勝手にゼロの使い魔 22巻
カゲヤマ
第一章
以下未修正
"大災厄"
第一章 聖戦の果てに
時は少し、溯る。
こちらはアディール郊外。
「うっ・・・・・・」
「大丈夫か?」
「はい、なんとか・・・・・・」
銃士隊隊長に手を引いて身体を起こされ、水精霊騎士隊を任された少年、レイナールは立ち上がり辺りを見回す。先程の地震は強烈で、もう立っていられないほどの揺れに自分は足元を取られた。今まで相手取っていたエルフも体勢を崩し、地べたに転がっている。
レイナールは先手必勝とばかりに素早く杖を取り再び呪文を詠唱するが、横たわるエルフの戦士は跳ね起きるなりそれをかわすと、即座に先住魔法を詠唱する。
「この世のすべてを包み込む大気よ、この地に吹き荒れる風よ・・・・・・」
来るか、とレイナールは回避に備え身構えるが、それは徒労に終わった。相手が唱えた魔法はどうやら攻撃のためのものではないらしく、辺りの空気がエルフの戦士の足元に集う。圧縮された空気が膨張していき、爆音と共にエルフの戦士の姿は一瞬でレイナールの視界の端まで移動し、そのまま森の中へと消えていった。
仲間の退却に気付いたか、エルフたちはみな一様に詠唱を始めた。次々とその足元に空気が集まり圧縮され、辺りに土煙を撒き散らしながら戦士たちは去っていく。
「・・・・・・」
一瞬の出来事にレイナールは絶句した。戦略的な一時的撤退と思っていたが違う。ハルケギニアで恐れおののかれているエルフが、精霊に対する敬意も自らの誇りも捨て、蛮人と嘲る自分たちから本当に逃げ出している。そんなことがありえるのか?
「何をやっている。立ち尽くす暇があったらさっさと負傷者の確認と手当に向かえ」
アニエスに軽くどやされ、近くにいた傭兵の負傷した足に簡易な水魔法をかけながらもレイナールは考える。
エルフたちは光が昇っていた場所を見ていた。その顔に浮かんでいたのは明確な怯え。
何だ? あそこには一体何がある? エルフを恐れさせる程のものなんて・・・・・・。
レイナールの思考は、そこで止められた。
唐突な耳をつんざくような爆音に、レイナールは振り返り音の出所を目視する。先程エルフたちが見ていた浮島から爆炎が上がり、少し遅れて淡い閃光が撒き散らされていた。
なんだこれは。
レイナールがそう思うのも無理はない。オレンジの閃光は球状に広がっていき、ゆっくりと認識できる速さで広がっていく。光は触れた海水を瞬時に蒸発させ、眼前に広がる青い海を干上がらせてレイナールにその危険性を明示する。
あれは危険だ。逃げなければ、逃げなければ。
でも、どこに・・・・・・?
