第11話 伝説の曲がり角

 とある高校には「伝説の樹」なるものが存在するらしい。

 卒業式の日に、その木の下で好きな人に告白すれば必ず両思いになれるという、まさに夢のような伝説だ。

 そして、私――春日シズカが通う高校にも似たような伝説があった。

 その名も「伝説の曲がり角」。

 それは、校舎の一階にある何の変哲もないL字型の廊下。そこで男の子とぶつかったら、ぶつかった二人は必ず両思いになるという。まさに乙女の夢が詰まった曲がり角。

 というわけで、私は朝も早くから「伝説の曲がり角」で息を潜め、憧れの夏川先輩が通りかかるのを今や遅しと待ち構えていた。

「チコクチコク、チコクチコク」

 いつ先輩とぶつかってもいいように、曲がり角の片隅でブツブツと呪文を練習する私。この呪文を唱えながらぶつかるのが、ここでの伝統的なならわしなのだ。



 先輩との出会いは一週間前。

 幼馴染である秋島コウタを応援するために、私は彼が所属するサッカー部の練習試合を見に行った。

 そこで私は、フォワードとして活躍する夏川先輩を目撃してしまったのだ。

 卓越した反射神経でディフェンスの鋭いタックルを軽々とかわし、ときどきボールを空振りするようなドジな一面も見せながら、ここぞという場面ではビシッと決める。

 そんな夏川先輩の勇姿に魅せられた私は、あっという間に恋に落ちてしまった。

 そこで、私の幼馴染であり、夏川先輩とは親友でもあるコウタにお願いして、先輩がこの曲がり角を通るように仕向けてもらった次第である。

 伝説の曲がり角が持つ魔力、本物かどうか私が試してあげる!

 かくして、先輩と両思いになるべく曲がり角の片隅で闘志を燃やす私だった。



「来た!」

 廊下の奥から夏川先輩がやってくるのが見えた。コウタと一緒に歩きながら、先輩がこちらへ――伝説の曲がり角へと近づいてくる。

 ……って、なんでコウタも一緒なのよ!

 さてはアイツ、私の邪魔をするつもりなのね。どうして私と先輩が恋仲になるのを邪魔しようとするのか理由はさっぱりわからないけど、そうは問屋が卸さないんだから!

 小声でコウタに罵声を浴びせつつ、私は物陰に身を潜め、飛び出すタイミングを見計らう。

 ここは伝説の曲がり角。この場所でぶつかった二人は必ず両思いになるという、恐ろしい魔力に満ちた危険地帯。だから、飛び出すタイミングを誤ってコウタとぶつかったりした日には目も当てられない。タイミングを見計らう私も必死だった。

 そうして息を潜める私の耳に、近づいてくる二人の話し声が聞こえてきた。

 二人の話題は……どうやら、好きな女の子のタイプについてのようだ。

「夏川って付き合ってるやつとかいるの?」

「いないよ。なんで?」

「いや、お前ってどういう子が好きなのかなって思ってさ」

 話を振られて、驚いたのか夏川先輩が言い淀む。

 ナイス質問だ、コウタ! コウタがどういう意図をもってそんな質問をしたのかはわからないけど、それは間違いなく私が今一番知りたい情報だった。

 物陰に隠れながら、耳をダンボのように大きくする私。

「俺が好きなのは……」

 うう。早く答えてよ、先輩。

 先輩の好みのタイプを聞きたかったけど、どうやらそれを言うよりも早く、二人は曲がり角に到着してしまいそうだ。ちぇっ、仕方がない。話は先輩と両思いになってからゆっくり聞いてあげる。

 私は慎重にタイミングを計り……先輩と出会い頭にぶつかるべく、曲がり角から勢いよく飛び出した!

「チコクチコク――!!」

「うわっ」

 突然の出来事に驚く先輩。そして――。



 大好きな夏川先輩の特徴、その1。

『卓越した反射神経で鋭いタックルを軽々とかわす』


「チコクチコク――!!」

「うわっ」

 ひょい。

「あーれー」

 哀れ、必殺のタックルをかわされた私は、あえなく壁に激突した。



 大好きな夏川先輩の特徴、その2。

『ボールを空振りするようなドジな一面も』


 私のタックルを見事にかわした先輩は、しかし、そのままよろけるように背後に倒れてしまった。

「おっとっと」

「おい夏川、大丈夫か……うわっ!」

 夏川先輩の背後には、コウタがいた。

 どっしーん。



 大好きな夏川先輩の特徴、その3。

『ここぞという場面ではビシッと決める』


 伝説の曲がり角でぶつかり、まるでコウタを押し倒すような格好で倒れてしまった夏川先輩。

 そのまま二人はしばし見つめあい……


「コウタ。実は俺、ずっと前からお前のことが……」

「夏川。本当は俺もお前のことを……」



「い――――や――――!!!」



 ありえない失恋の仕方に、泣きながら走り去る私だった。

 伝説の曲がり角、おそるべし。


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