エピローグ?
『みんなー! 最終回の二時間スペシャルはどうだった? 面白かった? キミの好きな話は入ってたかな?』
そう言ってチトセは微笑み、すぐに真面目な顔になる。
普段はおちゃらけてばかりのDJチトセ。その彼女が見せる真剣な瞳は、番組の終了が間もなくであることを雄弁に物語っていた。
『三年間続いた学園小唄も、もうすぐ終了です。
番組を開始した頃はまさかこんなに長く続くなんて思ってなかったし、第一回からずっとDJを担当させてもらって、こんなに幸せなこともありませんでした。
私の持ち込んだ企画を受け入れてくださった諸先輩方、番組を作るために協力してくれたスタッフのみんな、そして何より、番組を応援してくれたリスナーのみんな。本当にありがとう!』
声しか伝わらないのに、リスナーに姿が見えることなどないのに、それでも感謝の想いを込めて、チトセは深々と頭を下げる。
『私は今日で卒業するけど、私とこの番組が、みんなの思い出に――青春の1ページになってくれたなら、こんなに嬉しいことはありません。
何年か経って「ああ、こんなお昼の放送があったなあ」と思い出してくれたら、それほど幸せなことはありません』
普段は人前で涙を見せたりしないDJチトセ。そんな彼女の眼が潤んでいたからといって、それをからかう者はこの場にはひとりもいなかった。
『みんな、ありがとう。そして、お元気で!』
DJチトセが顔を上げる。その顔に涙はない。あるのは満面の笑顔だけだ。
『三月○×日、快晴。
小春日和のこの良き日に――学園小唄は、本日この時をもって、終了いたします』
最後まで彼女らしく、笑顔で、明るい声で、チトセは番組の終わりを告げた。
それが三年間続いたお昼の放送――「学園小唄」の最後の一言となった。
※ ※ ※
「お疲れさま!」
防音仕様の扉を押し開けて、DJチトセが元気よくブースを飛び出した。
「おつかれー!」
ブースの外にいた仲間たちがいっせいに声をあげ、拍手する。
突然の拍手の波に囲まれて、チトセは照れたようにはにかみながら「ども、ども」と軽薄におじぎをしていった。
「先輩。三年間お疲れ様でした」
チトセの後輩に当たる放送部員の女の子が、花束をチトセに手渡す。
チトセは一瞬驚きの表情を見せて、それから満面の笑顔で花束を受け取った。
「先輩のDJ姿もこれで見納めと思うと寂しいですね」
後輩が涙ぐみ、その愛らしい姿にチトセは思わず苦笑してしまった。
「泣くな泣くな。これが今生の別れってわけじゃないんだから」
そう言ってチトセは後輩の頭を「くしゃくしゃ」と撫でてやる。チトセの声が微かに鼻声になっていたが、それをからかう者はひとりもいない。
「私だけの力じゃこんなに長く続けることはできなかったよ。みんな、本当にありがとう」
花束を胸に抱き、深々と頭を垂れる看板DJ。
そんな彼女の(珍しく)殊勝な姿に、仲間たちは慌てふためく。
「やめろよ恥ずかしい。別に俺たちだけの力じゃないって。脚本を書いてくれた文芸部や、ドラマの演出やってくれた演劇部、それに進んでドラマに参加してくれた生徒たちみんなのおかげだよ」
一同を代表して、放送部部長である男子生徒が、チトセの肩にそっと手を置く。
「でも、一番の功労者はなんといってもチトセだ。入学式当日に部室に駆け込んできて『私はこういう番組をやりたい!』とか叫んで先輩に企画書を叩きつけたことなんて、今や伝説と化してるからな」
「やめてよ、もう」
耳まで真っ赤にして照れまくるチトセ。
普段は勝ち気な彼女だから、昔話をされて恥ずかしさにうろたえる姿が妙に可愛くて、部長は笑いながら言葉をつづける。
「今日でこの放送室ともお別れだけど、チトセはDJを続けろよな」
「あたりまえでしょ。こんな楽しいこと、誰がやめられますかっての」
その言葉に一同は爆笑する。それでこそ我が放送部の星・DJチトセだ、と。
「今日は疲れたろ。あとは俺たちがやっておくから、チトセは先に帰っていいぞ」
「そんな、悪いよ」
「いいから、さっさと行けって」
背中を押されるように出口へと追い立てられるチトセ。何を言っても聞いてくれない雰囲気を察し、しぶしぶ部長の言葉に従うことにする。
「忘れ物だ!」
そう言って、部長は筒状の物体をチトセへと投げてよこした。咄嗟に手を伸ばしたチトセが、その筒をキャッチする。
「それ忘れたら卒業できなくなるぞ」
部長の言葉に、その場にいた全員が笑い声をあげる。
「……それじゃみんな。元気でね」
長方形の紙が入った細長い筒と、両手いっぱいの大きな花束を抱えて、チトセは出口の前で再度一礼した。
誰ともなしに拍手が起こり、その音が彼女を暖かく包み込む。
彼女が抱えている円い筒。中に入っているのは、卒業証書。
卒業式が行われたこの日、少女は三年間在籍した放送部を引退した。
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