一章 日常の始まり
その日の朝、雅ルアは眠気と戦いながら正門をくぐった。
目をぐしぐしと擦りながら歩いていくルアを、たくさんの生徒が足を止めて見つめる。
ルアは見た目で印象を決めるなら、清楚でとても美しいどこかの御曹司のご令嬢を思わせることだろう。
黒々としたストレートの髪は艶やかな光沢を放っており、神秘的で汚れを知らない。
人形のように整った顔は、一つ一つのパーツが綺麗に引き立てあっており、文句の付け所がない。
極めつけは髪と同じ美しい漆黒の瞳に、ピンク色の頬、薔薇色の唇だ。
ふっくらとしたピンク色の頬は赤ん坊の頬を思わせ、その唇はぷっくりと膨れて清楚な色気を漂わせている。
すべてにおいて美しいと言いざるをえないルアに見とれるのは、仕方のないことだった。
それに、今の彼女は眠気によりふらふらと危なっかしい足取りになっており、そんな彼女を心配するなというほうが無理な話だ。
それでも彼らがルアに近寄らないのには、ある理由がある。
『ルア。危ないぞ、気を付けて』
眠気と戦うあまり前を見ていなかったルアが木の枝にぶつかりそうになった瞬間、その木の枝は誰もいないにも関わらずその場から消滅した。
端から見れば、これはあり得ないことだ。
枝は折られたのではなく、その場から消滅したのだ。
まるで、元からそこに枝などなかったかのように。
枝が生えていたという痕跡すらも、消えてしまった。
ルアはその事を気に止めることなく、自分に声をかけてきた人物を睨み付けた。
「・・・レン。。」
『おはよう、ルア。眠そうだな』
柔らかく微笑むその青年は、美しい銀色の髪をしており、右は黒、左は藍色の瞳を持つ、いわばオッドアイの持ち主。
俗に言うイケメンと呼ばれる見た目である。
しかし、その青年の体は透けており、その先の景色が見えている。
レンと呼ばれたこの青年は、いわゆる幽霊と呼ばれる存在である。
高校生に上がったと同時に交通事故に遭い、そのまま命を落としてしまったのだ。
そんなレイがいまだに成仏せずこの世にとどまっている理由、それはルアの事である。
ルアが誕生日を迎える度、彼女の周りの大切な人達が死んでいった。
そのせいで、ルアは周りと関わらない生活を余儀なくされていた。
そんなルアの事が心配で、彼はいまだにこの世をさ迷っているのだ。
そんな彼の想いを知ってか知らずか、ルアは浮遊霊となったレンと、自ら望んで傍に寄り添っている。
そんなルアは、自分に笑いかけているレンに対して、こう言った。
「・・・ちっ 縮めよ、カスが……」
『いくらなんでも、さすがにそれは無理だな。いくら俺が幽霊だからといって、縮むのはちょっと。。』
「ちっ 使えねえなぁ……死ねばいいのに」
あまりにも酷い暴言を吐き散らすルア。
けれど、レンはそんなルアの暴言さえも優しく受け入れる。
労るようにルアを抱き締めれば、ルアは少し戸惑った表情を浮かべたあと、おずおずというようにそうっとレンの腕に触れた。
暖かさの感じられないその腕から感じるのは、彼の心の暖かさ。
ルアはほんの少しだけその瞳を潤ませ、瞳を閉じて彼の温もりを少しでも長く感じようとする。
・・・異常とも思えるこの状況を、二人は噛み締めるように、少しでも長くこうしていられるにと、祈るのであった。。
其れを僕等はカミと喚ぶ。 月光の鴉蝶 @kam3akari
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