テンションの低い定食屋
結論から言おう。
バージンロストした。
一般に定食屋というものはおしなべてテンションが高いものである。わたしたちはテンションの低い食事を求めていた。わたしたちはレンタカーに乗り込み、この秋にオープンしたばかりのショッピングモールに出かけた。できたばかりのショッピングモールがにぎわっているのは良いことだ。予定調和的だ。わたしたちは開店前の二分を待つ必要はなかった。開店していたからだ。店内には老人しかいなかった。天井が低く、調度はすべて木もしくは木のように見えるものでできていて、テンションを上げないための作用として明らかにプラスチック製のパーツが配置され、非常に計算されたテンションの低さを演出していた。
「とろろうどんセット」
「カキフライ御膳」
「グラム50円の油っぽい豚コマ食いすぎで油もういいんじゃなかったの」
「揚げ物はいい、豚コマに飽きたんだ、それに牡蠣だし」
「五月に旬の牡蠣もクソもあるか」
「岩牡蠣なんじゃないか?」
「千円の定食の?」
わたしは彼の名前(親につけられた名前)を呼んだ。「うるさい」
彼は黙った。
「ひとつやるから」
彼は右目だけ持ち上げてわたしを見た。
テンションの低いメニューは刺身と天ぷらとそば・うどんを中心として構成される。安くないというのもこの手の店においてはテンションが低い。旅館風の食事だがどうせ旅館ではない。それ風を装ったファーストフードにすぎない。しかし旅館というキーワードを思いついたとたんわたしは頭痛がした。
それ風ではないか?
~これまでのあらすじ~
恐怖ゆえか寒さゆえか世界という存在の巨大な寂しさゆえかわからないが震え続ける子猫を日夜抱いてあやすことで日々を送り貯金残高がどんどん減っていくことに危機感を感じたわたしのもとに救世主のように現れた大学の後輩がなんでも奢るから話を聞いてくれというので何でも奢らなくていいから猫缶を指定数買って来いと言ったら猫缶を楽天経由で段ボール箱いっぱい送りつけてきたあとでわたしの自宅の前で土下座をした。
「俺は結婚しないといい加減昇進に響くんですよ」
おまえのようなうっかりした人間がゼロの桁を数えるだけでも疲れるような仕事をしていてこの国本当に大丈夫か?
「本命がいる男と生活するのはやっぱり寒いって言われて女に捨てられてる場合じゃないんですよ! 言っときますけど俺は都度ちゃんと本命はいてそれは男だって言ってますからね! 隠すような卑怯な真似はしてないですから!」
それは寒くて当たり前だろう。甘えるな。猫なんかひとりで震えてるんだぞ。うちがペット禁止だということを知っているのかもしれないが鳴くときはほんのささやかな声で静かに鳴くんだ。体に不調はないらしいんだがつまりメンタルレベルで怯えていて猫生が儚いと知っているから震えているんだぞおまえみたいな空間・価格・ステイタスすべてにおいて高所に登りたがるバカの人生にむしろポアロみたいなノイズがあってラッキーだったと思え。
「ネコをやっている場合ではないんですよ!」
猫の人生はつらいものだぞ。震えていて。おまえももうちょっと震えてみたらどうだ。
「なんで土下座してるんだ」
「先輩あの男を引き取ってください」
「は?」
「あいつ結局先輩が本命でしょ!? だから俺とかほかのやつとかで遊んで先輩だけ大事にしてるんでしょ!? あいつ先輩との約束しか守らないじゃないですか!」
「は?」
ロマンティックラブイデオロギーも大概にしろと吐き捨てる代わりに、わたしの口をついて出た言葉はこうだった。
「わかった。わたしがあいつを殺そう」
~これまでのあらすじ第二話~
弟を呼び出して猫を飼うように言った。
ポアロを呼び出して死ぬように言った。
一緒に死んでやるから安心しろと言った。
わたしはパンツの替えをコンビニで買って来いと言った。こういうとき同じパンツを履きなおす男が嫌いだということを生まれて初めて知った。
「一人で暮らしていると」
分かっている。わたしは気を使っている。めちゃくちゃ気を使っている。わかっている。わたしの名前はチュウレンジバチ。害虫だ。愛することしか知らずそしてそれが搾取だと知っている害虫だ。いずれわたしの愛は薔薇を食いつくすだろう。
「一人で暮らしていると、わたしは朝から晩まで仕事をしていて、食べるということが本当にどうでもよくなる、朝から晩までグラノーラや補助栄養食を食べている。何の話をしているかというと、一汁三菜そろった食事を摂っていると、人間に戻った感じがする。カキフライ食うか」
「食う」
「うまいよ」
「どうせ冷凍だろ」
「岩牡蠣を食いに連れていけ」
「殺さないわけ?」
カキフライはほどよく揚がっており、甘い苦みがあった。今年の冬は旬の牡蠣を食いそびれたなと今更思った。
「さあな」
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