階級の壁
2LDKの我が王国には厳然たるカースト制度が存在する。
頂点に燦然と輝く
敬虔なる
===越えられない壁===
妖精(チュチュ・トカゲ・蜘蛛・山鳩等)
これは別に私が主張しているわけではなくて、エンジュと吹雪の理解によるところが大きい。しかしジェイちゃんはこれが気に入らない。彼の主張によると我が王国の階級図は以下のようになる。
トップ:傍若無人かつ横暴な
次席:女王の性格を色濃く受け継ぐ我儘な
同:有能な愛され系執事ジェイちゃん
===越えられない壁===
執事の仕事を増やす物の怪共(チュチュ・トカゲ・蜘蛛・山鳩等)
つまりジェイちゃんはエンジュと自身を同等とみなしているのだ。その発想、ヒトとしてなにやらどことなく間違っているような気がしないでも無いが、放っておくことにする。幾度も言うが、神は下々の事情など気にかけないのだ。
しかし越えられない壁を越えようとするジェイちゃんに対するエンジュの目は厳しい。下男如きが第一市民と肩を並べるなんてあってはならないことなのだ。見えない壁の存在は階級間の摩擦を呼び、かくして紛争は勃発する。
「エンちゃんッ! エ〜ン〜ちゃんッ」
朝っぱらから家の外でジェイちゃんが何やら喚いている。まだ八時前ではないか。近所迷惑だ。
「エンジュがなかなかトイレしない!」とプンプンしながらジェイちゃんが家に戻って来た 。
「少しぐらい待ってあげなよ」
「昨日も今日も十分近く待たされた! 吹雪は二〜三分でコトを終えるのに!」
「便秘気味なんじゃないの?」
「いいや、絶対にワザとだ。嫌がらせだ」
私の犬は全て号令と共に二分以内にオシッコ&ウンチをするように躾られている。散歩の途中でチョロチョロと二〜三滴のオシッコをあっちこっちにひっかけて回るとか、絶対に許されない。ここ、と私が指差した場所で制限時間内に全て放出しなければならない。
「そんな可哀相に、オシッコくらい好きな所で好きなようにヤらせてあげなさいよ〜」と我が母などは言うが、朝の忙しい時間や車で長距離移動の時など、この躾は非常に役に立つ。そもそも犬嫌いのヒトの玄関近くで愛犬がシャーとかやっちゃったら気不味いでしょう? 世の中動物好きばかりじゃない。ややこしいヒトに絡まれると色々と面倒なのだ。
エンジュによる嫌がらせ説を譲らないジェイちゃんのために、仕方無く外に出て玄関横のウッドチップを敷き詰めた土を指差す。
「Go pee & poo!」
約一分二十秒でミッション・コンプリート。トイレットペーパーで拭いてもらおうと大人しくお尻を突き出すエンジュ。
「ほら、ちゃんとやるじゃん」
「……それはイズミだからだ。僕の時はワザとやらないんだ。意味もなくあっちこっち匂い嗅いだりするんだ。ひどい時なんか僕が呼んでも無視して、空を眺めて
「空を眺めて黄昏れるなんて風流じゃん。流石エンジュ」
「そう思うなら明日からはイズミが朝のトイレの面倒みてよねっ」
「……」
それはイヤダ。朝は寒いし眠い。雨が降ってたりすると泥足を拭いてやらなくちゃいけないから面倒臭い。仕方無い。私はにっこりと微笑んでジェイちゃんを諭す。
「あのね、コレくらい言う事を聞かせられないようじゃ、一生エンジュには認めてもらえないよ? 階級の壁を越えられないまま、ジェイちゃんは永久に下僕認定だよ? 執事になりたいんでしょ?」
「……僕は執事になりたいわけじゃない。王様とは言わないけど、せめて騎士くらいになってヒトビトに敬われたい」
ジェイちゃんが無謀な夢を語る。しかしあえて突っ込まない。
「じゃあさ、これくらいで挫けずに、もっとこう威厳をもってビシッとしようよ。そしたらきっとそのうちエンジュだって認めてくれるからさ」
