昔の作品を引っ張ってきて、感じたこと①

 才能というものについて、例えばスポーツだったらそこに才能が介在するくらいは誰でも嫌でも認めるしかないと思うのね。


 野球でも水泳でも、才能のあるなしは雲泥を産み出すわけで。同じプロレベルのトップアスリートでもオリンピックまで行けるかそこまでは無理かの差もあるし。


 また、才能がある人は発達段階がそれこそ段飛ばしでひょひょーいと上達するものでもあるし、文章だったら、よく聞く話でこういう風にすらすらと読めるように書くというだけでも通常では簡単じゃない、てのがあるでしょ。


 小説を書いている時点でそれは才能の片鱗を見せていることになるんだ、というアレですけどもね。まぁ、文章の才能と構成力の才能と発想力の才能と…ていう総合力なんでそのうちの幾つ才能を有しているか、てことになるけど。


 だけど、この才能ってのは単純にブースターだと理解しといた方がいいのよねぇ。


 無けりゃないで、またどんなジャンルの事柄でもそれは一つの才能だけでどうにかなるもんでもないわけだから、必要な才能をすべて揃えて持ってる人のが稀だよね、て。


 普通はさ、無い部分は努力で補うわけじゃん。ブースターでカッ飛んでいくヤツを指くわえて見送りながら、それでも自分だってソイツが歯ぎしりするよーな何かのブースターはたぶん持ってんのよ。


 肝心なのは、足りないトコを補う努力でさ。欠けたまんまでもOKもらえる場合もあるけど、そんなの期待するよりは努力で埋め合わせた方が、相手も好感持てるんじゃないの、て話だよね。


 あるいは、方向転換ってのも時には選択肢に入れてみるとか。別に進路変更を恥じる必要はないさ、自身を知って、きちんと計算して方向性を変えるってのは勇気ある行動だよ。普通はなかなか踏ん切りがつかないモンなんだし。


 私の場合はさ、昔の、途中で更新停止にしちゃった話を読み返して思ったのはさ、発想力はそこそこ、その発想を展開していく方の力は、自慢じゃないけど感じられたわけですわ。


 ほとんど内容を忘れたような状態で読み返してみて、まさに、他者からの評価でよく貰えた「ジェットコースター」ての体験できたから。この状況からこう展開すんのか、これどう繋がるんだよ、て感じ。


 それでも、その力はせいぜい平均よりちょい目立つかって程度で、非凡と呼べるほどのもんじゃないなと自己判断したけどもね。もっとスゴい展開力を持った作品ならそれこそ何作も読んでるもん。(笑


 敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。これよ。

 目を背けるな、て言い聞かせるわけです。


 肝心なのは、せいぜい平均よりちょい上程度であれ、その才能ってのをどう生かすか、それ以外の必要能力をどう補うか、その努力のプランニングっすよ。(笑

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