“0” -XI-
「・・・・・・はー泣いた泣いた、やっぱり泣くと気分が落ち着いていいねぇ。あんたも少しはすっきりしたかい?」
「え、あ、うん・・・・・・楽になったよ、だいぶ」
「そうかい、そりゃよかった」
あっけらかんとそう言って離れる母の顔には、たしかにもう悲しみの色は浮かんではいない。
(・・・・・・いや、悲しい別れはイヤだったけど、こう、サバサバした別れってのもなんだかなぁ・・・・・・)
どうしてこんなにも感情の浮き沈みが激しいのだろうか。・・・・・・いや、それは俺が言えるセリフじゃないわな・・・・・・
母と自分の共通点と意外に気づき、照れに言葉が喉に詰まる。しかしせっかくの時間を無駄にしたくはないので、適当な話題を才人は投げることにした。
「・・・・・・ところで母さん、さっきのが“当たり前”ってんなら、俺になんて言ってほしかったのよ?」
「そうねぇ・・・・・・ホントは最後なんだから、子供の頃みたいに母ちゃん大好き、愛してる! とでも言ってほしかったんだけど・・・・・・まあ、ヌケてるあんたにそんな気遣いができるわけないからね、さっきのでも上出来だよ」
「いやいや、息子を行かせないようにって縛ろうとしてた母さんに言われたくねえよ・・・・・・だいたいこんなトシでそんなの恥ずかしくて言えねえし、・・・・・・それに・・・・・・」
呆れながらも応え、途中でしまった、と自分の発言に気付くが、しかし時既に遅し。
「それに? ・・・・・・なんだい、途中で止めたら気になるじゃないかい。ちゃんと言いなさい」
まるでなにを言おうとしたか知っているかのように、言い淀んだ自分の言葉をニヤニヤしながらほじくり返してくる母。まったく敵わないなぁ、と思いながらも、言われたとおりに才人は言葉を続ける。
「・・・・・・それに、“好き”も“愛してる”も、あいつにあげる言葉になっちまったから・・・・・・」
「ふぅん、なかなか言うようになったじゃないの。・・・・・・ルイズちゃんだったわね、その子の名前。帰ってこれたら連れてきなさいよ。あんたが好きな子、母ちゃんも見たいからね」
「・・・・・・うん、連れてくるよ。・・・・・・帰って、これ、たら、ね・・・・・・」
「・・・・・・おい才人、時間の方は大丈夫なのか?」
ふと突然会話に入ってきた声に振り返ると、ドアにもたれかかった父がこちらをじっと見つめていた。
途端、先程自分が母に抱きつき思いっきり泣いていたことを思い出し、才人は恥ずかしさに離れようとするが・・・・・・しかし、それよりも慌てた母が才人を突き飛ばすほうが早かった。
「・・・・・・ッ!? 母さん、いきなりなにすんだよ!!」
「あ、ごめんね才人。お父さんがヤキモチ焼いたらいけない、と思ったらつい・・・・・・」
「おいおい、息子に嫉妬するほど面倒な男じゃないぞ俺は。母さんはよく記憶が混ざるからな。才人、真に受けるんじゃないぞ」
「あらひどい、ちょっとうっかりするからって人をボケたみたいに言わないでよ。いいかい才人、いつもあんたの前では黙ってすましてるお父さんだけど、ほんとはすごくムッツリでヤキモチ焼きなんだよ。・・・・・・そうそう、あんたがいなかった時なんかもね・・・・・・」
「あー悪い、俺が悪かったよ。だから母さん、その話は勘弁してくれ・・・・・・」
食器棚の角に後頭部をしたたかにぶつけ痛みに呻く才人をよそに、珍しく慌てる父と勝ち誇ったような顔で腕を組む母。
───すこし前なら、自分そっちのけで繰り広げられる会話に不満の一つでも口にしていただろう。
しかしいま才人は、その騒がしさに母の愛が、父の優しさが滲んでいることを知っている。自分がいなくても、なにも心配することはないのだと、いまこうして父と母は言外に伝えてくれているのだ。
(・・・・・・そっか、そうだよな。愛されてたんだな、おれ・・・・・・)
誕生日の夕飯時には、必ず自分の好物をところせましと作ってくれた母。プレゼントに腕時計をくれたのは中3の一度きりだったものの、それもその時父が長期の単身赴任だったから。・・・・・・いつもより早めに帰ってくる父に、欲しかったゲームや漫画を渡されたときの喜びは・・・・・・いまでもよく、覚えている・・・・・・
「・・・・・・ははっ、ははははははっ・・・・・・」
「どうしたの、いきなり笑いだして。どこか変なとこでも打った?」
「いや、大丈夫だよ母さん。・・・・・・父さん、ありがと。あと少しで間に合わなくなるところだったよ」
心配してくる母に言葉を返し、才人は父に向き直る。・・・・・・もう思い残すことはただ一つ。さっき車の中で払いのけた、父の手のことだけだ。
「父さん。さっきはごめん、振り払うようなことして」
「ん? ああ、まだそんなことを気にしてたのか? 別にお前が誤解してないなら、父さんが気にする理由はない。・・・・・・それより、俺こそすまなかった。もう、頭を撫でられるような子供じゃないものな、お前は」
