第10話 名前を間違える男
自慢じゃないが、俺は女子にモテすぎてとても困っている。
何が困るって、連日ゲタ箱に入っているラブレターの処理に困る。バレンタインデーでは大量のチョコの処理に困る。よく友人から「イヤミにしか聞こえない」と言われてしまうが、本当に困るのだから仕方が無い。
そんな俺の座右の銘は「来るものは拒まず、去るものは追わず」。
だから、告白されたら付き合うし、別れようと言われれば後腐れなく決別する。それが俺――佐伯トモヤの生き様だった。
もちろん、そんな生き様をしていれば同時期に複数の女の子と付き合う事態になることも少なくない。いや、そういう状態であることの方が多いと言ってもいい。
それでも俺は、付き合っている女子に二股を悟られたことは一度たりとも無かった。女の子を傷つけるようなことは絶対にしない。それが俺のポリシーなのだ。
「だったら二股なんてするなよ」とは友人の弁だが、女子の味方である俺としては、勇気を出して告白してくれた子を邪険に扱うなんてとても出来ない相談だった。
というわけで俺は、モテすぎが原因で困っていた。
放課後の帰り道。
俺は、昨日告白してきたばかりの女子とさっそく一緒に下校していた。
このとき俺は、彼女と楽しく会話をしながら、心の中でこんなことを考えていた。
……この娘の名前、なんだっけ?
昨日から付き合いはじめた彼女の名前がどうしても思い出せず、俺は内心で冷や汗をかいていた。
落ち着け。よく考えろ。
表面上は和やかな会話のキャッチボールを楽しみながら、内心では今まで付き合ってきた女子の名前を片っ端から挙げていた。
「先輩とこうして一緒に帰れるなんて、なんだか夢みたいです」
可愛らしくはにかむ彼女。
先輩だって? そうか、この娘は俺の後輩なのか。俺に告白してきた後輩と言うと、武田、森永、岩下……だめだ、心当たりが多すぎる。もっと絞り込むためのヒントはないのか。
「それにしても、俺のいったいどこがそんなに気に入ったわけ?」
少しでも情報を多く引き出そうと、俺はさり気なく質問する。
彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめながら、小声で俺の質問に答えてくれた。
「前に私が重い荷物を運んでいたときに、先輩が手伝ってくれたことがあったじゃないですか。そのときに『ああ優しい人だな』って思って……」
女の子には優しくするのが俺のポリシーだ。従って、そういう行為は日常茶飯事で行っているため、心当たりが多すぎて情報としてはまったく役に立たない。
他に手がかりはないのか。そう考えたとき、まるで雷のように、ある想像が俺の脳裏に閃いた。
ひょっとしたら、彼女は俺と付き合うことになっておしゃれをしてきたのではないか。彼女の印象が昨日と違うから、顔を見ても名前が思い出せないのかもしれない。
そう考えた俺は、ひとつの賭けに出た。
「ところでさ、なんか昨日と印象違うよね」
「そ、そうですか? 思い切ってコンタクトにしてみたんですけど……変ですか?」
「いやいや 変じゃない、全然変じゃないよ。そっちの方がいいよ」
眼鏡! そうか眼鏡か! 後輩で眼鏡をかけていた娘というと、たしか林、篠原……そうだ、加藤だ! 思い出したぞ、加藤だ!
ようやく胸のつかえが取れた俺は、これまで心ここにあらずだった分も挽回しようと、気合を入れて可愛い後輩・加藤との会話に花を咲かせる。
「ホントホント、加藤には眼鏡よりそっちの方が似合ってるって」
「……私、田中ですけど」
まちがえた――――っ!!
頭から血の気が引いていく俺の目前で、後輩・田中の表情が見る見る不機嫌になっていく。
「彼女の名前を間違えるなんて……ひょっとして先輩、私の他にも付き合ってる女の人がいるんですか?」
刺すような視線で俺をにらみつける後輩・田中。なかなか鋭いところを突いてくる。
「い、いやだなあ。二股だなんてそんなわけないだろ」
「目を逸らしながら言っても説得力ありません。だいたい付き合ってる相手の名前を間違える理由なんて、二股をしている以外に考えられないじゃないですか。さあ、どうなんですか。はっきりしてください、山田先輩!」
「……俺、佐伯だけど」
…………。
「そ、そうですよね! 別に名前を間違えたからって二股をしている理由にはならないですよね。そうそう、そうですよ。いやだなあ、もう。あははは」
何かやましいところでもあるのか、必死に俺から目を逸らしながらそんなことを叫ぶ田中だった。
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