第9話 LOVE POTION

 オカルト研究部部長の彼女は、人付き合いがとても苦手でした。

 彼女はとても美人でしたが、それに輪をかけて高飛車で傲慢でわがままで尊大な性格をしていました。

 常に他人を見下す態度をとっていた彼女には、当然のごとく友人らしき友人はいませんでした。また、彼女自身も特に他人と仲良くしようとは考えていませんでした。

 そんな孤高の存在だった彼女が――ある日突然、恋に落ちてしまったのです。

 彼女は困りました。何しろ今まで人付き合いというものを徹底して避けていたのです。好きな相手に対してどう接すれば良いのか、彼女はまったくわかりませんでいた。

 彼女が好きになったのは、同じオカルト研部員で一年後輩の男の子でした。

 とても心根の優しい少年で、彼女がどんなに理不尽で傲慢で高飛車な物言いをしても、彼はいつも笑顔でそれを受け止めてくれました。そんな優しい彼に、彼女はいつしか心惹かれていったのです。

 少年のことを想うと彼女は夜も眠れませんでした。少年のことを想うと彼女の胸はいつも張り裂けそうになりました。彼女はいつしか、少年と恋人同士になりたいと願うようになりました。

 しかし人付き合いの苦手な彼女は、どうすれば彼の心を射止められるのかまるでわからず、三日三晩悩みつづけて――そして閃きました。


 そうだ、惚れ薬を作ろう。


 前向きとは言いがたい発想でしたが、彼女は真剣でした。

 オカルト研の部室には『ばったもん』と評判の魔道書がありました。藁をも掴む思いの彼女は、それを参考にして惚れ薬を精製しました。

 幸いなことに部室にはコーヒーメーカーがあり、部員それぞれが自分専用のコーヒーカップを持ち込んでいました。

 彼女は彼のカップの内側にそっと薬を塗りこみました。あとは彼がこのカップを使うのを待つだけです。

 そして、チャンスはすぐにやってきました。


 放課後。

 意中の少年と部室で2人きりとなった彼女はおもむろに言いました

「のどが渇いたわね」

 尊大な彼女の態度に、しかし後輩である少年は慣れているのかすぐに気をきかせて席を立ちます。

「それじゃコーヒーでも入れましょうか」

 ニヤリ。

 予想通りの展開に彼女は心の中でほくそ笑みます。そんな彼女の陰謀を知る由もない少年は、素直に2人分のコーヒーを用意しました。

 互いに自分のカップでコーヒーを飲み……それからしばらくは無言の時間が流れました。

 普段なら沈黙など気にならない彼女でしたが、このときばかりは薬の効き目が気になって妙にそわそわしていました。

 ちらり。

 彼女はさりげなく少年の顔色をうかがいます。

 普段は照れ屋の少年が、珍しく彼女の顔をじっと見つめていました。

 恥ずかしがり屋の彼が私のことをじっと見つめている! そう思うと彼女は嬉しくてたまりませんでした。

「あの、先輩……」

 いつも笑顔を絶やさない少年が、珍しく真剣な面持ちで話しかけてきました。

「先輩のことが、好きです。僕と付き合ってください!」

 嗚呼、黒魔術万歳。

 心の中で快哉を叫びながら、しかしそんな素振りはおくびも見せずに、少女は平静を装って答えます。

「そう。どうしても言うのであれば、私としては別段拒否するような理由はないのだけれど」

 彼女はとことん人付き合いが苦手でした。



     ※          ※          ※



 少年はとてつもない照れ屋でした。

 照れ屋だったので、大好きな先輩に告白することがどうしてもできませんでした。それでも先輩と付き合いたくて、三日三晩悩みつづけた彼は……ついに閃きました。


 そうだ、惚れ薬を作ろう。


 かくして彼は、部室にあった『ばったもん』と評判の魔道書を参考にして惚れ薬を作りました。

 幸い部室には部員専用のコーヒーカップがありました。彼はこっそり先輩のカップに薬を塗り、チャンスを待ちました。

 そして今日。とうとう先輩は惚れ薬入りのカップでコーヒーを飲んだのです!

 いつも冷静な先輩が、コーヒーを飲んでからというもの妙にそわそわし始めました。少年と目が合うと、慌てて視線を逸らしました。

 やった、惚れ薬が効いているんだ!

 そう思うと少年は嬉しくてたまりませんでした。

 少年はこのチャンスを逃すまいとばかりに、思い切って打ち明けたのでした。


「先輩のことが、好きです。僕と付き合ってください!」


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