身体を動かすどころか、もう思考する時間も与えられていない。
そして閃光は留まることを知らず、レイナールたちをも飲み込んでいった。
こちらはアディール、執務室。
「閣下、サハラ全域の民間の者たちの避難が完了しました。これでひとまずは安心です」
ビターシャルが扉を開け、入って来るなりそう告げる。“大災厄”を目の当たりにし人口の半数を失った六千年前のエルフたちは、もうこのような被害がでないよう備え、地下に避難所をこしらえたという。ビターシャルはそこに目をつけ、民衆を逃げ込ませるよう指示を下したのだった。
「“大災厄”の影響が地下に及ばなければ、じゃがな・・・・・・」
「閣下」
「しょうがないじゃろ、我々は“大災厄”が何かを知らないのじゃから。六千年前の事実を今引き出せるわけがなかろうに・・・・・・」
ネフテス統領の老エルフは、机に肘をついてため息をつく。もうこれで地表に残っているのは“大災厄”を恐れず、国に身を捧げる覚悟を持った勇敢な戦士を残すのみとなった。
「で、戦況はどうじゃ」
「指揮系統が“大災厄”のことで混乱しており、確かな情報ではありませんが・・・・・・」
「よい」
「・・・・・・空では竜騎士たちがロマリア軍の足止めに手こずっております。第一、第二艦隊と主力部隊がほぼ壊滅しているうえ敵が守りに入っており、“聖地”に短時間で向かうのは困難でしょう。何騎かは包囲網を突破したとは聞いているのですが・・・・・・」
「陸軍は?」
「アディール内には数百人程が残ってくれました。郊外の援軍は蛮人たちに大災厄を悟らせないよう、未だ大勢を戦わせております。どちらも危険を感じた場合、任意で離脱するように言ってあります」
「そうか、ご苦労だったな」
「いえ、ひとえにエスマーイル殿が一人切り盛りしているお陰です。わたしはただ閣下にお伝えしただけに過ぎません。ここも危険です。さあ、我々も地下へ・・・・・・」
「わしはここに残るよ」
「・・・・・・閣下? なぜです?」
ビターシャルは窓越しに空を眺める。海中に突如現れた島から放たれていた光の筋はとうの昔に消滅している。だというのに地揺れは激しさを増す一方で、“悪魔”たちの詠唱が成功したのか、失敗したのかは分からない。
「わしにはこのネフテスの統領たる責任がある。国のために、その誇りのために命を懸けて戦い、留まっている者がいるというのにわしが逃げるわけにはいかんよ。それに“大災厄”が何か知らないいま、どこに逃げても無駄のような気がするのだ。もしも“大災厄”の正体がとてつもなく巨大な地揺れだとしたら、地下に逃げた民衆は真っ先に潰されて死に絶えるだろうて。他にもいろんな可能性がある。ほれ、考え出したらきりがない」
「・・・・・・では、わたしも共に残りましょう」
「それはありがたい。実は老いぼれ一人にはこの部屋はちと広すぎてな、仕事もせず手持ち無沙汰でいると静かすぎてつい寂しくなってしまうんじゃよ」
言葉に軽い冗談を混ぜながら、テュリュークはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
まったく、この方には敵わないな・・・・・・。
ビターシャルはそんな老エルフの姿を見ながら思っていると、唐突な地揺れが起こった。
「閣下!」
叫び近寄ろうとするが、立つことが出来ない。大きい。既に何度か大きい地揺れはあったが、今回のものは桁が違った。
山のような書類が舞うなか、ネフテス統領はとっさに精霊魔法を行使した。傾いていく床がピタリと止まるが、一時的なものだ。
蛮人のフネによる砲撃と突撃で、カスバは深刻なダメージを受けている。いまはテュリュークが大地の精霊の力を無理矢理引き出して何とか持ちこたえているが、もうこの“カスバ”に契約は施されていない。ネフテス統領以外誰も先住魔法を唱えることは出来ないため、精霊の加護が消えればこのカスバは倒壊する。
そして、これだけ巨大な建物を老エルフが支えられる時間はそう長くない。
「ここはわしが食い止めよう。ビターシャルくん、残る者に退避命令を・・・・・・」
「・・・・・・必ず戻ります。閣下、どうかご無事で・・・・・・」
言うなり、ビターシャルは矢のように執務室を飛び出していく。
しかし彼が再び執務室に戻る前に、すべては光に包まれた。
そして、こちらは“聖地”周辺の上空。
“聖地”を離れたコルベール一行の乗るシルフィードは、道中でロマリア空軍の包囲網を破った竜騎士に何度も見つかった。顔は既に割れているのだろう、竜騎士たちは問答無用とばかりに先住魔法を放ち、かれこれ何度目かの死闘が始まっていた。
「ミスタ・グラモン、もう少しだ! もう少しでジュリオくんが我々を見つけてくれる!それまでなんとしてでも耐えるのだ!」
コルベールは声を張り上げこの中で唯一戦える教え子を鼓舞するが、現状は厳しい。教え子の韻竜の上に乗るのは、シエスタ、ティファニア、ギーシュ、コルベール、そして、この場にいる皆が“見知らぬ”桃髪の女の子の5人。
戦えるのは五人のうちたったの二人。だが、その二人も既に満身創痍だった。
“僕には少し用事があるので、先に行っていて下さい。傷ついているとはいえ、こちらのアズーロの方がまだ速いからすぐに追いつきます”
そう言って、ロマリア神官の繰る風竜は自分たちから離れていった。あとひとりふたりはこちらに回してほしかったが、教え子の韻竜は先の人形との戦いで疲弊しきっている。5人も乗せてこうやって飛んでいるだけでも十分な働きだ。
今度の敵はたったの一騎。今まで散々雲を利用して撒いたり不意打ちを繰り返してエルフたちを退けてきたが、この竜騎士はかなり手強い。退却は何度も試みたが、いずれも失敗に終わった。ならば、この場で援軍を呼ばれる前に倒すしかない。
ギーシュに防御を任せてコルベールは必死に杖から炎を迸らせるが、竜騎士には掠りもしない。
(今はシルフィードくんが足場を安定させてくれているから何とか戦うことができているが、このままではいずれミスタ・グラモンが防ぎきれなくなってしまう・・・・・・!)
