第3話 密室

 俺の名前は高屋敷サトル。

 ミステリ研究部部長であり、多少は名の知れた高校生名探偵だ。

 俺は依頼された事件を解決するため、犯行現場である放課後の旧校舎を訪れていた。旧校舎の1階にある古びた教室が、今回の事件現場だ。


「それにしても汚い部屋ですね」

 一緒に教室を調べていたミス研副部長のアカネ君が、不満そうに声を漏らす。

 つべこべ言わずにさっさと証拠を探すんだ、と俺が激を飛ばすと、アカネ君はしぶしぶといった様子で教室内を調べ始めた。

「……あれ?」

 部屋の入り口である引き戸に手をかけたところで、アカネ君が戸惑いの声をあげる。俺が振り返ると、アカネ君は困惑した面持ちでこちらを見つめていた。

「あの……戸が開かないんです」

 そう言ってアカネ君は力を入れて引き戸を引くが、ガタガタと揺れる音がするだけで扉はピクリとも動かなかった。

 その光景を見た俺は、後頭部を鈍器で殴られたかのような激しい衝撃を覚えた。

「まさか、俺たちは閉じ込められたのか!」

 俺が事件の真相に近づいていることを知った犯人が、俺の口を封じるためにこのような暴挙に出たというのか。まさか犯人がそこまで追い詰められていたとは、さすがの俺も計算外だった。

「いえ部長。単に扉が引っかかっただけみたいです。ここ、建てつけ悪いんですよね」

 そう言いながら、扉をガンガンと叩き始めるアカネ君。しかし、自分の推理に没頭していた俺にその声は届いていなかった。

「俺たちを旧校舎に閉じ込めることができた人物は……。俺たちがここに来ることを知っていたのは、俺とアカネ君を除けば彼女しかいない。そうか! 彼女が真犯人だったのか!」

 なんということだ。意外な犯人像に突き当たり、俺は驚愕せずにはいられなかった。

「いえ、だから建物が古くて扉が開きにくくなって……ゴホゴホッ」

 俺に何かを伝えようとしたアカネ君が、いきなり咳き込み始めた。その光景を目の当たりにした俺は更に驚愕する。

「まさか……毒ガスか!」

「いえ、埃が舞ってそれを吸い込んでしまったから……」

「くそ、犯人め。まさか毒ガスを使うほど追い込まれていたとは!」

 ガスのせいで冷静な判断ができなくなっているアカネ君の言葉を無視すると、俺はポケットから素早くサインペンを取り出して大急ぎで床に文字を書き始めた。

 こんなときこそ落ち着いて自分のやるべきことをやらなければ!

「部長? 何をしてるんですか?」

 苦しそうに咳き込みながらアカネ君が尋ねてくる。

 何をしているかだって? まったく、現在の状況を考えれば俺が何をしているのかたやすく想像できるだろうに。

 なかば呆れながら、俺は自分の行っている至極当然の行為について説明する。

「ダイイングメッセージを残しているのだよ」

「部長、死ぬんですか!?」

 どうやら彼女は、生命の危機を認識していなかったようだ。

 いや、きっと混乱しているだけだろう。いかんぞアカネ君、俺を見習ってもっと冷静になれ。

「でも、その文章っていったい何ですか」

 床に書き殴られた文字の羅列を見て、アカネ君は不思議そうに眉をひそめる。

 どうやら俺が何を書いているのか理解できていないらしい。

 わかっていない……本当にわかっていないぞアカネ君。それでも君はミス研副部長か!

「ダイイングメッセージなんだから、犯人にわからないように暗号で書いているに決まっているだろう!」

「……それって暗号にする必要あるんですか?」

 アカネ君がミス研部員にあるまじき発言を投げかけてくる。

 暗号になっていないダイイングメッセージなんて、そんなものはダイイングメッセージじゃない! 君はそんなこともわからないのか!

 いけない、彼女は動揺するあまり錯乱しているのだ。俺を見習ってもっと冷静になれ!

「とりあえず窓から外に出ましょうか」

 そう言うとアカネ君は、鍵のかかっていない窓に近づき、ガラガラと音をたてて開いた。

「私は外で新鮮な空気を吸ってきますけど、部長はどうします?」

「いまダイイングメッセージを考えているんだ。しばらく黙っていてくれないか」

 私が怒鳴ると、彼女は肩をすくめて窓から出て行ってしまった。

 まったく、こんなときに外に出るなんて……早く私を見習って冷静になってほしいものだ!

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