第2話 いらっしゃいませ。コンサルティング部へようこそ

時間は少しさかのぼり入学式の終了後。教室を出たすぐの廊下でカードを拾った後のことである。

翔吾はある場所に来ていた。そう。生徒会室である。


『コンコン!』


翔吾は生徒会の扉をノックした。

「どうぞ!」

扉の奥から生徒会長の答える声が聞こえた。

「どうも、失礼します……。」

翔吾はソロソロと扉を開けて生徒会室に入った。

生徒会室のレイアウトは部屋の奥に大きめの机とチェアがある。そしてその前に長机が2つ並んで置いてあり、そして折り畳みの椅子が対になるように4つ置かれている。

「ようこそ。待ってたよ。高橋君。」

「ど、どうもです。藤枝生徒会長。」

翔吾が藤枝と呼んだのは生徒会長で『藤枝正臣(ふじえだまさおみ)』であった。そのほかに副会長、書記、会計と生徒会メンバー4人が全員そろっていた。生徒会長は奥の机にある椅子に座りほかのメンバーは折り畳みの椅子に座っていた。

翔吾は生徒会メンバー総出のお出迎えでさすがにちょっと緊張した。まあ無理もないだろう。

「入学おめでとう!

絶対に来てくれると思っていたよ。この学校と、そして今日ここに来ることね!」

「ええまあ、あの時の約束ですからね。この学校を選択した場合は生徒会室に来るっていうのは。」

翔吾が言ったあの時というのは以前に学校説明会で翔吾がこの学校に訪れたときのことである。その時の話はまた別の機会でお話しすることになるでしょう。

「で、考えてくれたかな?

例のコンサルティングの部活についてなんだけど。」

「それって本当にやるんですか?

それと、やるにしても需要あるんですかね?

こんな入学したての1年生がそんな部活を生徒会権限で始めたとしても怪しいだけじゃないですかね?

えっと、なんというか実のところあまり乗り気じゃないです。」

「えええ?

いやいやあの時に高橋君が出してくれた提案はとても良かったよ?

まあもちろん、解決はほかの生徒会メンバーが頑張ってくれたからというのが一番だったんだろうけどね。でもあの高橋君の提案が無ければそれすらも出来なかったわけだしね。」

「いやいや、あの時はあんまり大したこと言ってないと思いますけどね。

ぶっちゃけ適当だったような気もしますけど。」

「まあまあ高橋君。とりあえず立ってないで椅子に座りなよ。

ああ副会長!

お手数だけど高橋君にお茶出してもらっていい?」

翔吾はとりあえずひとつ空いている椅子に座る。そしてそれと入れ替わるように副会長が席を立ちお茶の準備をする。副会長は無言で淡々と作業する。会長には気に入られている翔吾だったが副会長にはどうも嫌われているようである。

まあ副会長は藤枝会長のことをとても心酔していて翔吾はそのお気に入りというところも不満のひとつみたいである。

「で、話を続けるよ。

自分が感じるにこの学校ってジワリと不穏なところがあってね。そもそもとして学校自体が雰囲気良くてうまくいってるんだったらあの時みたいなことをしなくても大丈夫なはずでしょ?

それがそう上手くいってないからこの様なんだよね。

って入学したての1年生にこんな話をするのも出鼻を挫く感じで恥ずかしい話なんだけどね。」

「そう言われましても……。

僕にはあまり関係が無い話ですし、というかすいません。はっきり言っちゃうとどうでもいい話です。それよりも美術系の部活に入りたいと思っているんです。」

「そうかそうか……。

でもね、もちろんタダでってわけでも無いんだよね。たぶん明日のレクリエーションで詳しく聞かされると思うけど高校からは内申に社会貢献っていうのがあるんだけどね。

1年間で1回なんだけど他の教科と同じように10段階で評価される。それでね、これを満点あげることができるんだよね。これはもう主要の先生方に確認を取ってある。

そりゃー校内の先生、生徒みんなの悩みを聞いてあげるって部活なんだから社会貢献としては抜群だよね。

それとね、最近の企業ってこの高校時代の社会貢献の点数を聞くところが増えているってことなんだよね。アピールとしては抜群だと思わない?

チラッ!」

藤枝会長は雄弁に語り、そして自分でわざとらしく効果音を付けて翔吾を見る。

「うっ……。

べっ、別にそんな内申はそこそこ取ってればいいし……。

それよりもやっぱり絵が描きたいので……。」

翔吾は会長と話の内容、というか話の魅力にかなり圧倒されているがまだ若干抵抗してみせる。

「ほうほう。ちなみにその絵が描きたいってのはどんな絵なの?

キャンパスに油絵とか絵の具で水彩とかそんなやつ?」

「えっと、もちろん美術部に入ったらそういうのもしてみたいと思っています。でも一番やりたいのはイラストなんですよね。マンガも含めて。イラストやマンガの人物と背景を描きまくりたいと思ってます。

この学校、漫研とかないのが残念なんですけどね。」

「なるほど。わかったよ。OK!

さすがに油絵みたいに専門的な道具を持ち込んでというのは控えてほしいけどイラストとかであればそんな大きな道具は使わないでしょ?

その程度なら空いた時間にやってもらって大丈夫。高橋君もこの部活にはあまり人が来ないと思っているんでしょ?

だったらアレだよ!

イラストも描けてさらに社会貢献の内申もゲットできるというわけだ。うわー、こんな素晴らしい部活は他に無いかもね。

チラッ?」

藤枝会長はまたまたわざとらしい……、いや、ここまでくるといやらしい効果音を付けて翔吾を見る。

実のところ藤枝会長としては断らせるつもりはないし、すでに翔吾としては断ることが出来ない状況といったほうが良いのかもしれない。

「あのう……。

これってもしかして出来レースというやつでは?

