第3話 ユーレカ


 ジリリリリ……!

 けたたましいアラーム音で目を覚ます。

 ベルッドじいさんの作ってくれた目覚まし時計はレトロな感じのゼンマイ仕掛けだ。


 ベッドから半身を起こすと、船の窓から朝日が差し込んでいる。すでに8時を過ぎているから、フレイヤが朝食を誘いに来る頃だ。

 ベッドから抜け出すと、壁に組み込まれたチェストから、綺麗にクリーニングが済んだ黒のツナギを着て装備ベルトを着ける。

 昨日脱いだコンバットスーツは布の袋に詰め込んで部屋の外に置いておく。

 こうしておけば、生活部のお姉さん達が回収して綺麗にクリーニングしてくれる。


 丸窓から外の景色を覗いてみたが、昨日俺が休んだ小さな林はすでにどこにも見えない。ヴィオラは時速30km程の速度で走っているから、俺の寝ていた間に200km近く進んだはずだ。今日はどんな景色に出会えるんだろう……。


 コンコンと扉が叩かれる。

「フレイヤよ」と小さく声がするから、いつも通りに誘ってくれたらしい。

 扉を開けて互いに「「おはよう」」と挨拶したところで、通路を船首側に歩いて食堂に向かう。


 フレイヤのツナギは火器部門だから赤い色だ。

 俺が黒で、航法部門は蒼、生活部門は白だし、獣機を操る連中はグレーだ。ベルッドじいさん達はオレンジのツナギを小粋に着こなしている。

 戦闘時には、コンバットスーツに着替えるんだが、これもツナギと同じ色になる。全員が部門別に色を変えることで、常にどの部門に帰属しているかを分らせるためらしいが、殺風景な景色の中で船内だけ華やいだ感じに思えるんだよな。

 緑も欲しくなるけど、今のところは無いようだ。


 船首の方に歩いて行くと、ポンっと肩を叩かれた。

 振り返ると、副団長のレイドラがにこりと笑顔を俺に向けてくれた。


「ちょっと、お疲れ気味ね。少しは彼の事も考えないと長く楽しめないわよ」

 

 フレイヤをからかって、スタスタと先を歩いて行くレイドラに、フレイヤがイーっと舌を出してる。

 俺もその方がありがたいとは思うけど、口に出す勇気は無いんだよな。


 食堂の扉を開けると、結構な人込みだ。

 カウンター席が空いていたのでそこに座り込む。

 

「朝食セットを2つだ。それに弁当を1つ頼む」

「了解にゃ。今朝は野菜サンドにゃ!」


 ネコミミの女の子が俺達の注文を聞いて、奥に向かってオーダーを伝えている。

 この食堂を含めて、生活部門は昔からネコ族の人達が仕切っているようだ。動力や、制御系それにハンガー区域をドワーフ族が仕切ってるのに似ているな。

 それ以外は色んな種族の人達が一緒なんだけどね。


「はい。朝食セット2つです。これがお弁当になります。ここにサインをお願いしますね」

 

 ネコ族の女性は語尾に「にゃ」が付く人達が多いけど、たまにつかない人もいるんだよな。

差し出された注文票に、スーツのポケットからペンを取り出してサインをする。

 寄港した時に渡される給与から、食事代が差し引かれるのだ。

 衣類のクリーニング代やちょっとした嗜好品もこんな感じなのだが、それでも差し引かれる額は税金を含めて3割に満たないから、騎士団への志願者が多い事も確からしい。


 長い鉱石採掘の後では、何人かが騎士団に入団するとアレクが教えてくれた。それだけ、人的損失が多いという事でもあるのだろう。

 俺がヴィオラ騎士団に入団して半年が過ぎたが今のところは、人的損害は発生していない。このままずっと続けば良いんだけけどね。

 

 食後のコーヒーを飲みながら代わり映えしない荒地を見ていると、艦内放送が俺を呼んでいる。


『ブリッジからリオに通達。出発は0900。先行探査区域は出発後に伝送。繰り返す……』

「さて、出発だ。フライヤも無理をするなよ」

 立ち上がって弁当の袋を掴んだ俺に、フレイヤが俺の首に腕を回して軽くキスをする。 

「おまじないよ。見付かると良いわね」

 身体を離して、その場で手を振って俺を見送ってくれた。


 食堂前の小さなホールには左右にハンガー区域への階段がある。階段の隣には直通のエレベータがあるので、俺は迷うことなくエレベータを選ぶとハンガーに降りていった。


「おはようございます」

 アリスを見上げていた、髭面のベルッドじいさんに挨拶する。

「リオか。早かったのう。調査のルートは伝送してあるぞ。ダミーはお前が出発してから20分後に送る予定だ」

 そう言って俺の腰を叩いた。


「まったく、戦姫バルキリーはつまらんのう。自己修復しやがるから、ワシ等の出番がまるで無い。見つけるなら戦機ナイトじゃ。良いな!」

 

