愛燦燦

 脳神経科学では、人間の言語の研究に『songbird』と呼ばれるスズメ亜目の歌の好きな小鳥を使う。華やかな歌声で知られるヒバリなんかもスズメ亜目の一員だ。ちなみに春などの決まった季節に恋の歌を歌う小鳥達は、季節に合わせて脳の一部が大きくなったり小さくなったりする。

 しかしヒバリでなくても、大抵の小鳥達は歌好きで、そして物凄く言語が発達している……と我が愛鳥スカイくんを見ていてつくづく思う。


     ♢ ♢ ♢


「こんなの持ってこられちゃいましたよ〜」

「え? なになに?」

「よく分からないんだけど、多分ハトの雛です。庭に落ちていたのを拾ったとか……」

 六週間ほど前のこと。月に数回、保健所で避妊・去勢手術のボランティアをしている私の元へ、知り合いの職員さんがダンボール箱を持ってきた。

「もう夕方だから、野生動物保護所が閉まっちゃってるんですよねぇ。明日までもつかな、この子」

 市の保健所には犬猫から迷子馬、ヤギ、豚、鶏、牛、そして怪我をした各種野生動物が持ち込まれる。保健所専属の獣医は私の十年来の友人なのだが、彼は野生動物にはあまり興味がなく、大抵のモノはそのまま野生動物保護所行きとなる。

「ふうん、大変だねぇ」

 困り顔の職員さんの手許を覗き込む。ハチドリやカラスに比べてハトの子ではあまり面白いとは言えないが、それでも一応目の前を通り過ぎてゆく全てのイキモノに首を突っ込んでみるのは私の習性だ。どれどれ、と箱を開けてみる。怯えた様子で箱の隅にうずくまっている灰色のもふもふと目が合った。

「……コレ、ハトじゃないじゃん! カケスの子じゃん!」


 アメリカカケス(Western Scrub Jay)は北アメリカ西部に多く生息するスズメ目カラス科の鳥。成長すれば頭と翼は鮮やかなスカイブルー、肩はグレーで胸は白と中々のイケメンになる。そして何よりカケスはカラスの仲間というだけあって、ものすごく賢いのだ。以前に正直モノと不正直モノのカケスの話をしたが(『出窓の客人』参照)、カケスの仲間は鏡に映る自分の姿を見てそれが「自分」であると認識出来る数少ない生き物のひとつ。カラスは私が常々オトモダチになりたいと願っている生き物トップ5だが、カケスは小柄で面倒が見やすいぶん、ある意味カラスよりも良いかもしれない……!

「あ、和泉先生って鳥も得意なんでしたっけ?! じゃあこの子お願いしちゃって良いですか?」

「ええ〜、仕方ないなぁ、イイですよ♡」

 野生動物の保護はライセンスを持った保護所または獣医のみに許されている。ビバ特権階級。ああ、獣医になってヨカッタ……とこういう時だけは心の底から思う。


 家に帰る途中でマーケットに寄ってとりあえず人間用ベイビーフード(チキン・カボチャ・フルーツ・野菜ミックス等)を購入。カケスはやや肉食寄りの雑食で食糧の約四十パーセントが虫類や爬虫類(または他の鳥の巣を襲って手に入れた鳥肉)なので、閉店ギリギリのペットショップに駆け込んでミールワームやコオロギを買う。

 目を白黒させつつ、スポイトのベイビーフードを一瞬にして飲み尽くし、ミールワームに舌鼓を打つカケスくん。何の種類であれ、雛というモノは本当に可愛い。私はニンゲンの子なんて全然欲しいと思わないが、でももし自分で卵を産んで雛を孵すことが出来るのなら、産めよ増やせよとどこかの神の教えに従う自信がある。


 青い翼にちなんでスカイと名付けられたカケスの子は一晩で私に懐いた。ダンボール箱に入れて仕事に連れて行き、一〜二時間毎に餌をやる。ところでスカイくん、最初の日は他の獣医が「わたしもやりた〜い♪」とか言ってスポイトを見せればちゃんと反応して嘴を開けていたが、二日目以降からは私以外の人間が餌をやろうとしても決して嘴を開けなくなった。

 同僚にS先生という中国系アメリカ人がいるのだが、痩せ型なところや髪型が私に似ていて、フロントデスクのお姉さんの中には一年近く経ってもいまだに私と彼女を間違えるヒトがいる。スカイくんは二日目にしてきっちり私とS先生を見分け、彼女が私の椅子に座って私の眼鏡を掛けても絶対に騙されない。鳥の視力は確かに良いが、それを差し置いてもフロントのお姉さん達よりだいぶ賢い……と言葉にせずとも恐らくその場にいた全員が思っただろう。


 職場にいる時、スカイは決して声を立てない。お腹が空くと、ダンボール箱の壁をトントンと叩いて私に知らせるが、それ以外ではとても大人しくて、私の足元に鳥がいるなんて誰も気付かない。