悪い言い方すると単純に脅迫ですよね?」

翔吾の言葉に藤枝会長は言葉もなくニコニコしている。

「ちなみに、この話って断ったらどうなっちゃうんですか?」

さらに翔吾は質問をする。若干恐れおののいている。

「さあ?

それは僕にもわからないね。どうなっちゃうんだろうね?

まあ実際問題は何にもならないと思うけどね。でもでもあれだなぁ。僕としてはとても残念だよ。先生方もとしても期待されていたので残念がるだろうね。」

『なんと、藤枝会長ってこんなヤクザな人だったんだ。こ、怖すぎる。』


バンッ!


ここで副会長が机を叩いた。ここまで沈黙を保っていたが翔吾に向かって吐き捨てるようにしゃべりだす。

「もうグダグダ言ってないでさっさと了承しなよ!

私個人では反対したいところではあるのよね。会長にはあんまりメリットがないんだよね。こんなことをやって下手に失敗しちゃったら藤枝会長のキャリアに泥を塗るかもしれないからね。

かと言って成功しても多少は会長も評価されるだろうけど、でもほとんどの手柄はあなたじゃない?

それでもこの学校の空気を変えたいという会長の心意気、そしてそれができるのはあなたしかいないと言って全面的に信頼を置いているのよ?

あとね、藤枝会長は文武両道でホントにこの学校の生徒に慕われていて先生方からも模範生徒だと言ってもらってそれはもう凄い人なの。

そんな人にここまで言わせてるんだからホントにうらやましい……。

いや、そうじゃなくてとっとと了承しちゃいなさいということなの。わかる?」

この副会長の言葉に後のふたりも大きく頷いている。

「わっ、わかりました。そういうことであればぜひともやらせて貰います。」

副会長の言葉に圧倒されてキョトンとしている翔吾であるが了承の返事をする。

「え? やってくれるの?

ありがとうありがとう! いやホントに助かるよ!」

そう言って生徒会長は席から立ちあがって翔吾のほうへ向かう。そして握手を求めた。翔吾も立ち上がって握手に応える。

「いやいやほんと良かった。実のところすでにかなりの予算で応接室セットを注文しちゃったんだよね。無駄にならないで良かったよ!

ハハハ。

えっと、そういうことなんで四月の中旬、もしかしたら下旬かもしれないけど応接室風の部室が出来上がるんでそこでコンサルティングの部活をやってもらっていいかな?

あ、そうそう、あとお手伝いさん的な人が欲しかったら部員を募集しても良いからね!

部員の人にも社会奉仕の内申を加点してあげられると思う。」

こんなやり取りがあり翔吾はコンサルティング部をすることになったのであった。


翔吾が去った生徒会室。会長と副会長は会話を交わす。

「藤枝会長。とりあえずは良かったですね。」

「副会長! マジでありがとう! 最後のトドメは効いたみたいだよ!」

「いえいえ。お役に立てたならなによりです。それとあのことは言わなくて良かったんですか?

この学校の雰囲気を悪くしている原因のひとつで南中学出身と西中学出身のグループっていうか、まあ派閥みたいなやつですが。」

「まあまあ別にそんなこと言わなくてもね、というか言ったところで僕たちには何もできないし高橋君には逆に余計なお世話だと思うよ。

それに高橋君のコンサルティング部がうまく立ち上がるかもわかんない状態だしね。さらにプレッシャーになるような情報は与えないでいたほうが良いでしょう。部活がうまくいけば、それぞれのグループからちょっかいがあるんじゃない?」

「ちなみに今年の新入生代表の挨拶は西中学出身の方だったそうです。二年連続なのでこちらも注意が必要です。」

「うむ。それはわかってる。いやー、ほんとあの人たちには困ったもんだねぇ。あと、校内学力テストもチェックしといてね。今の勢いだと一番は西中が取っちゃうのかな?

いっそのこと高橋君が取ってくれないかな。なんてね。」

と、会長と副会長でフラグになりそうなことを話しているのであった。




入学式にそんな出来事があったのだ。

そしてそして時は4月最終週。

もうすぐゴールデンウィークも控えており翔吾としては休みの間たくさん絵を描こうと決めており楽しみにしてるのであった。

それと翔吾は優羽と遊びに行くことになっている。休日に会うのは初めてになるのでとても緊張していた。しかしやっぱりそれ以上に楽しみにしているようである。

そんな中、翔吾は生徒会から部活の手続きと準備が終わったということのなのでいよいよ開始することになった。

特別教室エリアの一角にある教室を1つ使用してそこで活動を開始する。教室のレイアウトは応接室風のレイアウトだ。部屋の奥に机とちょっと豪華なチェア。そして部屋の真ん中に低い机とちょっと値段が張りそうな良い感じのソファーが対になってある。校長室がモデルらしい。部屋の広さも校長室と同じ広さであり確かにそれっぽい。

そして、一応生徒会のほうではポスター張ったり放送流したりとかなり広報に力を入れてくれていた。しかしながら本当に人がやってくるのか不明である。

翔吾としては暇な時間は絵を描いてよいという約束を取り付けているので描いて描いて描きまくるつもり満載でそれはそれで楽しみにしているようであった。

さらに桝谷さんも雑用ということで手伝ってくれることになっていた。まあ、彼女の本業は手芸部だが今日はコンサルティング部が初日ということでこちらに来ていた。

いざ部活動開始である。



『いらっしゃいませ。コンサルティング部へようこそ!』



概要をお話しすると、学校の生徒、教職員も含めて何か悩み事がある場合にそれの相談に乗ってあげて必要に応じて解決のための糸口をご提案するといったものだ。

ただし物理的なお手伝いというのはしない。あくまでアドバイスどまりで実行するのは本人がやるという前提だ。まあ翔吾にそこまでの物理的リソースがないというのが一番の理由だが。

