出窓の客人

 リビングルームの出窓にジェイちゃんが鳥の餌やり機を取り付けた。直径10cm高さ30cm程の透明な筒の中に餌となる種等を入れる。筒の周り数箇所に小さな穴と止まり木が付いていて、数羽の鳥が同時に啄ばめるようになっている。出窓はソファーのすぐ横なので、私は寝っ転がったまま次々にやってくる鳥を楽しめるという仕掛け。ジェイちゃんもなかなか気が利くね。褒めて遣わす。

 鳥は本当に辺りをよく見ている。翌朝にはピーピーチュンチュンと大騒ぎしながら多くの小鳥達が餌場に群がっていた。

 ミルクティーを啜りつつ次々と訪れる小鳥達を楽しむ私。

 カーテンの影で身じろぎひとつせず、じっと鳥を見つめるエンジュ。時々舌舐めずりしている気がするが、見なかったことにしておく。

 訪れる鳥は圧倒的にハウス・フィンチ(ヒワ)が多い。雄は頭と肩が朱色で雌は地味な茶色。雄の鮮やかな色合いは雌を惹きつけるが、天敵の眼にもつきやすい。命を懸けて愛に生きるなんてカサノバだなぁと感心する。

 マスクを被ったギャングのように真っ黒な顔にツヤツヤとした甘い茶色の羽、白に近いクリーム色の胸の小さな雪姫鳥が現れる。ころころと丸い体が可愛くて、黒蜜をかけたきな粉団子を彷彿とさせる。なんだか美味しそうだ。

 ミソサザイは来ないかなぁ、と期待するのだが、やっぱり来ない。

 一応断っておくがミソサザイとはサザエの壺焼き味噌風味ではない。日本の野鳥の中では最小種のひとつで、ころころしていてすっごく可愛い薄茶色の鳥だ。

 私はミソサザイのよく響く鳴き声が好きだ。ミソサザイは動物食で、種などには興味ない。一瞬この透明な筒の中に蜘蛛や羽虫やイモムシをみっしりと詰めたらどうだろうと想像してみたが、ジェイちゃんの猛反対を受けそうなので想像のみにとどめておく。

 小鳥達を蹴散らし、騒がしい声と共にカケスが舞降りてきた。綺麗な青い翼にグレーの肩、白い胸。カケスが乱暴に餌箱を突ついて大きめの種を探す。

 カケスはカラス等と同じグループに属し、物凄く頭がいい。例えばカケスは『ヒトを見たら泥棒と思え』を経験によって学ぶ。説明しよう。


 カケスはキャッシングといって、その場で食べない餌を土に埋めたり木の根元や石の隙間に隠す。

 ここにカケス太郎とカケス次郎がいたとしよう。太郎は先週次郎がどんぐりを埋めている現場に偶然出くわし、次郎がいなくなった隙に彼のどんぐりをこっそり掘り出し食べてしまった。次郎はそのことを知らない。

 働き者の次郎は今日もどんぐりをせっせと埋めている。何気無い様子を装った太郎がちらちらと横目で見ていても、次郎にそれを気にする風はない。

 気のいい次郎が新しいどんぐりを探しに行った隙に太郎は再びどんぐりを盗む。しかし盗んでみたものの、今のところ腹も減っていない。コレは取り敢えずどこか他の場所に埋めることにしよう。

 太郎が適当な場所を探していると、カケス花子がやって来た。

 太郎は花子を見て、ムムムッと警戒する。そして花子の目の届かない場所にドングリを埋め直す。花子に盗癖があるかどうかはこの場合関係無い。太郎は自分が次郎のどんぐりを盗んだ経験があるので、花子も自分のどんぐりを盗むのではないかと思うのだ。自己の内面を他者に投影する。コレは賢い。

 正直者の次郎は自分が他者のドングリを盗んだ経験が無いので、まさか太郎がそんな事をするなんて夢にも思わず警戒しない。逆に不正直者の太郎は他者も自分のように腹黒いのではないかと疑う。『ヒトを見たら泥棒と思え』である。


 この研究結果を知って以来、カケスがキャッシングするのを見る度に私は足を止め、じ〜っとカケスを観察する。私の粘っこい視線に気付いたカケスが嫌な顔をしてドングリの埋め場所を変えるなら、「あ、コイツは不正直者の太郎カケスなのだな」と思う。私や他のカケスがそばにいても全然気にしないようなら、「あ、この子は正直者の次郎くんなのね」と思う。そして次郎くんの心がこの世知辛い世で白いままでいられるよう、心から祈るのだ。


 それにしても気になるのは、太郎くんである。

 彼は何故腹黒い不正直者になってしまったのか。

 彼の過去に一体何があったのか。

 幼少期のトラウマか、親の育て方が悪かったのか、悪い友達のせいか。


 私の読んだ文献にはそこまで書かれていなかったが、研究はされている筈だと思う。知っている方がいたら、是非教えて下さい。

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