嘘だ。威厳や神オーラとは持って生まれたモノ。いくらヘタレのジェイちゃんが威張ってみたところで、エンジュにウザイ奴認定されるのがオチだ。しかしそうとは知らず、ジェイちゃんは私の言葉にふむふむと頷く。彼は非常に素直なのだ。イイ歳してこの素直さ、これで世知辛い世を渡っていけるのかと時々心配になる。悪いヒトに騙さられちゃダメだよ、ジェイちゃん。
「じゃあ、と言う事で、これからも朝のトイレよろしくね」
「……」
微妙に納得のいかない顔をしたジェイちゃんを尻目に、私はサッサと家に帰る。
「エ〜ン〜ちゃんッ!」
朝トイレから帰って来たジェイちゃんとエンちゃんが今度は何やらリビングルームで騒いでいる。見れば何の事は無い、ソファーの奪い合いだ。二人掛けのソファーのド真ん中に陣取りありったけ手足を伸ばしているエンジュ。対するはソファーに座ってテレビを観ながら朝食のシリアルを食べたいジェイちゃん。
「どけっ」とジェイちゃんが喚く。ピクリとも動かず聞こえないフリをするエンジュ。ジェイちゃんがエンジュの頭の横の隙間に無理矢理腰を下ろす。エンジュがムグググ、と変な唸り声を上げながら頭でジェイちゃんのお尻を押す。
押しくら饅頭している二匹の横に神登場。神もソファーでメールチェックしながら朝食が食べたいのだ。エンジュがサッと飛び退き神に場所を譲る。ゆったりとソファーに腰掛けた神の邪魔にならないよう後退しつつエンジュが忙しく尻尾を振る。バサバサと尻尾がジェイちゃんの頭を殴る。
「エンちゃんッ」
ジェイちゃんがエンジュのお尻を肩で押す。エンジュが尻で押し返す。
「エンジュ! OFF!」
シリアルをエンジュの尻尾から守りつつジェイちゃんがソファーから下りろと命令する。エンジュ黙殺。
ウルサイ。朝っぱらから全くゆっくりしない。
私が無言でチラリと犬用ベッドに目を遣ると、エンジュが素早くソファーから飛び下り、犬用ベッドに座る。私は滅多に声でエンジュに命令を下すことはない。その必要が無いからだ。エンジュは私の視線ひとつで全てを察し、素早く行動する。非常に優秀なのだ。飼い主の贔屓目でなく、これより賢い犬は見たことがない。エンジュの隣ではどんな犬でも馬鹿にみえる。まぁ詳しくはまた後ほど。
「エンちゃんはイイ子ちゃんねぇ〜」と満足気な私の隣でジェイちゃんが忌々しげに舌打ちする。
「性格最悪。ブリブリのぶりっ子」
「賢い動物はヒトを見るんだよ。ジェイちゃんの人徳が足りないんじゃないの?」
「でもイズミなんかソファーに寝転んで命令するばっかりで、普段面倒をみてるのはほとんど僕じゃないか!」
まぁそりゃそうだけど。しかし残念ながら此の世は弱肉強食。強きが弱きを貪るのは世の常なのだ。
ジェイちゃんが乾燥機の中の洗濯物を抱えて二階に上がる。エンジュが嬉しげについていく。エンジュは柔軟剤の匂いが大好きだ。ジェイちゃんがベッドの上で畳もうと広げた洗濯物に向かってエンジュが豪快にダイブする。
「ヤメローっっ」と喚くジェイちゃんに構わずエンジュが洗い立てのパンツにスリスリする。腐臭漂う枕は嫌う癖に、洗い立てなら破れかけのパンツでも許容範囲内らしい。
「はぁ〜、あの二匹はウルサイねぇ」
ミルクティーを啜りつつ、隣でゆったりと日向ぼっこする吹雪を撫でてやる。
吹雪が私を見上げ、ハタハタと軽く尻尾を振る。
自他共に認める第三市民の吹雪くん。
俗世の権力争いに興味を示さず、第三市民の地位に甘んじる彼が、この家で一番のんびりと幸せそうだ。
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