ウマが合う(前編)

 馬が合う、という言葉があるが、アレは本当だ。だだっ広い放牧場でのんびりと草を食べる馬達を眺めつつ、昔の人は賢いなぁ、と感心する。よく見ると、放牧場に住む七~八十頭程の馬達は皆、二~六頭ほどで構成された仲良しグループで行動しているのだ。何らかの理由で『馬が合う』彼等は、並んで干草を食べ、一緒に日向ぼっこして、背中の痒いところを互いにグルーミングし合い、ゾロゾロと連れ立って水飲場へ行く。その後姿は休み時間に手を繋いでトイレに行く女子小学生の如し。

 仲良しグループのメンバーは滅多に変動しない。新入り(新しく買われてきた馬)は、初めはオドオドと、やがてちょっと挙動不審な感じでコレゾと思うグループの周りをうろつき、上目遣いでグループ入りの許可を請う。しかし結束の固いグループほど排他的だ。素気無く無視されるくらいならまだしも、あまりしつこくすると強烈な後ろ蹴りを喰らうこともあるので、新入りは仲良しを見つけるまでは生傷が絶えない。



【 ウィローの場合 】


 私が以前にリースしていた美貌の芦毛ウィローちゃんにはタッカー君という栗毛のボーイフレンドがいた。二頭は大の仲良しで、決して他者を寄せ付けず、真夏でもぴったりと体を寄せ合っていた。大袈裟に言っている訳ではなく、本当に物理的に彼等が一メートル以上離れて立っているところを見たことがない。非常に暑苦しい。一応断っておくが、別に僻んでいるわけではない。

 しかし私の見たところ、タッカー君はウィローちゃんにベタ惚れで、それに対してウィローちゃんは割とクールに構えている感じだった。私がウィローちゃんを連れ出し、数時間後に放牧場に戻って来ると、タッカー君はいつも大声で嘶いななきつつギャロップで丘を駆け下ってゲートまでウィローちゃんをお出迎えに来る。放牧場から観えるところでウィローちゃんに乗っているとタッカー君がヒヒーンヒヒーンと大騒ぎしてウィローちゃんの気が散るので、いつも遠い馬場を使っていた。タッカー君自身がレッスン中でも私とウィローちゃんが近くを通り掛かったりすると、レッスンなんて放ったらかしでタッカー君がいななき始めるので、わざわざ彼に見つからないように遠回りする。

 因みにウィローちゃんの方はタッカー君が大騒ぎしていても軽く返事をする程度だ。放牧場に帰って来てもタッカー君の姿が見えないと一度だけ嘶き、後はタッカー君が大慌てで迎えに来るまでゲート横でのんびりと待っている。美女の余裕だ。


 そんな彼と彼女の甘い生活は突如の終わりを告げた。タッカー君が何の前触れもなく心臓発作で突然死したのだ。前日の夜は元気にギャロップでウィローちゃんをお出迎えしていたのに、翌朝には放牧場のド真ん中で冷たくなっていた。

 ウィローちゃんは少し困ったような顔で、動かないタッカー君の隣に立ち竦んでいた。


 馬は賢い。タッカー君がもう帰って来ない事をウィローちゃんは素早く理解した。タッカー君を探して嘶くこともなく、ゲート横で彼が駆け寄ってくるのを待つこともない。別に他の馬にいじめられる訳ではないが、しかし独りでひっそりと干草を食べる彼女の周りは他の馬との見えない壁と言うか、何やら透明なボッチ空間で囲まれている。

 一週間が過ぎ、ボッチ生活に耐えられなくなったウィローちゃんが新しいボーイフレンドを求めてアプローチを掛け始めた。ターゲットはペイント種のコーダ君。さり気無くコーダ君に近付いて肩の毛繕いなどをするウィローちゃんにコーダ君も満更ではなさそうだ。しかし面白くないのはコーダ君のガールフレンドのシンニーちゃん。実はこの三頭には複雑な過去がありまして。

 ウィローちゃんが初めて乗馬クラブに来た時、タッカー、コーダ、モンティと言う三頭のオトコの間で美女を巡る争いが勃発した。最終的にウィローちゃんの心を射止めたのはモンティ君だった。しかしウィローちゃんにベタ惚れしていたモンティ君は、大会等に出場する為に数日ウィローちゃんと離れるだけで心痛のあまり腹痛を起こすようになり、とうとう乗馬クラブのオーナーに恋愛禁止令を出された。つまりウィローちゃんとは別の放牧場に入れられたのだ。モンティ君がいなくなった隙にウィローちゃんに再びアプローチを掛けたタッカー君とコーダ君。第二戦の勝利者はタッカー君だった。そして二年後、タッカー君の死により再度フリーとなったウィローちゃんは、今まで見向きもしなかったコーダ君に目を付けたのだ。しかしコーダ君には既にシンニーちゃんがいる。

 仲良く毛繕いをし合うウィローちゃんとコーダ君の間にシンニーちゃんが割って入る。ウィローちゃんがそっと背後に回って反対側からコーダ君に近付こうとすると、シンニーちゃんが両耳をピッタリと伏せ、こめかみを引き攣らせ、歯を剥き出してウィローちゃんを噛もうとコーダ君越しに首を伸ばす。ガールフレンドの意地悪顔にコーダ君がやや怯えた表情を見せる。シンニーちゃんの威嚇になど気付かない風を装い、コーダ君にさり気無く身を寄せるウィローちゃん。怒っているシンニーちゃんをチラチラと気にしつつも、ウィローちゃんを追っ払おうとはしないコーダ君。

