第12話 自転車に乗って

 我が校の自転車置き場は戦場だ。

 特に下校時の混雑は、私のような可憐でか弱い女子生徒には地獄だと言っても過言ではない。

 狭い駐輪スペースに大量の自転車が所狭しと並べられている中から愛車を掘り出すのは、女の細腕ではかなりの重労働だった。

 と愚痴を言ってもはじまらない。私は駐輪スペース最深部に埋もれた愛車を掘り出すべく、赤の他人の自転車を手前から順序良く左右に寄せ始めた。

 そうやってわずかな隙間を作りながら、どうにか自分の自転車までたどりつくことに成功。「ふう」と安堵の息を吐いて、自転車の鍵を外すべくその場に屈みこむ。

 そのとき、私のおしりが近くにあった見ず知らずの自転車を押してしまった。


 がしゃん、がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ、がしゃん。


 見事なドミノ倒しで、十台以上の自転車が倒れてしまった。

「……しくしく」

 泣きそうになるのを必死に堪えながら、倒れた自転車をひとつひとつ立て直す私。やりたくないことをやらされている時って、どうしてこんなに辛く感じるんだろ……。

 苦労の末どうにかこうにか自転車を元通りに並べ直した私は、再び自分の自転車へとにじり寄り、細心の注意を払いながら鍵を外した。

 カチャリ。今度は自転車を倒すことなく、無事に鍵を外すことに成功した。

 ひと安心した私は、おもむろに自転車を外へ出そうとして……私の自転車の後輪が、隣の自転車と接触してしまった。


 がしゃん、がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ、がしゃん。


 ……泣きそうだった。

「そこでなにやってんだ?」

 声をかけられて振り向くと、そこには「無口で大人しい」と評判の同級生の男の子が立っていた。どうやら彼もこれから下校する所らしい。

 彼に問いかけられた私は、無言で将棋倒しになっている自転車の列を見つめた。私の視線を辿るように、彼も将棋倒しになった自転車の惨状を眺め見る。

「……元に戻すの手伝おうか?」

 私は無言で頷いた。

 影が薄くてパッとしない男の子だったけど、この時ばかりは格好良く思えた。




 一時期、彼が私のことが好きだという噂が流れたことがあった。

 しかし、率直に言って、私はおとなしくて影の薄い彼のことをあまり意識したことがなかった。

 彼とは特別親しいわけじゃない。それどころか、同じクラスでありながらほとんど会話をしたこともない。こうして一緒に自転車を直している今だって、彼は無言のまま黙々と作業を進めていた。

「お前の自転車ってどれ?」

 やっと自転車を並べ終えたところで唐突に彼がそう言った。

 私が自分の自転車を指差すと、彼は何も言わずに私の自転車のハンドルとサドルに手をかけ、軽々と持ち上げた。

 それは、大人しくて優しいだけが取り得の彼が、不意に見せた逞しさだった。

「ほら、ここなら大丈夫だろ」

 そう言って彼は、自転車置き場の外に私の自転車を移動してくれた。ここまで移動すれば、他の自転車にぶつかる心配はないだろう。

「あ、ありがと」

 私が礼を言うと、彼は「うん」と小さく頷いて再び自転車の海の中へと戻っていった。

 どうやら彼の自転車も、自転車置き場の奥深くに閉じ込められているらしい。無数の自転車を掻き分けて、道を作りながら前へ前へと進んでいく。

 そんな一生懸命な彼の背中を眺めながら……私は無意識に話しかけていた。

「一緒に帰ろうか」

「えっ」

 驚いてその場で振り返る彼。その勢いで彼の腕が近くの自転車にぶつかる。


 がしゃん、がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ、がしゃん。


「あ」

 無口な彼が一言ぽつりと呟いて、そのまま呆然と立ち尽くす。

 彼に悪いと思いながらも、私は、笑顔になってしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る