そんな部活だ。翔吾としては入学したての1年生がやっているこんな怪しい部に人が来るはずもないと決めつけていたのでさっさと絵の準備をしようとしていた。

そしたら予想外にもひとりの女生徒が入ってきた。

「あのう。なんでも相談に乗ってくれる部活が始まったって聞いたんですがこちらで良かったですか?」

本当に恐る恐る入ってきた。まあ無理もない。こんな怪しげな部活。警戒マックスになってしまうのは当然だろう。

そう思えば優羽がいてくれたのは良かったかもしれないと翔吾は思ったのだった。やはり女性がいたほうが場が和むし相手の警戒も少しはほぐれ易いだろう。

「いらっしゃいませ。コンサルティング部へようこそ。」

そう言って翔吾は来客者をちょっと良い感じのソファーに案内する。翔吾自身は反対側のこれまたちょっと良い感じのソファーに座る。そして話を続けた。

「初めまして。私は1年の高橋翔吾です。ご存知かと思いますが今日からこのコンサルティング部の活動を開始しました。どうぞよろしくお願い致します。

さてはじめになのですがお名前とクラスを伺っても良いですか?

これは活動記録のために保管させて頂くのと、もし生徒会に活動内容などを聞かれたときに日時、名前、クラスは提出させて頂きます。

ただし話の内容は記録はさせてもらいますが外への公開はいっさい行いません。まあ悩みを相談したという事実は残ってしまうのですがそれでも良かったらお話を伺います。」

「えっとそれで構いません。」

女生徒は緊張さながら答える。

彼女の特徴といえば身長は優羽と同じくらいだろうか?

158cmくらい。おっとりと優しそうな雰囲気である。髪は肩よりもちょっと長い感じで特にしばったりもせずにそのまま垂れている。そしてこれも優羽と比較して、優羽は英国貴族の凛とした品に対し、逆というか和風のおしとやかさな品が漂ってくる。大和撫子と言った感じである。

あと何と言っても身体つき……、ちょっといやらしく聞こえてしまうかもしれないがとても肉付きが良くてその、胸が……、すごく大きい!

目のやり場に困ってしまうくらいである。しかしとても安心感が漂ってくる。一緒にいて癒される人とはこういう人のことであろう。

そして彼女は話を続ける。

「えっと、私は二年の八月朔日稲穂(ほずみいなほ)です。」

「ほずみって、もしかしてはちがつついたちと書くやつですか?」

「そう、よく知ってますね?

ついたちは難しいほうの字を書くんですが。もう、ほんとにテストとか自分の名前書くの大変で……。」

「マンガやアニメでたまにある名前でして。実際にいらっしゃるなんてすごいです!

ってすいません。話の腰を折ってしまいました。続きをお願いします。」

「えっと、どこからどう話したら良いのか迷うんですが……。それにうまく説明できるか……。」

「こういうのは、できるだけ最初から時系列に沿ってお話ししたほうがわかりやすいと思われますよ。まあケースバイケースですけどね。」

「そ、そうですか……。では話しますね。」

稲穂はここで一息深呼吸してから話を始めた。

「実は……、私には大学生の彼氏がいるんです。彼氏はこの学校のOBでちょうど1年前かな?

私が入学して部活に入って、そしてその部活のOBでちょくちょく遊びに来てたんです。それでなんか気が合って良くおしゃべりするようになったんです。

夏休みにふたりで遊びに行くことがあって、その後はちょくちょくふたりで会う機会も増えて秋くらいにはちゃんと付き合うようになったって感じかな?

付き合い始めたころからよく彼は結婚だ!

とか言ってたんだけれどね。それはさすがに早いわよ。バカねぇ!

って言ってたものね。そんでね、お互いの親とか家のこととか話す機会があったんだけどそこでお互いが衝撃を受けることになってしまったの。

まずは私なんだけど、まあ名前にもたぶん由来しているんだろうけど父方の実家が東北で農業をやってる一族なんだよね。家としては江戸時代初期のころからあって明治からは急速に力を付けてかなりの名門って言われるくらいになっちゃってね。

会社もいくつか経営しているわ。あ、私のお父さんは都内で普通にサラリーマンなんだけどね。って言ってもグループ会社の営業みたいなんだけど。

それで彼のほうなんだけどね。具体的な名前は伏せとくけど、たぶん高橋君も知ってる新興宗教の大幹部みたいなのよね。しかも最近はあまり良い噂を聞かないところのやつ。ちょっと前に詐欺めいたことをやってニュースになってたわね。

私としては、彼本人はとても誠実な人だったので家のことまではそんなに気にしていなかったわ。

ただ、自分の実家のことはちょっと気にしていてこのまま付き合っていったとしたら実家は避けて通れなくなるしどうなるんだろうかってね。

うちのおじいちゃんはたぶんそういうの嫌いだと思うから。あとめちゃくちゃ怖い人なのよね。

その辺りのことも彼には話したわ。そしたら、彼ったらちょっとビビっちゃってね。まあそういうのでビビってしまうってのもね、メンタル弱いってのもあるかもしれないけど、でもまあ私のことをちゃんと考えてくれるってことだと思ったからほんとに好きだったんだけどね。

まあちょっとの間はギクシャクしちゃったけどようやく彼の気持ちが落ち着いたときかな?