 煮え切らないボーイフレンドの態度に業を煮やしたシンニーちゃんが鼻息荒くその場を立ち去る。慌てて彼女を追い掛けて必死で宥めようとするコーダ君。その後を追うウィローちゃん。ウィローちゃんを蹴ろうとするシンニーちゃん。馬のメロドラマを飽かず眺める私。基本的に暇人なのだ。

 ウィローちゃんをリースしている立場としては彼女の幸せを一番に願っているわけですが、それにしてもアレですな。本音を言えば、もしもウィローちゃんがニンゲンのオンナだったら、絶対に友達になりたくないタイプだと思う。

 コーダ君を巡る数週間に渡る攻防は、結局シンニーちゃんの勝利で終わった。ウィローちゃんが近付くとコーダ君はやや後髪を引かれているような表情をしつつも、シンニーちゃんの機嫌を窺ってコソコソと逃げて行く。別にコーダ君が悪いわけではないのだが、しかしその何やらだらしない態度にムッとする私。コーダ君への評価はガタ落ちだ。

 コーダ君には逃げられ、シンニーちゃんには威嚇され、ションボリとうなだれて独りぼっちで干草を食べるウィローちゃん。理はシンニーちゃんにあるとは内心思うものの、自分の馬がボッチだと、何だかこっちまで寂しくなってくる。

 ウィローちゃんは友達作りが下手だったらしい。彼女はその後数ヶ月に渡ってボッチ生活を続け、彼女が精神不安定になるのでは、と心配した私は馬友ウマトモの代わりに毎日懸命に背中の痒いところを掻き掻きしてやった。


 ウィローちゃんの暗いボッチ生活に突如光明が訪れた。

 冬の早朝、放牧場にウィローちゃんを迎えに行くと、ウィローちゃんの隣で小さな白い馬が干草を食べている。ジョーイ君だ。偶然近くに居ただけかと思ったが、ウィローちゃんに縄をつけてゲートに向かって歩き出すと、ジョーイ君は干草から顔を上げて途中まで付いて来た。

「おおっ、これはもしや……?!」と胸をときめかせ、ジョーイ君にクッキーをあげて撫で撫でする私。

 三時間後に放牧場に戻って来ると、ウィローが久し振りに馬の群れに向って嘶いた。七十頭の馬の中から、小さな白い馬が駆け寄って来る。理由は不明だが、一夜にしてジョーイ君とウィローちゃんは仲良しとなったらしい。

 ところでウィローちゃんは九十頭以上いる乗馬クラブの持ち馬の中では三番目に背が高い。ジョーイ君の身長は下から三〜四番目だ。物凄い凸凹カップルの誕生だ。どうせなら同じ位のサイズの相手を探しなよ、と思ったが、しかし久し振りに相互グルーミングをしているウィローちゃんはとても幸せそうだから良しとしよう。

 ウィローちゃんの背中の痒いところまでジョーイ君の口が届いていないのがやや気になったが、まぁ見なかった事にしておく。




【 グリフィンの場合 】


 タッカー君がいなくなった時、ウィローちゃんは寂しそうだったが、しかし諦めて次に進むのは割と早かった。しかし世の中そんな馬ばかりではない。

 グリフィン君という芦毛のサラブレッドがいる。彼にはサム君という親友がいた。サム君は小柄な芦毛のアラブ馬だった。芦毛というのは英語ではグレーと呼ばれる色で、肌の色はダークグレーで毛色は白っぽい馬のことだ。多くの芦毛馬は産まれた時は濃いグレーの毛色だが、年を取るに連れて段々と白っぽくなってくる。ちなみに同じく芦毛のウィローちゃんは白に茶色の小さな点々が散らばっている毛色で、『flea-bitten grey(ノミに噛まれた芦毛)』というイマイチ可愛くない名で呼ばれる。

 ウィローちゃんほどではないが、サム君もグリフィン君もノミに噛まれた芦毛色だった。サラブレッドとアラブ馬では大きさに多少の違いはあるが、サム君とグリフィン君はまるで双子のようだった。しかし残念ながらサム君はかなりの年寄り(三十数歳)で、グリフィン君を残して死んでしまった。

 サム君を喪ったグリフィン君の悲しみは深く、彼は引っ切り無しに嘶き続け、放牧場をサム君を捜して走り回り、餌も食べなくなった。一ヶ月近く経っても全く諦めようとせず、白っぽい馬の姿が遠くにちらりと見えるだけでレッスンなんかそっちのけで嘶きながら走って行こうとするグリフィン君を見て、とうとう乗馬クラブのオーナーが、「グリフィンにショーンをくれてやれ」と言った。ショーン君とはオーナーの馬で、小柄な芦毛のアラブ馬だった。

 放牧場に連れて来られたショーン君を見た途端、一目散に駆けつけるグリフィン君。

「なんだかちょっと違う気がしないでもないけど、でももうコレでいいや!」とばかりにショーン君に張り付いた。初対面の馬にイキナリべっとりと張り付かれてショーン君も驚いているようだったが、しかし周りは知らない馬ばかり。

「……何が何だかよく分かんないけど、まぁいいか」

 ショーン君はあっさりとグリフィン君の友愛を受け入れ、出会ってから五分くらいで二頭は無二の親友となった。


 ちなみにショーン君がレッスンの為に放牧場にいない時、グリフィン君は心の平安を求めてそっとジョーイ君のそばににじり寄ってくる。

「……なんだコイツ。ウザイ奴だな」

 如何にも迷惑気なジョーイ君と我関せずのウィローちゃん。ジョーイ君に威嚇されても、グリフィン君はショーン君が戻ってくるまでは決してジョーイ君のそばを離れようとはしない。

「お前は白くて小さい馬なら誰でもいいのかっ?!」という私のツッコミはグリフィン君には届かないようだ。

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