第7話 ピグマリオン2
クラスメイトの「牧島ツキコ」は、ロボットだ。
「いつまでちんたらやってるのよ! もう日誌は書き終わったの?」
放課後。
日直だった僕が一生懸命日誌を書いていると、仕事が遅い僕のことを罵倒するためだけに彼女(?)が声をかけてきた。
それはとても機械が発したとは思えないほど、感情に満ち満ちたイヤミったらしい喋り方だった。
製作者の趣味なのか。月のように大きくて丸い瞳。青い肌は金属特有の光沢で鈍く輝き、いかつい四角のボディに四角い手足、胴体の上に乗っている巨大な四角い頭の左右にはなぜか耳の変わりに大きなアンテナがくるくると回転している。
彼女は、口数がやたら多くて感情の起伏が激しいことを除けば、どこからどう見ても、巨大化したブリキのおもちゃにしか見えなかった。
「書き終わったなら私が先生に出しておいてあげる。ほら、さっさと渡しなさい」
そう言うと、彼女はいかにもロボットらしいカクカクした動きで、僕の手から学級日誌をひったくった。僕が何かを言う暇もなく、彼女は「ガチャコン、ガチャコン」と関節の音を響かせながら教室を出て行ってしまう。
「あ、それから」
キュイーンと音がして、彼女の首から上だけが180度回転して真後ろにいた僕を睨みつけた。胴体は正面を向いたまま、首から上だけがぐるぐると回転する様は、何度見ても怖い。
「一緒に帰ってあげるから、ちゃんと教室で待ってるのよ、いいわね」
一方的にそう言うと、彼女は再び首から上だけを回転させて教室を出て行った。
つくづく思うが、彼女は本当に人の意見を聞かないロボットだ。
「キミは私のことをどう思ってるの?」
一緒に通学路を下校していると、唐突に彼女がそんなことを尋ねてきた。
何と答えるべきか迷った僕は、思わず彼女の姿をまじまじと見つめてしまう。
彼女は直立した姿勢のまま、両足を動かさずに前進していた。キリキリと音が聞こえてくるのは足の裏のキャタピラが動いているためだ。
バスト100センチ、ウエスト100センチ、ヒップ100センチ(すべて推定)の見事なボディラインを見ながら、思わず僕はつぶやいていた。
「……ウエストが太いよね」
「がーん!」
ショックのあまり両手をあげて身をよじろうとする彼女。だが、そもそも腰が存在しないため、身をよじろうにもよじれない。
(なんで僕は彼女に気に入られてるんだろう)
彼女の強引さに押し切られる格好で毎日一緒に下校している僕は、目の前で両腕を振り回してギッチョンギッチョン鳴らせているブリキのロボットを見て、断りきれない自分のふがいなさを痛感するのだった。
「それじゃ、僕の家はこっちだから」
T字路に差し掛かったところで、僕は左の道を指差しながら話を切り出す。僕の家は左。彼女の研究所は右。このT字路で、僕らはいつも別れるのだ。
「じゃ」
短くそう言って、僕は片手を上げ、すたすたと歩き出す。
「うん……バイバイ」
背を向けた僕に対して、いつも元気な彼女が寂しそうに挨拶を返す。
……なんとなく、本当になんとなく、僕は寂しそうな彼女の声に反応して、いつもなら言わないような言葉を口にしていた。
「うん。また明日、学校で」
ピーーーッ!
唐突に、汽笛のような甲高い音が鳴り響いた。
驚いて振り返ると、そこには四角い顔を真っ赤に染めた彼女が、頭から真っ白い蒸気を噴出していた。どうやらこの甲高い音は、お湯が沸いたときにヤカンの口から蒸気が出るのと同じ理屈らしい。
彼女は頭をぐるぐると360度回転させながら、両腕をジタバタと動かしつつ、キャタピラの速度を最大にしてその場から走り去って行った。
喜んでいるのか恥ずかしがっているのか、あるいは怒っているのか壊れているのか、まったくわからないほどの見事なはっちゃけぷりだった。
(あんなだからほっとけないんだよな。仕方ないから、明日も一緒に帰ってやるか)
何度も壁に激突しながら走り去る彼女の姿を見て、そう心に誓う僕だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます