採血
朝起きてパキパキと関節を鳴らしたら左腕に鈍痛が走った。むむっ、何事?! と思いよくよく見れば、肘の内側が紫及び緑色の抽象画になっている。チッと舌打ちした。昨日病院で血液検査の為に採血したのだ。
いつも思うのだが、ニンゲン用の看護師さんというのは何故あんなに採血が下手なのか。きっと上手いヒトだって沢山いるのだろうが、滅多にニンゲンの病院に足を踏み入れない私は必ず下手なヒトに当たる。もうホント、必ずなのだ。
「因果応報じゃないの?」
ここぞとばかりにジェイちゃんがニヤつく。失礼な奴だ。自分で言うのもナンだが私は採血メッチャ上手いんだぞ。どんな極細血管でも一発だ。
それにしても昨日のオバさん看護師さんはヒドかった。私が猫だったら彼女の顔はバリバリに引っ掻きむしられているところだ。まず私の血管を見た彼女の第一声が、「あら〜、あなたって痩せているから血管がコロコロ動き易そうねぇ」
あ、ヤバイな、と思った。失敗する前からイキナリ予防線張ってんじゃん、このヒト。こういうヒトはジェイちゃん相手なら、「あら〜、血管が肉に埋まっちゃってて見にくいわね〜」とか言うんだろう。
そして予感的中。嫌な予感に限って良く当たるのだ。
もう刺すわ刺すわ、ブッスブッスと丸切り見当違いのところに刺しまくる。ちょっとオバさん、直径六〜七ミリはある立派な血管が目の前にあるのに、なんで1センチ以上ズレた所を刺すねん?! 極度の乱視かっ?!
しかし外面だけはイイ私は仏様のように穏やかに微笑み、ただひたすら生温かい眼でオバさんの手元を見守る。
十分経過。流石にオバさんもヤバイと思ったのか、「あっら〜、あっら〜」と言う手元がふるふる震え始めた。全く、アッラーの神に祈りたいのはこっちだよ。
血管がコロコロしちゃって〜、と再び言い訳してきたので仕方無く、「あのですね、そういう場合は、左手の親指の側面を血管の横に添えて、右手に持った針は反対側の横斜め上から入れると良いですよ」と助言した。
「あら、あなた、看護師さんなの?」と聞かれ、無言の私。私が何者でもいいからサッサとしてくれ。こっちだって暇じゃないんだ。
恐々と針を血管に近づけるオバさん。見てるこっちが怖くなってくる。
「……あのですね、針はプスっと一気に入れた方が血管が逃げなくて入りやすいと思いますよ」
「そうよね、分かってるんだけど」
分かってるならサッサとしてくれ。
オバさんが息を詰めるとブスッと思い切りよく針を突き刺した。ぴゅっと血が真空の採血管にはいる。オバさん興奮。興奮のあまり手が揺れる。針が抜ける。
「あらあらっ!」と悲鳴をあげつつオバさんが針を入れ直そうと血管を突きまくる。アッチコッチに穴を開けられ、哀れな我が血管はズタボロだ。内出血で肘の内側があっという間に青くなる。こりゃダメだ。
「……あのう、こうなったら一度針を抜いてしばらく止血して貰えます?」
流石の私も声が低くなる。オバさんが慌てて針を抜く。手際が悪いので自分で止血する。数分後、内出血で真っ青になった左腕を二人で無言で見つめる。
あら〜、とオバさんが溜息をついた。
「ちょっとこっちは無理そうねぇ。右腕見せて貰える? 右腕は難しいんだけどねぇ」
ナンデッ?! と思わず叫びそうになった。右でも左でも同じだろう?! ってか、生後三週間の仔猫の大静脈に一発でカテーテル入れるのに比べたら、前足後ろ足口の五つの武器を駆使して攻撃してくるオス猫から採血することを思えば、ウズラの翼の内側の直径1.5ミリの血管に静脈注射することを考えれば、毛剃りを嫌がる頑固な飼主のムクムクのサモエドの首から採血するのに比べれば、こんなの超簡単じゃん! 私の腕には毛は生えてないし、噛みも蹴りもしないよ?!
「……わかりました」私は溜息をついた。「針貸してください」
二分後、たっぷりと血の入った採血管をオバさんに渡して病院を出た。
人生何事も練習が大切だ。獣医であれ看護師であれ医者であれ、初めっからイキナリ上手いヒトなんていない。でも出来れば練習台にはなりたくないなぁと心の底から思うのだ。
私の練習台となった我が家の動物達に感謝感謝。ちなみにジェイちゃんもその中の一匹だ。
やはりこれは因果応報か。
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