戦い始めて相当の時間が経ったはずだが、未だ竜騎士は援軍を呼ぶそぶりは見せていない。もうそろそろあちらも精霊との契約が切れる頃だ。あと少し耐えさえすれば、竜騎士はもう一度精霊と契約を行う。恐らくその隙がこの竜騎士を倒せる唯一の方法だ。
魔法の無駄打ちで消耗している素振りを見せ油断を誘い、そのときに一気に叩く!
「きゅいきゅい、しっかりつかまるのね!」
思考中も攻撃は止まない。竜騎士の放つ小さな竜巻を、シルフィードは自分の背に乗る者たちのことを考え最小限の動きで再び避ける。彼らは精霊の力を借りて詠唱を行うので、空中では風を操る魔法しか使えない。なので、攻撃は自然と単直なものになる。
しかし、相手も流石のエルフだった。
竜巻をかわしたと思った直後、別方向から風の塊が飛んできた。恐らく相手はこの戦いの中で韻竜の飛行パターンを把握し、回避直後の座標を予測してそこに先住魔法を仕掛けていたのだ。
「きゅいッ!」
死角だったらしく頭を殴られ、シルフィードは大きくよろめく。背中に乗る全員がバランスを崩し、次々と大空へ放り出される。
5人それぞれが違う方向に落ちていき、竜騎士の口元が嗜虐的な笑みに歪む。狙われたのは、気を失っている桃髪の少女。コルベールが“フライ”を唱えようとするが、あまりにも距離がありすぎて間に合わない。先住魔法を唱え、竜騎士は魔法を飛ばす。
「させるものかあッ!」
才人から預かった女の子。絶対に傷を付けるわけにはいかない!
少女を襲う風の刃を、ギーシュはとっさに身体を滑り込ませ“ブレイド”で受け止める。 ・・・・・・が、やはり先住魔法は強く、風の刃に押し負けて杖がどんどん眼前に迫ってくる。
「くっ!」
杖から伸びる魔力の刃が額に触れ、ギーシュの眉間を鮮血が一筋伝う。このままでは風の刃と自らの杖でバラバラにされる。
しかし受け流すわけにはいかない。後ろにいるのは、戦友の忘れ形見だ。頼むと言われた。ならば自分の命に代えてでも・・・・・・!!