 もう一度俺の腰を叩いて振り返えると、遠くの助手に手を上げタラップを運ぶように合図している。


「親方の期待に沿うように努力します」

「うむ。それが一番じゃ。ドミニク達の色香に迷うんじゃないぞ!」


 へんな注意を俺にすると、タラップを支えてくれた。

 タラップを上って行くと、アリスが自動的に装甲版を開き始める。

 シートの後ろにあるボックスを開いて、中のバッグに弁当を入れれば後は出発の合図を待つだけだ。


 シートに座ると同時に開いていたポッドが閉じていく。その間にリアクターを起動する。

 アイドリング状態を維持して、状況を尋ねた。


『全て正常です。探査コースの伝送を終了しています。昨日の探査箇所からやや北に沿ったコースになる予定です』

「探査はアリスに任せる。それと俺達を追っているラウンドシップについても探知をしてくれ。全周スクリーンは通常視野でいい」


『了解です。直ちに全周スクリーンを展開します』


 たちまち直径2m程の球形のコクピット内壁に全周囲の画像が展開する。

 この機能はアリスだけのようだ。戦機ナイトは前方だけ、それも上下60度、左右120度の角度までだ。獣機コングにいたっては、30インチ位のスクリーンに目の前の風景が投影されるだけらしい。

 

『ドミニク様から出発の指示を受け取りました。昇降台に移動します』


 ゆっくりとアリスが架台を降りて昇降台へと歩き出した。

 昇降台に停止すると同時に、天井部の装甲ハッチが開いた。そこから見える青空に向かってアリスを載せた昇降台が上昇を始める。


『出発1分前。上部装甲甲板に移動します』

「ヴィオラからアリスへ。出発20分後に探索コースを伝送。ヴィオラ進行方向からプラス15度で走行せよ」

 ブリッジからの指示はレイドラからだ。

『ブリッジに指示確認を連絡。リアクター巡航モードに移行終了。出発まで10秒……5……3、2、1、GO!』


 アリスが右斜めに跳躍すると、巡航モードにしては低速の時速50km位で駆け始める。

 一蓮托生の騎士団と言えどもどんな連中が入り込んでいるか分らない。ちょっと変わった形の戦騎として印象付けておくのが一番だ。

 15分もするとヴィオラの船体が視界から外れるが、ブリッジや火器管制室のレーダーでは捉えられているはずだ。

 

『ダミーの探査指示書が伝送されてきました。伝送確認をヴィオラに発信します』

 

 全く余計な手間だと思う。

 隠匿通信でも、優れた電脳であれば通信の内容が分かるらしい。

 おかげで騎士団毎に符牒を使った通信を考えたらしいが、それもいくつかの変化形があるようだ。

 俺にもさっぱりわからない通信が送られてくるけど、アリスには十分それでわかるらしい。


 ダミー指示書の通りに、進路を変更して2時間経過後に、進路を本来の探査方向である北に変えた。これからが本格的な調査になる。


『閃デミトリア鉱石反応確認! 微量ですが、痕跡を辿ります』

 

 更にコースが変化する。探査はアリスに任せて、周囲に広がる荒地を眺める。

 巨獣がいたら面倒だし、何より他の騎士団の存在が気になるところだ。


 左に並んだスイッチを操作すると、目の前に20インチ程の仮想スクリーンが展開する。

 そこに映し出された画像は10倍程度に拡大された画像だ。

 俺の顔の向きによって画像が左右上下に移動する。これで双眼鏡で観察するように遠方を確認できる。


『閃デミトリア鉱石反応増大! 超レズナン合金反応確認できました。かなり近いです。旋回しながら場所の確認に移行します』

 アリスが俺に告げてから10分を経過した時だ。


『ユーレカ!』

 見付けたってことだな?