最初からこうするべきだったよと、近寄っていた父は才人の隣に並び、背中をバシバシ叩いてくれた。母のように包み込んでくれるような優しさはないけれども、負けないくらい大きく力強い愛に、才人は思わず顔をほころばせる。
「・・・・・・父、さん」
「ん、なんだ? ちなみにお前がなにを言っても、父さんは頑張れとも返って来いとも言わないからな。それはすべて、お前が自分で決めることだ」
「うん、分かってる。・・・・・・だから父さん、ありがとう。おれ、父さんの息子で良かったよ」
「! ・・・・・・おいおい、湿っぽいのは好きじゃないってのに、最後の最後で泣かせるようなセリフを言うんじゃない。・・・・・・まったく困ったドラ息子だよ、お前は。代わりといってはなんだが、活くらいは入れてやる」
そう言うなり、一段と強くバシンと自分の背中を叩く父。じんじんとひりつく熱が体中に巡るにつれ、不思議とガンダールヴのルーンに負けないくらいの勇気が、自分の中に満ちていく。
「い、痛てぇ・・・・・・母さんには突き飛ばされて父さんには叩かれて、今日さんざんな目にあってるんだけど、俺・・・・・・」
「まあそういうな、父さんの手だって痛いんだからおあいこだ。・・・・・・このくらいしかしてやれなくて、すまなかったな」
「いや、十分すぎるよ。・・・・・・父さん母さん、ありがとう。じゃあ俺、行ってくる」
「ああ、行ってこい」
頭を下げて感謝の気持ちをつたえ、才人は父と母に別れを告げる。
「・・・・・・才人、ちょっと待ちなさい!」
しかし、ドアを開けて廊下に出ようとしたその時、母が自分を呼び止めた。なんだろうか、と思い振り返ると同時に、母が自分の胸に飛び込んできた。
「・・・・・・うん、これで大丈夫。風邪ひかないように、しなさいよ?」
ぎゅっと強く自分を抱きしめ深呼吸をひとつすると、ぱっと離れる母。再びこぼれそうになる涙をこらえながらも笑顔を浮かべてみせる。
「ありがとう。それじゃ母さん、行ってくるよ」
「ええ、行ってらっしゃい」
改めて母に別れを告げ、今度こそ二人に背を向け才人はダイニングを後にする。・・・・・・いろんなものを。本当にいろんなものを、二人にはもらった。いま胸を満たすこの気持ちだって、出立には十分すぎる土産だ。
何度も握ってきた階段の手すりをつかみ、二階へと向かう。一段一段と登るにつれこみあがってくる悲しみも、温かいだけでもう怖くはない。
(・・・・・・俺にとって一番縁のある場所、か・・・・・・まあ、たしかにそれだと、ゲートが開くのは俺の部屋しかない、か・・・・・・)
考えてるうちに部屋の前に着き、ドアを開ける。
・・・・・・サーシャが言ったとおり、門はまるで元からそこにあったかのように、真正面に堂々と鎮座していた。
(・・・・・・これをくぐれば、ハルケギニアに・・・・・・)
夢じゃないよな、と思わず手で触れてみようとする。しかしに宿る戦友が待ったをかけたのか、伸ばした腕は途中でピタリと止まった。
“・・・・・・相棒、繰り返すが必ず行けるわけじゃねえ。それを分かってて、行くんだな?”
「・・・・・・なんだよ、そんなに難しいのか?」
確認するように問いかけてくるデルフリンガーに才人は聞き返す。愛刀は陰りを漂わせながらも、言葉を返してくれた。
“みたいだね。運がよけりゃ行けるくらいかなーと思ってたんだが・・・・・・前、ルーレットとかいうのやっただろ、嬢ちゃんが大金すった時のやつ。あの数字を一つ選んで当てるくらい。いや、たぶんもっとむずかしいよ”
「ふーん。・・・・・・ま、なるようになるさ」
“おいおい、ちゃんと話聞いてたのか!?”
「聞いてたよ。でもやっぱ俺、行きてえんだ」
そう告げた瞬間、体の制御が返ってくる。手足が動くことを確認してから、才人は戦友に謝った。
「悪いなデルフ、また俺のわがままに付き合わせちまった」
“い、いや、おりゃあ別にどうとでもなるけどよ・・・・・・でも、ほんとにいいのか? 違う世界に飛ばされたらどうすんだよ”
「その時はその時さ。ご主人サマが待ってるかもしれねえってんなら、何十分の一だろうが何百分の一だろうが行くっきゃねえだろ」
“・・・・・・でも、でもよ。次元のはざまに呑まれでもすりゃ、ずっと死ねずにサーシャみてえにさまようことになるぜ? あいつみてえに後悔する相棒なんて、おりゃあ見たくねえよ・・・・・・”
「大丈夫だって、何があっても後悔なんてしねえから」
“・・・・・・分かったよ。けど相棒、最後に一つ聞かせてくれ。なんでそう言いきれんだ?”
飛び込むためか身構え始める才人に心配が薄れたのか。渋々と了承してくれたデルフリンガーに才人は自信満々に笑みを浮かべる。
「おいおい、そんなの決まってるだろ?」
───深呼吸を一つ。腕を振り、大きく足を上げながら───
「
───少年は叫び、翔け・・・・・・そして───
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