第13話 交換日記

 みなさんは交換日記をしたことがありますか?

 私は長い学生生活の中で、ほんの三ヶ月間だけ、男の子と交換日記をしていたことがあります。


 私は昔から引っ込み思案で、男の子と面と向かってしゃべることが出来ませんでした。そんな私でも人並に異性に興味はあって、いつか彼氏ができたら交換日記をしたいと密かに思っていました。

 最近はSNSを使って男の子とデジタルな交流をする人が多いけれど、私は断然アナログ派です。好きな人と、手書きの手紙や日記をやり取りすることに、私はずっと憧れていました。

 そうして交換日記に憧れていた私は――今にして思えばバカなことだと思いますが――交換する相手もいないのに、ひとりで交換日記を書き始めました。


『内気で小心者の私ですけど、良かったら私と交換日記をしませんか?』


 日記の最初のページに私はそう書きました。

 もちろん相手がいないので返事が来るはずもありません。

 ……そう、返事が来るはずなどなかったのです。

 翌日、机の中に入れっぱなしにしていた交換日記を何気なく開いて、私は驚きに言葉を失いました。


『僕で良ければ喜んで。交換日記しましょう』


 書き忘れているだけなのか、それとも故意に書かなかったのか。その文章には署名がなかったので、相手が誰なのかはわかりませんでした。

 机に入れっぱなしにしていたノートに、いつの間にか返事が書かれていた。

 普通に考えればそれは不気味なことなのかもしれません。

 ですが、このときの私は返事がきたことが嬉しくて、そんなことなんてまるで気になりませんでした。

 こうして私は、どこの誰ともわからない男の子と交換日記をするようになったのです。



 交換日記と言ってもたいしたことは書いていません。

『今日は友達と何をして遊んだ』『体育の授業がマラソンで辛かった』……書いてあるのはそんなたわいも無いことばかりでした。

 でも、そんな何でもない話が私は楽しくて仕方がありませんでした。

 普通なら人に言えないようなことも、日記の中では言えてしまうのがとても不思議でドキドキしました。

 思えば私が自分の夢を他人に語ったのは、この交換日記に書いたのが初めてのことでした。


『私、将来は教師になりたいんだ』


 彼は『絶対いい先生になれるよ』と書いてくれました。そして、自分には将来の夢がないことを少し悲しんでいるようでした。

 だから私は『きっといつか君にも素敵な夢が見つかるよ』と書きました。

 彼は『ありがとう』と答えてくれました。

 こうして約3ヶ月の間、私たちは交換日記を続けました。



 一度も顔を合わせたことのない私たちですが、いつしか私は彼を異性として意識するようになっていました。たぶん彼も、私と同じ気持ちだったと思います。

 だから、交換日記が終わることになったのは、たぶん私が原因なのでしょう。

 私は日記に『新しく来た教育実習の先生がとてもかっこいい』と書きました。すると彼は、明らかに不機嫌な調子で返事を返してきたのです。

 すぐに焼きもちだとわかったので、私は嬉しくて楽しくて、その後も教育実習の先生がかっこいいという話題を書きつづけました。

 そんなある日、教育実習の先生がひったくり犯を取り押さえるという活躍をしました。

 私はさっそく日記に事件のことと『やっぱり先生はかっこいい』ということをつらつらと書き連ねました。

 そして翌日、日記にはこう書かれていました。

『どうしてそんな嘘をつくんだよ。そんなに僕をからかって楽しいのか』

 彼は『そんな事件なんて起こっていない』と言い張りました。

 先生の活躍は全校集会でも紹介されました。この学校の生徒なら知らないはずがありません。だから私もムキになって『どうしてそんな嘘つくの?』と聞き返しました。

 そうして私たちは初めてケンカをして……交換日記はどちらからともなく書かなくなってしまいました。

 それは、どちらかが「ゴメン」と一言謝れば元に戻れるような、そんな些細なことでした。



 名も知らぬ彼との交換日記が途絶えてすぐ。憧れていた教育実習の先生も、実習期間を終えて学校を去ることになりました。

 先生は、最後の授業で学生時代の思い出話をしてくれました。

 いつものように優しい口調で、先生は語ります。

「僕はこの学校の卒業生で、実はこの教室で授業を受けていた時期があるんです。その当時、僕はひとりの女の子に恋をしていました」

 先生の好きだった女の子は、教師になるのが夢でした。

 先生は彼女と交換日記をするうちに、自分も教師になりたいと思うようになりました。


 先生の「教師になりたい」という夢は、彼女が与えてくれたものでした。


「だから僕は彼女にお礼を言いたい。僕に夢をくれてありがとう。あの時、嘘つきよばわりしてゴメン。君は何も悪くないのに、酷いことを言ってしまって本当にゴメン。今さら言っても遅いかもしれないけれど、僕はずっと、あなたのことが好きでした」




 私は新しい交換日記を買いました。

 時空を越えて交わし合った、あの日の交換日記の続きを、新しい日記の1ページ目に書きました。

 交換日記を胸に抱いて、これから私は好きな人に会いに行きます。

 私が交換日記に何と書いたのか……それは、ナイショです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る