またまたちょっとした事件……、なのかな?

そういうのが起きたのよね。ってちょっとごめん。お茶飲んで良い?」

そう言って稲穂は優羽が入れたお茶を飲む。そして一呼吸する。

稲穂は最初こそ緊張していたのか表情や言葉遣いも硬かったが話し始めていくうちに少しずつ柔らかくなっていっているのがわかった。最初に比べるとかなり言葉遣いもフランクである。

そして翔吾と優羽はただ稲穂の話を聞いていたのだが、意外に内容がしっかりした相談だったので目を丸くとまではいかないがただただ聞いているしかなかった。そしてこの後、稲穂からはさらにディープな話が飛び出してくるのであった。

「で、ここからなんだけど、ってよくよく考えたらこれからの話は人に話す、特に男の子に話すのは恥ずかしいわね……。」

「もし、良かったらお話をストップしても構いませんよ?

もうここまでで大体の方針というか、そういうのは見えてきましたので。」

「いや大丈夫よ。ちゃんと話すわ。ホントに悩んでるしちゃんと判断してもらいたいから情報は全部出すわよ。」

ここで稲穂は咳払いして呼吸を整える。

「あれはそう、去年のバレンタインの時だったわ。彼の家に行った時にチョコを渡してね。いろいろと会話をしていたんだけど、だんだんと雰囲気が良くなってきてチューもしてね。あ、ちなみにチューは普段からちょくちょくしていたわ。

えっとなんというか、それでね……、


いわゆるHなことね。


私としても付き合ってかなり経つし彼のことは好きだったから良いかな?

って思って身を委ねていたの。それで生まれたままのすっぽんぽんになったのね。でもね、彼のほうがどうもダメだったらしいの。その……、

勃たなかったってやつ?

それでもね。まあショックではあったけど彼も初めてってことだったしそこまで気にしてなかったわ。

たぶんその事が決定的だったと思うんだけど、その後1回会ったきりでそれ以来は彼に会うどころかたまに絆をするくらいで……。

以前はどんなに忙しくても一日に二,三回というか、二,三往復っていうのかな?

絆はしてたんだけどね。もう、私どうしたら良いかわからなくて……。」

ここで稲穂の話はストップする。そして下を向く。

その様子からも本当に悩んでいて、でも八方塞がりでどうして良いのかわからないという雰囲気は伝わってくる。

話の内容としては、確かに異性に話すには恥ずかしい内容も含まれていた。翔吾も優羽もそのような経験は無いのでリアルなこの話を聞いて動揺するのであった。

しかしながら翔吾は気持ちを切り替えて稲穂に語り掛ける。

「なるほど。それではコンサルティングを始めましょうか。

しかしですね、わからないことがありますね。」

「え? 私の話わからなかった?

もっと説明したほうが良い?」

「あ、いえいえ。話の内容はとても分かりやすかったです。とても理論整然としていて表現力も豊かだと思います。

そうじゃなくて逆に理論整然とご説明して頂いたので分かりやすかったのですが、しゃべっている中でもう結論は出ているように思えたのです。」

「ん? どういうことなの?」

「うん。ちなみに内容は恋愛相談ですが、問題を解決する上では恋愛相談以前のところで話は終わっているように思います。ご自身で話していて意識は無かったですかね?


お話自体、かなりの部分過去形で話されていましたよ?


まあ流石に冒頭、彼と付き合っているっていうのは現在進行形でしたけどね。流石にここが過去形なら目も当てられませんが。だいたいが、特に関係性のところにおいては過去形でお話ししていましたよ。

まあもちろん、過去のお話なので過去形で話しをされてるのかもしれないです。

でもね?」

ここで翔吾はわざとらしく一呼吸おく。そして、今一度ちょっと好戦的な雰囲気で稲穂を見て言い放つ。


「八月朔日先輩自体が、彼氏さんとの関係性を過去のものと思っているんじゃないですか?」


翔吾は言葉を放った後にもう一度稲穂を見る。稲穂はというとかなり驚いた表情を見せていた。あきらかに図星を突かれたような感じであった。

その様子を見た翔吾はいったん背もたれに沿って座りなおした。そして小さく溜め息吐き今度は優しく諭すように語り掛ける。

「ダメですよ。八月朔日先輩。このシチュエーションでそんな表情を見せてしまっては……。

言い方は丁寧かもしれませんが、私の放った言葉はかなり失礼なことを言いましたよ?

どちらかというとこのシチュエーションではムッとするなどあからさまに不機嫌な態度を取って貰わないと。じゃないと肯定するのと同じですよ?

まあ自分としては若干特別な身分でお話しさせて頂いていますが、それでも私と八月朔日先輩は今日が初対面です。さらに私は年下ですし八月朔日先輩の恋愛事情は今聞いた話のみです。

さらにさらに八月朔日先輩は好意的に恥ずかしいHなことに絡む話までしてくれたんです。彼のことがまだ好きなのであれば怒るはずですし、さらに私の失礼な態度に対してもやっぱり不機嫌になるはずです。

この怒るしかないシチュエーションにおいても、怒ったり不機嫌な態度を取らないということは、まあ八月朔日先輩の性格のところもある可能性もありますが、ただやっぱり私の言ったことが図星でしかないのかなと。そう判断するのが妥当です。

もうこれ以上は次の話にも進めませんよ?」

翔吾はここでいったん話を切った。そして稲穂の様子を伺う。特に反論などは無く翔吾の話に耳を傾けている。さらに翔吾は話を続けた。

「あとね、八月朔日先輩が彼氏さんとの関係性を過去のものに思っている理由なんですがもうひとつあるんですよ。

もしね、彼氏さんとのことでもっと未練があるようならもっとお話しして頂く内容に原因とは関係ない話、例えば楽しかったときの話とか彼の良いところとかそういうのがあって良いのかな? って思うんです。

またはそもそもとして相談内容というのが彼に会うためにはどうしたら良いのか?