「至急、ヴィオラに通信だ。暗号で送るんだぞ!」

『了解しました。赤-2号で送ります!』

 どんな暗号なんだ? それを受信したヴィオラの船内が楽しみだな。


 発見位置の座標を確認したところで、アリスが周囲を大きく旋回し、少し離れた場所に移動したところで停止した。

 周囲は見渡す限りの荒地だ。巨獣も餌になる獣がいなければ、こんな場所にはやっては来ないだろう。他の騎士団も全く姿が見えない。

 俺達を追っていたラウンドシップは、今でもヴィオラの後方に位置しているのだろうか?

 

 そんな中。何かが視野の中で光った。急いでその場所に仮想スクリーンを合わせる。


『露頭のようですね。調べて見ますか?』

「ああ、地下資源ならありがたいな」


 アリスが駆け足でその場所に移動すると、直ぐに探査を始めた。

 

『重ガルナマル鉱石です。希少金属鉱石ではありませんが、極めて品位が高いものです』

「売れるってことか?」

『交渉次第ですね。上手く運べばかなりの値が付きそうです』

 

 という事は、あまり高価な鉱石ではないという事らしいな。

 これも知らせておこう。ちょっとした報酬の上乗せが期待できるかもしれない。


 昼食を取りながらも周囲を確認することは忘れない。

 さすがにコクピット内はゴミが散らかりそうだから、アリスの手のひらの上での食事だ。眺めが良いから結構気に入ってるんだよね。

 こんなことができるのは、アリスの周辺監視能力が高いからに外ならない。10km以内に何者かが移動してくるならアリスはそれを察知できるのだ。


 暗号を送信して6時間程すると、4機の戦機ナイトが先導しながらヴィオラがこちらに向かって来るのが見えた。

 何で戦機ナイトが先導してるんだ?


「アリス。暗号ってどんな内容だったんだ?」

『巨獣に掴まりアリス大破。至急援護頼む。それに座標が続きます』


 ……後で、怒られないかな?

 だが、それなら他の騎士団は近付かないだろう。巨獣に挑むのは戦機ナイトにとっても命懸けだ。場合によっては貴重な戦機ナイトがスクラップになりかねない。


 とりあえず両手を振って無事を知らせる。

 直ぐにヴィオラのブリッジから通信が入ってきた。


「何処なの?」

『座標を送ります』


 アリスの通信が終らない内に、ヴィオラの側面ハッチが開き始める。その様子に気が付いた戦機ナイトが体を回すようにして確認している。

 急いで俺のところにやって来た理由が、救助目的と異なることに気が付いたらしい。


「リオ、無事なのか!」

「ええ、無事ですよ。そしてどうやら見つけました。後は団長達に任せます」

「なら、俺達は周囲の監視だな。お前はそこで待機だ。後は俺に任せろ」

 

 通信はアレクからだ。

 たちまち、四方に戦機ナイトが移動していく。

 今の所は問題ないが、これから夜を迎える。巨獣ではなくとも物騒な獣は多いのだ。


 反応のあった場所に隣接してヴィオラが停止すると、次々に獣機コングが側面のハッチから飛び降りて、バージに積んである掘削機を使って地面を掘り始めた。

 そんな折、ブリッジに重ガルナマル鉱石の連絡を入れる。

 それを聞いたドミニクが驚いて場所を聞いてきた。位置を教えると直ぐに3機の獣機コングが確認に向かっていく。


「値段的には安いんだけど、それだけ純度が高いとなると別の使い道があるわ。ボーナスを弾まなくちゃね」

 そう言って通信が切れたが、別の使い道なんてあるのだろうか?


 掘削現場に歩いて行くと、地下10mほどの場所に仰向けに戦機ナイトが埋もれていた。だけど、この戦騎少し大きくはないか?

 通常の18mクラスではなく、どう見ても20mを越えているように見える。


「どうやら戦鬼オーガらしいな。話には聞いた事があるが見たのは初めてだ」

 何時の間にかアレクの乗った戦機ナイトが俺の隣に移動してきた。

戦鬼オーガってなんですか?」

「大型巨獣を相手にするために考えられた戦機ナイトらしい。ベルッドじいさんの喜ぶ顔が目に浮かぶよ」


「でも、これではヴィオラに積み込めませんよ」

「だな……。いよいよ、ヴィオラを更新することになりそうだぞ」


 より大型のランドシップを手に入れることになるんだろうか?

 折角、色々と慣れてきたんだけど……。

 そんな思いで、掘削現場を見下ろす。まだまだ掘り出すまでには時間が掛かりそうだ。

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