フレンチ・モデル

「……吹雪が下痢した」

 ミルクティーを飲みつつソファーで寛いでいる私の元に、ジェイちゃんが暗い顔で報告に来た。

「だから言ったじゃん。今日は気温が23度超えるから、吹雪をランニングに連れて行っちゃダメだって。ヒート・ショックで下痢するって言ったのに、神の警告を聞かなかったジェイちゃんが悪い」

 吹雪はその名の通り、ホワイト・ジャーマン・シェパードだ。しかし仔犬の頃は真っ白だったが、大人になるにつれて耳の先と背骨の辺りが何と無く薄黄色くなってきて、吹雪の後の輝く雪原というよりは、ちょっとオシッコをひっかけられた雪を彷彿とさせる。まぁサモエドやらスピッツでもない限り、白い犬が黄色くなってくるのは仕方ないんだけどね。歳を取ったらまた白髪になって白くなるでしょう。

 所々やや黄色味を帯びてはいるものの、吹雪は凄いイケメンだ。同時に生まれた十一匹の兄弟姉妹の中から、一番私好みの骨格と性格の犬を選んだのだから当たり前と言えば当たり前だけど。

 私は狼風に姿形の整った犬が好きだ。イケメンなら多少性格に難があっても許す。しかしフレンチブルドッグやパグも好きだ。ブヒブヒと鼻を鳴らしながらクシャっとした顔で尻尾を振られるともうメロメロだ。すでに犬というよりは大きめのラットに近いチワワの出目金も異星人のようで可愛い。(チワワ飼っている方、すみません。)顔も性格も悪くても、それはそれで個性があって可愛いと思う。つまり全く節操がないのだ。

 話を戻すと吹雪くん、ルックスもサイズもまさに『もののけ姫』に出てくる犬神そのもの。シェパードにあるまじき大きさで、犬というより仔馬だ。スラリと痩せてはいるが、体高はメスのグレートデンと同じくらいある。私が吹雪と散歩していると、人は皆、道を渡って反対側にいく。怖いんだろうなぁと思う。車に乗っている人は徐行して見ていく。よそ見運転で轢かないでね、と思う。

 しかしその凄まじいルックスにも拘らず、吹雪は胃腸と精神がガラス細工ばりにデリケートなのだ。少しでも暑い日に二十分以上走らせると下痢をする。家に友人が遊びに来て興奮しただけで下痢をする。道端でチワワに吠えられただけでショックで下痢をする。勿論餌は処方箋を必要とする特殊なモノで、オヤツは氷だ。普通の犬用クッキーなんか食べたら一週間はピーピーだ。

「……だってまだ朝だったし、そんな暑くないと思ったんだけど」とジェイちゃんが俯き加減で僅かに口を尖らせる。

「朝ってもう十一時過ぎてんじゃん。九時過ぎてたらアウトだって言ったでしょ」と私は冷たい。

 吹雪が突如立ち上がるとヒンヒンと泣きながらドアへ走って行った。

「ほらっ、漏れる前に早く早くッ」

 私に急き立てられ、ジェイちゃんがトイレットペーパーを掴むと慌てて吹雪を外に連れ出す。数分後、お尻を拭かれた吹雪がホッとした顔で帰ってくる。水を一口飲んで五分後、また泣きながらドアに走っていく。ジェイちゃんが追いかける。

「今のはオナラだった」と言いながらジェイちゃんと吹雪が帰ってきた。吹雪はオナラとホンモノの違いが分からないらしく、下痢をしていない時でもオナラをするためだけに夜中にジェイちゃんを叩き起こして外に出ることがある。

「オナラというモノを理解できたら、吹雪の犬生ももう少し楽になるのになぁ」とジェイちゃんが溜息をつく。

 そんなことが数回繰り返され、とうとうジェイちゃんが軽くキレた。

「あのねっ、オナラは家の中でしてもいいの! いちいち外に出なくて大丈夫だから! ホラ、手伝ってあげるから」

 ジェイちゃんが立ち上がると吹雪のお腹に手を回して下っ腹を押さえる。

「……」

 今度は中身入りだった。

 私とエンジュに白い目で見られつつ、ジェイちゃんが無言でクローゼットからカーペットクリーナーを取り出す。

「もう、オムツ付けなよ」

 見兼ねて使い捨てのパッドを付けた犬用オムツをジェイちゃんに渡す。

 スラリと高身長のイケメン吹雪が黒地にラメがオシャレな犬用オムツを装着した姿は、これはまさに……!

「……フランス人の男性用ビキニのモデルみたい」

 ビキニを穿いてゴキゲンの吹雪をジェイちゃんが散歩に連れて出る。行く先々で人々が足を止め、笑いながら写真を撮っても良いかと聞く。


 人気者のフレンチ・モデルは今日も忙しい。

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