っていう内容にならないとおかしいところもありますしね。

あ、もちろん今まで八月朔日先輩が彼氏さんとしてきた恋愛そのものを否定するわけじゃないんですよ。八月朔日先輩が本当に彼氏さんのことが好きだったからこそ今まで一生懸命いろいろと考えてこられたんだと思います。

でも逆にというか皮肉にというか……、原因となるところがはっきりとしていたので考えれば考えるほど八月朔日先輩としてもこれ以上は無理だと無意識の中で思っていったんだと思います。なので私に対してもここまで端的に話してくれたんだと思いますよ。

あと特に、その……、あの……、Hの時に勃たなかったというやつですが……、これがやっぱりとどめじゃないかと……。

私はその……、Hの経験はない……、のでその辺はちゃんとわかりませんが、しかしちょっと下品系のネットではそういうの男性としては下手したらトラウマになって今後二度とダメになっちゃうとかありますよね。

あと突然こちらからの質問になってしまうのですが告白はどちらからしたんですか?」

翔吾から突然振られてドキッとする稲穂であった。しかしながらしっかりと回答する。

「えっと、彼の方からです。」

「なるほど。やっぱりね……。

今の状況ってどちらかというと八月朔日先輩よりも彼氏さんのほうが大変な状況だと思われますよ。

だって自分から告白しておいていざ大事な……、そのHの時にダメだったって。

彼氏さん自体今も気持ちが八月朔日先輩にあるのかはわかりませんが、気持ちが無かったとしても自分から告白した手前自分から振るのもカッコが付かず、好きだったとしてもまた同じことが起きたらどうしようってなっているはずですしね。相当苦しんでいるのではないでしょうか?」

この彼氏の視点に立った話に稲穂はまたまたハッとなってしまう。

「確かに彼のそんなところまでは考えてなかったわ。もしかして私ったら自分のことばっかりってこと?

バカだわ……。」

「あ、いやいや決してそういうことでもないですよ。そして最後になりますが私から提案があります。

私が今日、八月朔日先輩にけしかけたように八月朔日先輩も彼氏さんにけしかけてはどうでしょう?

もちろん、残念ではありますが別れ話です。

ただ、別れ話ですが単に話をすれば良いというわけじゃないです。八月朔日先輩の最初のセリフとしては、


『私たち、別れた方が良いかしら?』


でお願いしますね。もちろん事務的な挨拶などはOKなのですが一番ダメな言葉は

『私のことどう思ってる?』

系の言葉です。この質問だと言葉があいまい過ぎでいろんな想像が出来てしまうのでこちらの意図も相手に伝わらないですし、さらに回答を貰っても相手の意図を探らないといけなくなります。

それで彼氏さんからの回答ですが『君がそう言うのだったら別れようか。』という感じだったらですが、これだったら間違いなく彼氏さんも八月朔日先輩に対して気持ちが薄らいでいることになるので八月朔日先輩としてもここできっぱりと諦めた方が良いと思います。

そして『いやいや待って!』というような意図で回答されたのなら彼としても何かしらの未練があると思われます。

ここで八月朔日先輩としては選択肢が生まれるわけですが問答無用で断っても良いと思いますし、或いは彼氏さんの未練のところを聞いてあげても良いのかと思います。

まあ個人的な予想ですが今の状況からして彼氏さんとしても気持ちが薄らいでいると思うので前者の方になるんじゃないかな?

って思いますね。あとは八月朔日先輩の気持ちの整理が付くかどうかってところだけじゃないでしょうか?

ただこればっかりは感情的なところで人の気持ちですので何ともしがたいです。」

翔吾は話を終える。そしてお茶をすする。

そもそもとしての話だが、恋愛も人付き合いとかも含めて物事すべてにおいて何か問題があるというのならそこには必ず原因があるはずである。そこをはっきりさせて説明して解決に対して案があるのならそれを提示する。

コンサルティングというのは本来これだけの話ではある。まあ問題を切り分けたり解決案を見つけたりというのが難しいのかもしれないが……。

しかし今回の稲穂の話はすでに原因がはっきりしていて解決についても案を提示しやすかったのもある。

今後もしかしたらもっと感情的なところが絡んだ相談がくるかもしれない。それでも問題となるところは必ずある。だが翔吾がそこをうまく見つけることができるかは不明だ。まあ、それはまたその時に検討していけば良いであろう。ひとつひとつ経験を積んでいくしかないと思われる。

一方稲穂はというと綺麗な姿勢で座ったまま目を閉じていた。自身の話をし翔吾の話を聞き反芻していつものと思われる。

まあ無理もない。翔吾してもかなり大変なことを抱え込んでいるように思えたし、それを今話して翔吾からの話も聞いたのだから、そりゃあ処理に時間が掛かってもそれはしょうがないし当たり前のことだ。

そして、稲穂は目をゆっくりと開きポツリとしゃべる。

「ですよね……。

いやはや。高橋君の話になにも言い返せなかったわ。これがぐうの音も出ないというやつかしら?

でもまあほんとは自分でもわかってたんだと思うわ。高橋君の言う通りでね。提案してくれた内容も含めて家でもう一回良く考えて結論を出すとするわ。

今日は本当にどうもありがとう!」

稲穂としても話が終わろうとしていた瞬間のこと翔吾は遮るように言う。

「あ、すいません。これはものすごく蛇足なので言わないで良いかな?

