そして角のお好み焼き屋
あ、どうも。……このへんにおすまいなんですか? あー……ああ……妹さん……お世話になっております……ええと、家がすぐそこなんです、角曲がったところの、神社の前の。引っ越してきたばっかりですけど。
あの、聞いていいですか。上の子って下の子のこと、どんなふうに思ってるのが普通なんですか。あの、部屋と猫を置いていかれてしまって、信じてる、などと、言われてしまったんですが、たぶん、お見通しだったんですよね、虚勢を張ってることも、居場所がないことも、背中を押してもらいたいことも。今ほとんど無職みたいな生活で、でもこれやりたかったのかなーとも思って、あの人ほんと……。
すみません、ろくなものを食べて育たなかったので、食べ物を選んで食べていると、なんだか泣きそうになります。すいませんこんな話して。おいしいです。週に三回くらい来てます。来てますよね。あはは。おいしいです。
あそこ、ほんとはペット禁止なんですよ。でも僕こういうの得意なんです。なんとなくうやむやになってマンション共有のペットみたいな話にしてしまいました。嫌だなと思ってる人もそりゃいると思いますよ、でも僕こういうの得意なんです、ロドニーも、あ、猫の名前ですが、意外と、よく知らない人にロドニーいますかって尋ねてこられて撫でられるの、いやじゃないみたいです。
僕のつけた名前ではないんです。
推理小説を集めていたのは僕なんですけど、あの本はあの人が自分で買ったみたいでした。本棚に気がついたら増えていました。あの人は昔から暗号みたいなことが得意で、そういうことばっかりやって仕事にして、今でも続けてるみたいです、はがきとか届くんですよ、たぶん取引先から。あの人いないんですけどね。どこにいるんだか知りませんけど。なんていうんですか? 駆け落ち? みたいなことをして行方をくらましたんですけどパソコン一台あればできる仕事みたいですから……。生きてるんだなあって思います。どこかでね。住所ここ使ってるままで本当に大丈夫かよとは思いますけど。
だから僕にはわかる暗号なんです。呪いかな。
ロドニーを愛して、一緒に生きて、ロドニーが何を食いたくて何を食わせてやるべきなのか考えて、毎日食わせていかないといけないのが、僕に対するあの人の、上の子としての責務なんですね。ずるいよなあと思います。あの人はいつもそうで、相手を甘やかしていて、甘やかされた相手が何を感じるかなんて、知りもしないんだ。たぶん考えたこともないんだろう。
なんか変な話をしてすみません。
お兄さんでいるのは、どんなかんじですか。
お店、また行きます。好きなんです。ねえ、今度こそハーブティーのブレンドを教えてくださいよ。
――ロドニー、ただいま……今帰りましたのよ!
(アガサ・クリスティ『春にして君を離れ』)
チュウレンジバチと薔薇 哉村哉子 @bkyd
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