第4話 暗くなるまで待って
僕は、暗闇の中で悶え苦しんでいた。
放課後。
視聴覚室にこっそり忍び込んだ僕は、遮光カーテンを閉め切り、大型プロジェクターを使って、ごくごく個人的な映画上映会を開いていた。
真っ暗な室内にいる観客は、僕と幼なじのアユミの二人だけ。
上映されているのは僕が持ち込んだDVDで、名作との誉れ高い恋愛映画。「タイトルは知ってるけど観たことはない」というアユミのために、わざわざ用意したものだ。
映画館に比べればかなり安上がりな映画鑑賞。こういうのもデートと言っていいのかな? マユミと横並びに座って映画を観ながら、僕はそんなことを思ってしまう。
もっとも、僕とマユミは恋人同士でも何でもない……ただの幼なじみでしかないのだけれど。
物語はいよいよ佳境。スクリーンでは美しい夕陽をバックに、恋人たちの悲しい別れが描かれていく。
だが、そんな涙腺を刺激しまくる名場面を前にして、僕はひとり悶え苦しんでいた。
ちらりと隣に目をやると、アユミの白い腕が暗闇の中でもはっきりと見えた。
雪のように白い肌が、物悲しい夕焼けの光を浴びて美しく映える。
机の上に乗せられた彼女の細くて綺麗な手を見つめながら、僕はさっきからずっと同じことばかり考えていた。
ああ……手を握るべきか、握らざるべきか。それが問題だ。
はっきり言おう。僕はアユミのことが好きだ。大好きだ!
だが、その気持ちをはっきりと口に出したことは一度も無い。
小さい頃からずっと一緒だと、改めて気持ち告げることが非常に気恥ずかしく感じられてしまうのだ。
そうしてお互い「仲の良い友達」のまま、アユミとの付き合いは10年にも及ぼうとしていた。
いけない。このままじゃいつまでたっても友達のままだ。
危機感を感じた僕は、こんな中途半端な関係に終止符と打とうと、覚悟を決めて彼女を映画に誘ったのだった。
だけど、このままじゃ何もないまま映画が終わってしまう。それではいけない。なんとかして僕の気持ちをアピールしなくては。
そう思い、映画のワンシーンにかこつけて彼女の手を握ろう……かどうしようか迷って僕は一人で悶々としていた。
『ええい、男だろ! 手を握るくらいなんだ! 大丈夫、アユミだって嫌いなやつと二人きりで映画を観たりしないさ。思い切っていけ!』
僕の中の悪魔がそう叫ぶ。
『そんなに焦らなくてもいいじゃないか。強引に攻めて失敗したら、今の居心地のいい関係まで崩れてしまうぞ。ここは相手の気持ちも考えて、もっと時間をかけて行くべきだ』
僕の中の天使がそう叫ぶ。
そうして頭の中で天使と悪魔が喧嘩を始める中、僕はやっぱり悶々と身もだえするのだった。
アユミの手を握りたい。でも、アユミに嫌われたくはない。
ああ、僕はいったいどうすればいいんだ!
気がつくと、スクリーンでは美しい夕陽をバックにして、主人公とヒロインのキスシーンが大写しになっていた。
最高にロマンチックで感動的な、まさしく名場面と呼ぶに相応しい光景だ。
今だ! やるならここしかない!
僕は覚悟を決めた。
今からアユミの手を握る! もしもアユミが僕の手を振り払ったら、そのときは潔くあきらめようじゃないか! でも、もし、アユミが僕の手を振り払わなかったら……そのときは、そのときこそ僕は……。
ゴクリ。
唾を飲み込みながら、僕は手のひらにかいた汗をズボンで拭き取る。
アユミ……僕は君が好きだ! 大好きだ!
そして僕は、彼女の手を握った。
……いったいどれくらいの時間が経ったのだろう。
僕の手の中には、あいかわらずアユミのぬくもりが存在していた。
アユミは、僕の手を振り払ったりしなかった。
そのことに気づいたとき、僕は喜びのあまり大声で叫んでしまいそうになった。
彼女は僕の手を振り解かなかった。
ということは、ひょっとしてアユミも僕のことを……?
期待と不安で心臓が激しく脈打つのを感じながら、僕はゆっくりと顔を上げ、隣の席に座っている大好きな彼女へと視線を向けた。
僕に手を握られたアユミ。そんな彼女は今――
「ぐ~、すやすや」
――幸せそうによだれを垂らしていた。
「いや~、キミと一緒だとつい安心して眠くなっちゃうのよね~」
映画鑑賞を終えたアユミの、それが第一声だった。
この一言は喜ぶべきか、悲しむべきか……。
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