と思ってたんですがやっぱり言わせてください。

もし彼氏さんとお話をすることになって、残念ながら別れることになった場合です。

彼氏さんのことが本当に好きだった。さらに彼氏さんとのお付き合いが本当に意味のあるものだって思えるのなら最後の言葉はやっぱり感謝の言葉で

『ありがとう』

で別れるのが良いと思われます。

後々、彼氏さんのことはもちろんのこと自分のことも肯定してあげられますよ。まあこれはうちの母親の言い文句なんですけどね。

自分としても中学時代に勉強で関わった人は、確かに当時は正直ムカつくことの方が多かったけど、でもなんだかんだで卒業するときはそこそこ勉強で他の人に負けないようになってたのでやっぱり感謝したものですから。」

翔吾はちょっと照れる内容だったので言った後、はにかんでいた。

そんな翔吾を見た稲穂は、一瞬はびっくりしていたがその後は笑顔で翔吾に応えた。そして稲穂は立ち上がり深々とお辞儀をして部室から去っていった。去り際の稲穂は難しい表情をしていたがそれでも何か意を決した感じに見えた。


そして一瞬、部室内は静かになる。しかしすぐに優羽がしゃべりだした。

「なっ、なんかすごかったわ。

前にコンサルティング部のことを聞いた時には実際のところ何をやるのかぜんぜん意味不明だったのだけどこういうことなのね。」

「いや、実のところオレも自分で何をするのか方向性が決まってなかったんだけど、逆に今日の八月朔日先輩の相談のおかげでどうしていくのかわかったかも。ってくらいだよ。」

「へえ。そうなのね。でも本当にすごかったわよ。話の内容を分解して整理して説明する。説明に関しても話術が凄かったわよ!

ああこういうの知ってるわよ。確かプロファイリングって言うんだっけ?」

「うっ。これをプロファイリングっていうかはちょっとネット先生に聞いてみてほしいけど、確かに状況というかシチュエーションを含めて読解するという観点ではプロファイリングの要素はあると思う。

それとこういうコミュニケーションに関してはいくつか技術もあるし、そういうのを組み合わせていけばある程度は形になるよ。

まあもしかしたらだけど、もっと恋愛の感情的なところが問題になってたらこんなにスムーズにはいかなかったかもしれないしね。なんせ恋愛に関してはほとんど経験がないっていうか……。

恋愛はむしろこれからっていうか……。」

そこで翔吾は言葉が濁ってしまう。

普段鈍い優羽だがその恋愛対象というのが自分か?

って思えたので優羽としても赤くなってもじもじとしてしまう。

「しかし、初日からかなりディープな内容が来たな。学校のみんなっていろんな悩み抱えてるんだな。そりゃあ生徒会長がこの部活を始めて欲しいと思ったのもちょっとわかったかな。」

「まあ、人間なんですからね。大なり小なり悩みくらいは抱えているわよ。でもね、流石に先輩くらいディープなのは少ないと思うわよ。」

ここで優羽は苦笑いする。

そうこうしているうちに下校時間になってしまった。二人は後片付けをして家路についた。


翌日。

翔吾は部活に行くために特別教室エリアに向かったのだが部室の前にはすでに稲穂がいた。その表情はすっきりしていて悩みは微塵も感じられなかった。

そして二人は教室に入り例のちょっといい感じのソファーに座って話をした。

ちなみに本日優羽は手芸部に寄ってから来るということでこちらへは後ほどくるということである。

「翔吾君! 昨日は本当にありがとうね。」

稲穂はしゃべりだした。出だしからとてもフランクな感じである。まあ昨日はすごく緊張していたのはわかっていたが……。

そしていきなり下の名前で呼び出している。翔吾としてはちょっと戸惑ったがそこはスルーした。本来の八月朔日先輩はこんな感じで明るい方なのだろうと。

「昨日、翔吾くんに話を聞いて貰ってなんかいろいろと吹っ切れて、そして彼氏と絆や直接電話でも話し合ってきっちりと別れることにしました。

翔吾君からの提案通りにしたんだけど、概ねその通りの結果だったわ。ただ彼としては駆け落ちみたいなことをしても一緒になるべきかどうかってのを考えてたみたい。だけどそれはやるべきじゃないって考えていたようね。

まあ彼も納得してくれて円満に別れることになったわ。あと最後にありがとうって言ったんだけど、これは言って本当に良かった……。

電話を切った後は一時間ほどは泣いてたけどね、それでもきっぱりすっきりすることができたわ。

これが罵倒して別れてたら、ほんとに今までの自分を否定しちゃうところだった。そうなったらこんなに穏やかな気持ちにはなれなかったもの。」

「それは良かったですね。っていうことで良いんでしょうか?

あまりにもすがすがしい笑顔をしてくれていますので……。」

「もちろんよ! まあこの件はこれくらいでいいや!

それでね。今日はちょっと別の相談があってきたの。」

そう言って興味津々な表情をして翔吾を見つめる。ちょっと引いてしまう翔吾だったがひとこと発する。

「なっ、なんでしょうか?」

「えっと、昨日の女子はやっぱり彼女さんなの?」

「まあ一応。名目上は……。

高校で出会ったばっかりなので実質的には友達以上、恋人未満ってところでちょっとずつ恋人になりましょうってところです。」

「そっかあ。それはしょうがないね。残念だけどでもそこはいいわ。それにしばらくは恋愛はいいかなって感じだし。

あ、それとね。この部活を手伝いたいんだけどいいかしら?

