第8話 追試

 先日行われた国語のテスト。女子で赤点を取ったのは見事に私ひとりだけだった。

 ちなみに男子で赤点を取った者はいないので、クラスで赤点は私ひとりだったとも言える。

 普段は優しい担任もこの時ばかりは言ったものだ。

「今度の追試でも赤点だったら留年だからな」

 かくして、担任と私の二人しかいない放課後の教室で、進退を賭けた追試という名の一大決戦が始まろうとしていた。


 さすがに留年だけは勘弁してほしいと思った私は、この日のために徹夜で試験対策を行った。私が今まで生きてきた中で、これほどまでに努力をしたのは初めてのことだ。

 机の中、ポケットの中、筆入れの中、シャープペンシルの中……いたるところに、私が徹夜で準備したカンニングペーパーが仕込まれている。完璧だ。

「あんた、努力する方向が間違ってるよ」とは友人の弁だが、そんな些末なことを気にするほど私は小物ではない。どんな手を使ってでも、最後に勝った者が正義なのだ!


 追試は私ひとりだけなので、必然的に先生とのマンツーマンで試験を受けることになる。

 だが幸いにも、私の席は教室の一番後ろだ。教壇に立つ先生の視線をかいくぐってカンニングすることは十分に可能だった。

 そうとも。最後列の席にいる限り勝機はある! やってやる。私の全存在を賭けて、このカンニングを成功させてみせる!

「おい加藤。どうせ二人しかいないんだから、もっと前の席に来い」

 教壇の上から担任が手招きしていた。

 かくして気がついたときには教壇の前、最前列の席に座らされていた私だった。

 まずいよどうしよう。先生の目と鼻の先である最前列で、カンニングペーパーを取り出すなんて不可能だ。追試が始まる前から私は大ピンチだった。

「それでは、よーい……はじめ!」

 先生の号令とともに、私は裏返しにしてあった問題用紙をひっくり返す。プリントに書かれている設問に目を通す。ふむふむ、なるほど、さっぱりわからん。

 こうなっては仕方が無い。私は奥の手を使うことにした。

「あー、暑い、暑い」

 わざとらしくつぶやきながら、私はブラウスの胸元をパタパタと何度も引っ張る。

 実は、制服の内側にカンニングペーパーが縫い付けてあるのだ。

 こうやって制服の胸元を引っ張ることで裏側にあるカンペを覗こうという魂胆である。

 しかも、さり気なさを装うために教室のエアコンの温度を高めに設定しておくという念の入れようだ。これなら私が「暑い暑い」と連呼しても怪しまれることはない。

 暑さに耐える素振りを見せながら、私はブラウスの胸元を何度も引っ張り……妙な気配を感じて視線を横へと向けた。

 教壇の前にいたはずの先生が、いつの間にか隣に立って私の胸元を覗き込んでいた。

「あ、いや、うおっほん」

 私の刺すような視線に気付き、慌てて目を逸らす先生。

 信じられない、男ってサイテーだ。実はケダモノだった担任の破廉恥な行いによって、奥の手が封じられてしまったことに私は落胆する。くそう、このエロ担任。セクハラで訴えてやる!

 だが、一連の私の行動は決して無駄ではなかった。

 破廉恥行為を誤魔化すためか、先生は教室内をうろうろと歩き始めたのだ。チャンス! 思わずニヤけてしまう私。

 実は先生の背広の背中に、こっそりカンニングペーパーを貼り付けておいたのだ!

 今は私の背後を歩いているので見えないが、ウロウロと私の前を歩いたが最後、カンニングのし放題というわけである。

 カモーン、先生! カンペを背負って私の視界に入るがいい!

「なんだか今日はやけに暑いなあ」

 そう言って背広を脱ぐ先生。しまった、エアコンの設定が裏目に!

 もはや万策尽きた私の背後で、先生は黒板の隣に貼られている『連絡事項』と書かれたプリントに視線を向けていた……。


 黒板横のプリントには、国語の試験問題の解答になるような漢字がさりげなく書かれていた。

(わざわざ見やすいように一番前の席に移動させたんだから、せめて赤点だけは回避してくれよな)


 そんな親心など露とも知らない私は、涙ながらに試験用紙と向き合う。

 くっそ~、次こそは追試にならないように、絶対にカンニングを成功させてやる!


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