「少し身体を引かないと、その金髪が燃えちゃうわよ」
突然、声がした。直後に狙い澄ましたように炎球がギーシュの鼻先を掠め、風の刃を熱気で散らしていく。コルベールからの援助かと考えたが、それにしては彼我の距離がありすぎる。ということは・・・・・・
「キュルケ!」
「あらギーシュ、柄にもないことやってるじゃない」
そう言うとキュルケはアズーロから飛び降りた。竜騎士は新手の敵を目視すると、雲の中で少し長めの詠唱を行い、落ちてくるキュルケに回避不可能の巨大な竜巻を放つ・・・・・・。
「油断」
「!?」
しかし背後からの声に、竜騎士の意識は奪われた。放つ直前だった竜巻の威力を抑え、忍び寄っていた影に向けようとするが、一瞬速く空気の塊に身体を跳ね飛ばされた。エルフ語で何か叫びながら(恐らく罵声だろう)竜騎士は落ちていき、見えなくなっていった。
「ふう・・・・・・、うわっ!?」
ギーシュはほっと息をついて、自分と少女もただいま絶賛落下中なことに気付いた。慌てて桃髪の少女を抱えながら自身も“フライ”を唱え、高度を下げてやって来るシルフィードの背に足を下ろす。
コルベールはというと両脇にメイドとハーフエルフを抱えながらも、ゆっくりとだが“フライ”で上昇している。
「やあ、待たせたね。それにしても探しましたよ、きみたち見当はずれの所に飛んでいくものだからね」
「しょうがないし、それにこれでも良い方よ。ジャンがシルフィードとタバサを別々にしていなかったら、今頃互いの位置が分からなくてギーシュはバラバラになってたわ」
月目の少年の駆る風竜が、シルフィードの隣に翼を並べる。キュルケとタバサはアズーロの背に戻る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
周囲に敵の姿が無いことを確認すると、辺りに沈黙が漂う。互いに顔を向け合うことも無く、ただひたすら皆俯く。カスバでの地下牢の時のように、誰かが口を開くこともない。立て続けに生死の狭間で戦っていたからこそ、今まで思考の隅に追いやることができていたこと。
・・・・・・・・・才人は、もういない。もう、いないのだ。
“ギーシュ、ルイズを頼む”
最後に戦友が向けた瞳を思い出す。アルビオンの戦もガリアの戦でも散々見てきた。あの目は、死にに行く者の目。
大切な何かのために、自分のすべてを投げうつ覚悟を決めた目・・・・・・。
ギーシュは視線を落とす。そしていま戦友の“大切な何か”は、自分の腕の中で静かに眠っている。その足の先は点滅し続け、今では足首までが消滅している。今まで見たことも聞いたこともない症状。だが心配はしていない。きっと、才人はこの女の子の症状を止める“何か”をするため、あの場に残ったのだ・・・・・・。
そのとき、爆音がギーシュの脳天を揺らした。振り返ると、地割れの中から爆炎が立ち上っていた。
あそこには才人がいる。・・・・・・いや、才人がやってくれたのだろう。その証拠に、桃髪の少女の足元に光が集まり始めた。光は少女の存在しない足の先を形作り、うっすらとした輪郭の中に色が溶けていく。ゆっくりとだが確かに・・・・・・ズの足は元通りになっていく。
不思議な事象はそれだけではなかった。学院で少女と共に学んだ。そして春の使い魔召還のとき、少女が使い魔として才人を呼び出した。それから・・・・・・。
少女と過ごした記憶が、一瞬のうちにギーシュの頭の中に流れ込んだ。どうやらそれは自分だけではないらしく、気づけばいつの間にか皆食い入るように・・・・・・イズを見つめていた。
「・・・・・・わたし、サイトさんに、なんてこと、言ったの・・・・・・? ミス・ヴァリエールのことも、忘れてたのに、“信じてる”なんて・・・・・・、わたし、わたし・・・・・・」
崩れ落ちるシエスタに、ギーシュは無言で腕の中の少女・・・・・・ルイズを差し出す。
「ごめんなさい、ミスヴァリエール、ごめんなさい、サイトさん・・・・・・」
何度もそう繰り返しながら、気を失ったままのルイズをシエスタは固く抱きしめる。ルイズはまだ起きない。その白い頬が、大粒の涙に濡れていく。
「こんな、こんなことがあってたまるか、あまりにもひどすぎるよ・・・・・・」
悲痛なマリコルヌの言葉に、ギーシュも背を向け涙を流す。戦友は、才人は・・・・・・。
直後、地割れから閃光が放たれ、ギーシュたちは光に飲み込まれた。
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