翔吾君の昨日のコンサルティングだけどほんとすごかったわ。それをもっと間近で見たいって思ったのよね。」

「本当ですか?

ちょうどなんですが、この部活的に女性がいてくれたほうが場の雰囲気が和むかなって思っていたところなんです。

桝谷さんは掛け持ちなのでいつもいてくれるわけじゃないんですよ。なので特にいないときはお願いしたいと思います。」

「あらら。なんだったらこっちだけで毎日でも良いんだけど?

っていうか今の部活は辞めても良いと思ってるくらい。」

「あ、いや。そこまでしてくれなくても大丈夫ですよ。実際は特になんもすることないのでお茶くみと記録の雑用だけですよ。」

「大丈夫! なんでもするわよ。

それと場が和むって確かにそれ必要かもね。私は、今はこんなんだけどこの教室に入ってきたときはガラにもなく緊張したわ。もともと悩みのこともあったけどこの部屋の空気も確かに硬かったしね。

ってまあ、昨日が初日みたいだったらしいからしょうがないかもしれないけどね。じゃあもっとこの部屋の空気を柔らかくするためにもっとフランクにいきましょうよ!

そうね。まずはお互いを下の名前で呼び合いましょ!

翔吾君!

ってあれ?

私すでに呼んでたわね。ハハハ。今さら自分でいうのもアレだけどかなり馴れ馴れしかったわね。じゃあ次は翔吾君の番ね!」

「っていきなり何決めてるんですか?

そんな先輩に対してそんなことできるわけないじゃないですか!」

「なに言ってんのよ!

私が良いって言ってるんだから大丈夫よ!

場の雰囲気を和ませたいんでしょ?

ほらほら言ってごらんなさいよ!」

「むむっ! っていうか絶対に楽しんでいるでしょ?」

「フフフ。それはどうかしらね?

あ、なんだったら呼び捨てにしてくれても良いわよ?

翔吾君、この部の部長さんで一番偉いんだから!」

「よ、呼び捨て!?

余計にハードルあがってるじゃないですか!

わかりましたよ。呼び捨てにはしませんけど下の名前で呼ばせてもらいます。」

「あら? 呼び捨てにはしてくれないのね?

それはそれで残念な気もするけど、まあいいわ!

じゃあどうぞ!

いなほよ!

い・な・ほ!」

「……。

稲穂先輩……。」

翔吾は顔が真っ赤である。もしかしたら全身が真っ赤になっているのかもしれないくらいであった。

そんなときだが、間が良いのか悪いのか教室の扉がガラガラと開いた。

「高橋君も八月朔日先輩も何してるんですか……。

やりとり廊下まで聞こえてましたよ。」

教室に入ってきたのはもちろん優羽である。虫けらを見るような目で二人を見ていた。

「あらら?

外まで聞こえていたのね。それははしたないわね。まあ聞こえてたのならわかるでしょ?

部活の雰囲気を柔らかくするために、まずはお互いに下の名前で呼びましょう!

っていうことよ!」

「……。いや絶対に先輩が高橋君いじって楽しんでいるだけにしか見えなかったです。

まあ場の雰囲気は柔らかくなるのかもしれないけど、なんていうか今度はそれはそれで逆に入りづらいわよ。

そう言えばですがそもそもとしてなんで八月朔日先輩がここにいるんですか?

悩み相談は昨日で終わったはずではなかったんですか?」

優羽は冷静に突っ込んで見せた。しかし声色にはちょっと敵意が出ていた。間に挟まれた形になっている翔吾は心の中でアタフタしていた。女性では苦労するタイプに育ちそうである。

「今日はね、この部に入部するために来たのよ。それでたった今翔吾君に許可は貰ったわよ。」

稲穂はにっこりと微笑んで答えた。

「え!? 本当なの?」

優羽はそう言って翔吾のほうをみる。

「え? うん。入部してもらうことにした。桝谷さんがいないとき中心に雑用をしてもらおうと思って。

それに昨日思ったんだけど、この部屋にオレひとりいるよりも誰か女性がいたほうが入りやすいと思ったんだ。」

「なるほどね。そういうことならしょうがないわね。

まあ入部のことはわかったんだけど、それとは別になんで下の名前で呼び合うようなことをしていたのかしら?

あんまり関係無いような気がするのだけれど?

『っていうか私たちですらまだ下の名前で呼び合ってないのに……。』」

と、後半もぞもぞしてしまった優羽であるがすかさず稲穂が切り返した。

「それはこの部屋の空気を和ますためよ!

だからみんなで下の名前を呼び合ったほうが柔らかくなるかなって。あ、そういやふたりは付き合ってんでしょ?

なんで名字で呼び合ってるのよ?

それこそ名前のほうで呼び合うべきよ!

そういや桝谷さんで良かったわよね?

下の名前はなんていうの?」

「わっ、私ですか? 優羽です。」

「へえ、つばさちゃんか。字は『翼』なの?」

「いえ。若干キラキラ入ってるんですか『優羽』って書いて『つばさ』って呼びます。」

「!? おおお! すごいわね!

とっても素敵な名前じゃない!」

「それはありがとうございます。ってそうじゃなくってなんでこんな馴れ馴れしいことになってるんですか!」

優羽と稲穂は言い合いをしていた。この間、翔吾はなにもできずただポツンとやり取りを見ているしかなかった。でもやりとりはまだ終わらない。

「ええ? 何言ってるのよ。優羽ちゃん!

今みたいに馴れ馴れしくするためにやってるんでしょ?

そういう意味じゃ計画通りね!