「カケスってうるさい鳥なのに、この子はおとなしいね〜」と皆驚くが、実はコレ、『借りてきた猫』の姿でして。

 家に帰ってきた途端に元気になるスカイくん。まだ飛べない彼は、「ピチュ、ぴじぇじぇ、クワックエッ」などと引っ切り無しにお喋りしながら私の足元を跳ねまわっている。どうやら彼にとって私のベッドルームが安全な『巣』で、その他の場所は危険な『下界』だから敵に見つからないようにじっとしているらしい。


 我が家に来て五日で『カム』を理解したスカイくんは、ベッドの下に隠れて遊んでいる時でも、「スカイスカイスカイ、カム!」と呼ばれれば「クワックワッ」と返事しながら慌てて駆け寄ってくる。

「ベッドの下でなに悪いことして遊んでたの?」と聞くと、首を傾げてじっと私の口許を見つめている。

 しかし鳥にかかわらず、賢い生き物ほど次々と面倒な遊びを思いつくものだ。トイレットペーパーで玉乗りをして遊んでいたかと思えば、ティッシュをボロボロにして部屋中にばら撒いている。ゴミ箱を掘り返している。洗濯カゴの中で生き埋めになっている。私の履いている靴下をちょっとづつちょっとづつ引っ張って、気が付いたら大穴を開けている。かと思えばいきなり狂ったように私の足の間を凄まじいスピードでグルグルと走り回り、そして壁に激突する。無視していると、嘴と鋭い爪を使ってロッククライマーのように私の足をよじ登り、膝に上がり、更にそこから机に飛び移り、キーボードを滅多打ちしてくる。

 ダメだ。勉強も仕事も執筆も、何も出来ない。


 さすがに辟易として、スカイくんの気を逸らす為に Youtube でアメリカカケスの囀りを検索した。カケスが何やらお喋りしながら水浴びするビデオには特に関心を示さないスカイくん。私の iPadの皮カバーをムシムシと毟って遊んでいる。しかしカケスが巣に近づく狐に向かって警戒音を立てているビデオが始まった途端に、ぴたりと動きを止めて画面を凝視した。そして次の瞬間、私の腕に飛び乗ってきた。身体を硬くして、キョロキョロと不安気に辺りを見回すスカイくん。彼の足は普段はとても温かいのだが、それがスウッと冷たくなり、瞳孔が開いている。

 その凄まじい怯えように私の方がちょっとビックリした。やっぱり同種の仲間の鳴き声は『言語』なんだなぁと感心しつつ、「ごめんごめん」と謝って次のビデオをオン。

 それは、アメリカカケスの雛鳥(丁度スカイくんと同じ位の週齢)が巣の中で、親鳥に餌をねだって「ピチュチュチュチュチュ」と騒いでいるビデオだった。愛らしい雛鳥の姿にほのぼのしていると、ハッとした顔で辺りを見回したスカイが、自分も慌てて大口を開けて翼をはためかせ、「ピチュチュチュチュチュ」と喚いた。

「むむっ! どこか近くでだれかがゴハンをもらっている! ボクも出遅れてはならん!」とか思ったらしい。

 その姿に大笑いしつつ、普通の音楽をかけてみた。途端に興味を失ったスカイくん。私の指先を突ついて遊んでいる。私が普段聴いている曲(メタルかロック、またはクラッシックのピアノ曲)を次々とかけてみたが、振り向きもしない。ニンゲンの歌は、鳥にとっては『言語』ではないんだなぁ、などと思いつつ、なんとなく曲を流し続けた。と、プレイリストが小一時間ほど進んだところで、スカイくんが膝に飛び乗ってきた。そして iPadの周りをウロつきつつ、何やらそわそわした様子で胸の毛を膨らませていたかと思うと、突如歌い出した。

 それは、本当に歌うような囀りだった。

 スカイは雛らしくピーピー鳴いたりカケスらしく「クワックワッ、じぇじぇじぇ」とお喋りすることはあったが、囀ることは今まで一度もなかった。それがピルルルル、と懸命に喉を震わせている。そんなスカイくんの心に響いた歌は、さだまさしさんの『防人の詩』。

 よく分からないが、どうもさだまさしさんのあのちょっと優しく掠れたような声がイイらしい。私は声的には谷村新司さんの大ファンなのだが、『いい日旅立ち』や『群青』を聴かせても無視している。他の曲でも、さだまさしさんの歌ならいそいそと寄ってきて一緒に囀っている。そして何度も同じ曲を聴かせていたら、ちゃんと間奏の部分では黙り込み、サビの部分ではちょっと近所迷惑ではないかと思うくらい頑張って大声で歌うようになった。

 以上、嘘のような、本当のお話。やはりカラス科の知能は侮れない。



 ……それにしても、さすがに此の世に生まれて落ちて二ヶ月も経ってないようなチビが「○○は死にますか♪」とか歌っていてはイケナイだろうと思い、最近は美空ひばりさんの『愛燦燦』を教えている。

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