【思想】資本主義→共産主義社会主義→専制主義
ふっと思い浮かんだコトをメモしとく。
資本主義と共産主義社会主義とは似ている、と思い浮かんだら、それが「一連の流れの中にある過程を切り取っただけのもの」だとパッと閃いた。
資本主義も共産主義も社会主義も、個人の能力というものに重きを置かない点で共通していると思う。共産、社会主義は個々の人間を「等しく同じ」と定義することで平等な社会構築というものを考え、組み立てている。
資本主義もまた、資本=カネの量で社会の傾斜を決定付けるという考え方で、これまた「個人の能力は同じ」と規定した上で、カネの量を代わりに付けよう、みたいな考え方だと思う。
人間は平等、という定義付けをするなら個々の人間の能力値も同じでなければ都合が悪いわけだ。せいぜいが、多少の違いしかない、という誤差に留めている。
人間が人間の能力を評価する時、イメージでは「だいたい同じ、多少の差しかない」と思いがちだが、実際はかなり大きな能力値の偏向がある。
運動ひとつ取っても、運動音痴とプロ選手を比較すればその差は歴然だ。
だが、資本主義ではこの差を無意識下に沈めて、カネの量を基本の評価軸に据えてしまっている。そうして、やっぱりカネの量に変換してしまう。すなわち、あるラインを越えるほどの能力ならカネ換算し、その下は足切り、という具合だ。
どの主義にせよ、そこにあるのは「人間は平等」という理念を正当化する為の詭弁であり、能力値の違いを有耶無耶にする目的があるかのようだ。
恐らくは、太古の昔なら正しく能力値によって人の優劣が定められていたものが、時の流れと共に、悪知恵が働く者が現れることにより、例えば封建制においては「血統の優劣」にすり替えられ、資本主義においては「カネの量」にすり替えられたということだ。
それを見破ったはずの共産主義やら社会主義やらは(すまん、私は両者をまったく違いがあると思えないからいつでもニコイチでセットにしている)、逆に「平等」という理念に固執して個人が見えなくなり、皮肉なことに封建制よりも封建制らしい「社会秩序の為に個人がある」を実現させてしまっていると思う。これはあらゆる個人への権利侵害を正当化することが問題点で、まったく悪しき封建制と同じに思う。思想的に言えば、名を変えただけの揺り返し現象ではないかと考える。
ここまで読んだ中で、たぶん多くの人はカチンとくる箇所があると思う。さも「人間は平等ということ自体がまやかしだ」と言いたげに聞こえ、それに対して激しい反発を覚えると思うんだ。それこそが、「平等」というカタチもないモノに操られている証拠なんだけども。
これが閃くまで、私自身も人間は平等ということに固執していたし、公言してもいたから、自分で自分の閃きに驚いているくらいだ。(笑
考えてみてほしい。生まれついての能力によって個人の価値が決まる、となったら覆しようがないじゃないか。まさに自然にも合致した「正解」がここにある。だが、それに対してあまりに激しい反発の念が浮かんでくるのだ、自然界をみれば当たり前の価値観でしかないのに。
「平等」というものは、人間の発明品なのだ。自然に存在するものではない。
私はその発明を補強する材料として、「宗教」を選択した。いや、既存宗教のように創造神という存在を据えたわけではないから、宗教と呼んでいいのか解らないが、自然発生したか何かは知らんが、この実存の「世界」にはこの世界の各種マテリアルと同様に人間の上位存在と言える者達がいる、という具合に解釈しているから、そもそも宗教とは言えないかも?
まあいいや。
とにかく、私個人は「平等」を担保する世界解釈を作りだして対応したよ。それが「確率論」に持ち込むことだったわけよ。輪廻によって無限数に転生を繰り返すなら、人間の能力値もその人生の内容も、等しく平均値とならざるをえない、て具合。
でも、そもそも平等が発明品である以上、それに執着すること自体が愚かよな。
とまぁ、そういうポイントに帰着したのが今回の「ピコーン」だった、と。
思いついたままにメモメモしてるだけだけど。(笑
だけど「平等」が神との約束などでないただの発明品である、ということが非常に重要な意味を持つんだよ。社会を構築する、あるいは思想や哲学の分野ではその意味の重大さに気付かれていいはずだ。
そう言や、天才ニーチェは言ったな。「神は死んだ」って。
珍しくタイトル回収しとくわ。
資本主義→共産主義社会主義→専制主義に回帰、てのは「平等」に固執した結果。
なんで「個人の能力値で価値が決まる」がそんなに嫌われるのかって思ったけど、そりゃ為政者からしたら困るわな、個人なんてのは一分一秒ごとにボコボコ生まれてすくすく育ってんのに、一生が終わらないような短期間に下克上が起きまくるってことだもんね。
でもそれが自然界ではセオリーだし、正解なんだ。社会性を持った生物でさえこのセオリーに則ってるけど何ら支障なく社会を回せている。
人間だけが、正確には一部の、現状安定してる人間だけが拒否反応示してる。(笑
…んでも現実問題、個人の能力値で決定する社会って「戦国時代」だもんなぁ…
まだまだ突き詰めきれてない命題でしたわ。おしまいっ。
PS:
あれかな? 人間社会の本来的「正常な状態」ってのが実は戦国戦乱時代で、それを疎んで、あの手この手でなんとか平和を維持しようとしてる、てトコかも。でも本性としては戦乱時代の血で血を洗う姿が人間の正体で、自分で思う以上に、猿より下等かもね。
いや、上等下等のレベルじゃなく、何かベクトルからして違うよねぇ。
蟻にしても猿にしても狼とか、群れを作って社会性を持った生き物たちのどれにも類似が見られないような気がするし、案外、本当に宇宙人の加工品なのかもね。
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