じゃあまずは優羽ちゃんから私を呼んでみて!

ちなみに私は稲穂よ!」

「ええい! もうわかったわよ。

いや実際はわけがわからないけれど、それでは遠慮なく呼ばせて頂きますね。

稲穂先輩!」

「あはは。上出来ね!

じゃあ次はお二人の番ね!

ってかあれよ!

ふたりは恋人なんだからもちろんお互い呼び捨てじゃないといけないわよ?

じゃないとお姉さん許さないからね!」

稲穂はニヤニヤしながらふたりを見ている。が、しかし突然立ち上がる。

「あ、こんなことしてる場合じゃ無かったわ。入部届出しに行かないと!

ちょっと職員室に行ってくるわ!

ちゃんと戻ってくるからそれまでにちゃんと名前で呼び合うようにしとくのよ!」

そう言って稲穂は慌ただしく教室から出て行った。

「行ったわね……。

私もかなりそそっかしい性格だと思っているけど稲穂先輩はさらに凄いわね。」

「そっ、そうだな。」

そう言ってお互いを見直して一息入れる。

そして優羽は思う。

『でも確かに下の名前で呼び合うのは気にしていたのよね。

なんか完全にそういうのを直すタイミング逃しちゃって今日までズルズルきたけれど、稲穂先輩に言われてってのは癪だけどここは乗っかるべきよね!』

「稲穂先輩はああ言っていたけれど私たちはどうする?」

優羽はさもどっちでも良いような振る舞いをする。本当は下の名前で呼び合いたくてうずうずしているがそれは頑張って表に出さないように振る舞っている。

「そうだな。確かに稲穂先輩の言うことも一理あるかもしれないけど、でも別に強制できるわけじゃないからね。無理しなくても良いよ?」

逆に翔吾のほうがドライというか、そもそも下の名前で呼び合うという行為そのものをあんまり気にしていないような感じである。そんな雰囲気の翔吾にちょっとムッとする優羽であった。これは何が何でも下の名前で呼んでやると決心した。

「べっ、別に私もどっちでも良いと思うのだけれど、こ、これは部活のためだからね。

私たちもやっぱり下の名前で呼ぶべきね。しっ、しょうがないことよ!」

『わ、私、何やってんのよ。めっちゃどもっちゃったわ。これじゃ動揺してんのバレバレじゃない……。』

「うーん。しかし改まって下の名前で呼ぶとなると結構照れるものだな。」

ここでちょっと動揺を見せる翔吾。

そんな翔吾を見てちょっと可愛いかな?

と思うのと同時に自分にも翔吾に対しても、もどかしくなってきた優羽は強硬手段に出た。

「ああ、もうじれったくなってきたわ。じゃあ私から呼ぶわね。」

一呼吸整える。そして、


「翔吾!」


勢い任せで名前を呼んだ優羽。テンションMAXで顔が真っ赤である。湯気が見えそうだ。

「あ、はい。」

呼ばれた翔吾は返事をした。そんな翔吾も真っ赤である。

「しっかし、改めて名前で呼ばれるとこれはこれですごい破壊力だな。めちゃくちゃ照れるな。」

「あははは。もう私は呼んだわよ!

こんなの先にやったもん勝ちよね!

さ、次は翔吾の番よ!

さっ! さっ!」

優羽はニヤニヤしながら翔吾に迫る!

「うわぁ。なんかとんだ罰ゲーム状態になっちゃってるけど、まあここまで来ちゃったらオレも引くに引けないよな。

じゃあオレも呼ぶからな!」

翔吾も同じように一息整える。そして、


「優羽!」


そう言ってにっこりと優羽に微笑む。

『えっ? ここで笑顔なの!?』

「た、確かにすごい破壊力ね……。

先に言ったもん勝ちと思ったけれどなんでだろう……。私のほうがダメージをたくさん受けているような気がするんだけど……。」

名前を呼ばれた優羽はまたまた真っ赤になって、腰が砕けてフラフラとちょっといい感じの椅子に倒れるように座った。

そしてこのタイミングで教室の扉が開く。稲穂が帰ってきた。稲穂も顔が真っ赤である。

「優羽ちゃん……。

確かに優羽ちゃんの言う通り、場は和むのかもしれないけど、これ、確実に入るタイミングが難しいわね。」

「なっ!?

稲穂先輩聞いてたんですか?

どこから聞いてたんですか?」

「いやいや、でも翔吾君が優羽ちゃんのことを呼ぶところだけよ。いやー、こっちが恥ずかしかったわ。でも良いもの見れたわぁ。青春やったわぁ☆」

稲穂のこのセリフに翔吾と優羽はまたまた赤くなる。


翌日。

翔吾が部室へ着いた時には稲穂とすでに10人くらいの生徒が並んでいた。

稲穂を中心として女生徒に噂が広まっていたようである。この部活はすごいということを。

もともと特例措置で始まった部活で、しかもここ何十年もこんな特例はなかったのである。それなりに注目されていたのだろう。

そして稲穂が初めてのクライアントになりあっさりサクッと問題解決したのである。稲穂を直接知っている友人は彼女が抱える問題を知っていたわけだし一気に興味が沸き上がりこの様になっているのであろう。

ゴールデンウィーク後は完全予約制になり夏休みに入るまではずっと予約がいっぱいな状態が続くのであった。

翔吾としてはぜんぜん絵が描けない……。とショボくれるがこれはしょうがないと腹をくくって対応するのであった。

その後の部活の活動内容についてはまた別の機会にということで。

そして、いよいよ優羽との初デートとなるゴールデンウィークを迎えるのであった。

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