表現の不自由展とネズミの標本芸術作家さんの棘まとめ

https://togetter.com/li/1371809

【「残念でならない…」ネズミの標本を作る美術家に非難が殺到しーー】


 オフィーリアの絵画的モチーフの魅力、てのを実物的に理解させてくれる非常に良質の標本を作っておられる作家さんがいる。……「標本」だわ。スレタイにあるとーり、炎上して纏めが作られたわけですが。


 表現の自由って、表現と銘打ってしまうなら何だって創造して構わないある種の免罪符だと私は捉えている。だから作ったことを批判される謂われはないと思う。

 ただし、オブラートに包まれてしまうので、当然ながら見る者には「解釈を許す」という条件が付与されることとなる。つまり、主張ではない、のだ。


「そんな意図はない、」という反論は許されない、ということだ。それが表現を謳ってしまった「作品」についてまわるハンデだ。どんな評価を受けようが、甘んじて受け容れねばならない、作ることの保障に対する果たすべき責任だろう。


「作品における主張」と「意見としての主張」では色彩が変わる。意見としての主張はその人の意図するところが正解になるが、作品の主張は作者の込めたものを正解とはしない、という差だ。


 ネズミ標本の作家さんは、なぜ作ったかという質問をされているから自身の意図を述べているが、作品一つひとつに込めた意図を伝達することに拘ってはいないだろう。それは見る者個々人で違うと理解してらっしゃる風に見える。

 そしてネズミの来歴が気になる人ばかりのようだから、うんざりしながら注釈を付けておられた。評価以前の文句に対処することへの不満を言っておられた。(笑


 対して、表現の不自由展の例の慰安婦像についてはどうだろうか。日本の多くの人にとっては不快な造形物でしかなく、さらには政治的意図があると見られている。だからそのアンサーとして、展示拒否を突きつけられた。解釈の自由は守られており、非常に喜ばしいことだと私は思う。


 これがもし、どこぞの国のように親日を表明しただけで命を取られてしまうだのの事態となったら憂うけど、せいぜい言葉でのイチャモンと罵倒とアンチで済んでいるのだから、平和なもんだと思うがどうだろう。展示して盛大にバッシングの嵐に晒されて、大炎上すればよかったのだ。市長のリコールに繋がっても面白かったろう。それが表現の自由だし、言論の自由だろう。


 ただし、脅迫はよくないよな。宣言して実行するヤツが出て来たら問題だからと展示を取りやめた、そこんところの行政判断は間違っちゃいないと思う。これが、けっきょくのところ、本当の「表現の敵」なのだよな。


 法治国家としても、表現者としても、あるいは表現の守護を任じる行政としても、本当の敵は有形無形の暴力に訴えて、他者の権利を脅かそうとする輩、だと思う。



 ……ぜんぜん話が変わるけど、韓国ってTOPが変わる時、リコールじゃなく犯罪暴露で罷免ってのが多すぎない? 政権自体を変えたくないからか? 選挙の結果とかだと丸ごと入れ替わることになるから、それをさせない為としか見えないよ。

 んで、そういう理由だとしたら、あの国の民主主義は死んでるね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る