顔でいられるアレクの胆力も見上げたものだ。


「リオを連れてお前が行けばいい。俺は気楽に過ごすさ。お袋には元気だと伝えてくれ」

「色々と忙しいのよ」


 アレクの言葉にサンドラが言葉を繋いで、俺達にグラスを渡してくれた。手に取ったグラスに並々とワインを注いでくれたぞ。

 

「今度の寄港はたぶん船の更新だ。大丈夫なのか?」

「一応隠すことにしました。それは問題ありません」

 

「なら良いが……。例の戦鬼オーガの事もある。騎士が増えるぞ。たぶんドミニクの親父の知り合いだと思う。馬が合えば良いんだがな」

「騎士の数は少ない。資格のあるものは騎士団で取り合うぞ」


 そうなのか?

 俺は、金貨3枚で1年前に荒野で雇われたような気がするぞ。

 アリスの中で目覚めて、最初に会ったのがこの騎士団だからな。


『乗ってく?』その時最初に飛び込んだ通信がドミニクからの言葉だった。

 金貨3枚に食事と寝る場所を貰って、その代償として巨獣の監視をやっている。今思えばその時に給与を聞いておけば良かったな。

 アリスの話では十分巨獣に対向できるようだが、ドミニクはそれを許さなかった。巨獣の狩りは、アレク達戦機ナイトの仕事と言っていたな。


「まぁ、お前は特別だ。だが、1つ言っておく。お前を悪く言う者はこの船にはいない。それなりにお前のことを認めているようだな」

 そう言ってワインを一口飲んで、俺を見ながら微笑んだ。

 

「そうね。アレクがいなければ私が、リオの隣にいるわ」

 そんな事をサンドラが言うから、フレイヤが睨んでるぞ。遊ばれてるな。

 

「それで、お前達はどうするんだ?」

「クルージングよ。予定が発表され次第申し込むわ」


 アレクにフレイヤが応えてるが、それを聞いたサンドラの目がキラリと光ったぞ。アレク達の計画の変更が今夜討論されるんだろうな。

 

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