第2話 ポチ

「お手」

 放課後。下校しようとしていた俺は、校門のそばで仔猫と戯れる女子生徒を発見した。

「お手」

 地べたにちょこんと座って顔を洗っている仔猫に、その女子は必死に手のひらを差し出して「お手」を強要していた。

「なにやってんの?」

 俺が声をかけると、振り返った彼女は初対面である俺の顔を見てつまらなさそうに目を細め、再び仔猫の方へと向き直った。

「見てわからない? この子に芸を仕込んでいるのよ。お手」

「……猫だぞ?」

 張り切って手のひらを差し出す彼女に、俺は呆れた声で言い放つ。

「そんなこと見ればわかるわよ。あなた、私のことバカにしてるの? こう見えても視力は両目とも2.0よ」

「いや……わかってるならいいけど……」

 なぜか激しい剣幕で怒られて、俺は思わずたじろいでしまう。

 どうして見ず知らずの女子に怒られなければいけないのか。不愉快になった俺は、これ以上彼女と関わる前に、さっさとこの場から退散しようと決意した。

 そうして俺は一人で校門に向かったが、そんなことにも気づかず、彼女は大きな声で仔猫の名を呼び、芸を強要していた。

「ほら、ちゃんとお手しなさい! ポチ!」

「猫だぞ」

 つっこまずには入られなかった。



「この子はね、ポチの生まれ変わりなのよ」

 猫を抱きかかえた見知らぬ女子となぜか一緒に下校しながら、俺は彼女が仔猫に芸を強要するに至った経緯を聞かされていた。


 彼女の家には「ポチ」という名の犬がいたらしい。

 ところが先週、ポチは病気で死んでしまったのだそうだ。

 悲しみに暮れていた彼女だったが、昨夜、夢枕にポチが現れて告げたのだという。

『今日出会う生き物が僕の生まれ変わりだから、大切にしてあげてね』


「そして今日、この仔猫に出会ったのよ。だからこの子は『ポチ』なの。私のペットになる宿命なの。わかった?」

 キッパリと言い切る彼女を見て、俺は思った。

(これが電波系というやつか、こういう女とは関わらない方がいい)

 一刻も早く立ち去りたい衝動にかられた俺は、なんとかして話題を逸らそうと周囲を見回した。

 電信柱に、一枚のビラが貼られていた。


 ――この子を探しています。


 それは飼い主が、行方不明になっている仔猫を探しているというビラだった。



「……素直に返すなんて意外だったな」

 彼女に付き合って仔猫を飼い主のもとに送り届けた俺は、並んで帰り道を歩きながら、ついついそんなことを口走ってしまった。

 俺の言葉を聞いて、しかし彼女はまったく気にした様子も見せずに答える。

「可愛がっていた子がいなくなる辛さは、私にもわかるから」

 思わず俺は彼女の横顔を見つめてしまう。


 夕焼け色に染まる彼女の横顔は、なぜだかとても綺麗に見えた。


「でもおかしいわね。あの仔猫以外で、今日出会った生き物なんて……」

 そこまで言って、彼女は……俺の顔をじっと見つめた。

「……ポチ?」

「ちがう」

 どこまでも電波系な彼女だった。

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