蜘蛛・こぼればなし

 蜘蛛でひとつ思い出したことがあるので少々付け足し。



 実家に帰ると、何故かひと部屋に一匹づつハエ取り蜘蛛がいる。洗面所や廊下にもいる。トイレにまでいた。この家はやけにハエ取り蜘蛛が多いなぁ、と不思議に思いつつ廊下をぴょんぴょん跳ねているハエ取り蜘蛛を眺めていたら、通りかかった母が、「あ! 潰さないでよ」と言ってきた。

「潰すわけないじゃん」

「ジェイちゃんにも潰さないように言っといてね。ウチの大事な子なんだから」とか言いつつ母がハエ取り蜘蛛に顔を近付けた。

「むむっ、コレは廊下の子じゃない! 違う子だ!」

 そう言うなり母は器用にハエ取り蜘蛛を捕まえ、リビングルームに連れていった。

「君はこっちです」

 リビングルームに放され、ぴょんぴょんと逃げていくハエ取り蜘蛛を満足気に眺める母。どうやら彼女はそれぞれに担当区を与えて仕事させているらしい。鵜匠うしょうならぬ蜘蛛匠だ。

「最初はもっと小さかったのに段々大きくなってきて、凄いでしょ」と何やら自慢気な母。物凄い綺麗好きの癖に、ハエ取り蜘蛛の屋内放し飼いには抵抗が無いらしい。


 後日、久し振りに電話をかけると「昨日はとても大変な事があった」と真剣な声で言う。

「パパが自分の寝室で蚊取り線香を焚きすぎちゃって、ゲホゲホするほど煙モクモクだったのよ。ドアを開けたら煙がもあ〜って、寝てるパパが霞んじゃってるくらい」

「それって絶対身体に良くないって」

「でしょ〜? それでね、ドアを開けたら煙に霞んだ部屋からハエ取り蜘蛛が逃げ出してきてね、その子はもう足渡り2センチくらいに成長してて、ぴょんぴょんよく跳ぶ子だったのに、可哀相にもうヨタヨタしちゃって、ひょこっ、ひょこっ、って感じで3センチくらいしか跳べなくなってたのよ〜。廊下でしばらく休養させたら治ったけど、でももう、ホント危なかったんだから!」


 その後も国際電話でハエ取り蜘蛛が如何に危ない状態だったかを語り続ける母の口からは、父の体調を気遣う言葉は最後まで出なかった。

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