第2話 旅路

 道中誰も弥兵衛を百姓だと疑うことはなかった。(しかし、安心できぬ)のである。噂によれば明智日向守という男はひどく慎重な男と聞いた。おそらく京周辺の街道は閉鎖されているであろう。小心者ほど慎重になる。それでいて有能な人とも聞く。(十重の攻めには二十重の守りというからな。)

弥兵衛は京への道は通らなかった。それどころか伊賀の国に向かっている。次第に山深くなっている。男の足でも伊賀の地は歩きにくい。それをすいすいと歩いていく。それでいて様々な情報を拾っていった。伊賀の山の奥に廃寺がある。

そこで大八車を下す。

一陣の風が通り過ぎると男の声が聞こえる。

「若。お懐かしゅうござる」

振り返ると50代の男が立っている。

「喜内、達者であったか?」弥兵衛は喜内の肩を抱いた。

「親父殿は達者か?」

「お元気でござる。昨年また子を作りました。死んだというのに。。。。」

「それはいい。死人に口なしというが、死人に子作りか。親父らしい。」喜内という男は大田喜内。伊賀忍者百池丹波の配下の者である。

読者はこの会話に違和感を覚えるだろう。百池丹波は前年死んだ、事になっている。丹波は己が「知りすぎた」ことに気が付いた。この時代「知りすぎる」事は暗殺の対象になる。それはいつの時代も決して変わらないのかもしれない。

事実上杉謙信に仕えた「飛び段蔵」こと加藤段蔵は主の謙信に暗殺されている。

そこで丹波は「死ぬ」事にした。盛大な葬儀を行い、空の棺桶を土に埋めた。

そして後を継いだのが弥兵衛の長兄の子「百池三太夫」である。

このことは忍びの者にとっては「公然の秘密」であったが丹波が「死んだ」ことで胸をなでおろした大名は数知れないだろうが依然として丹波は三太夫を補佐している。話を戻そう。

「土産じゃ」といって弥兵衛が小粒銀の袋を渡す。

「これはこれは。なによりの。。。。。」

喜内はそれを突然隣に現れた手下に渡した。

そして手下は風のごとく消えた。二人ともそのことに驚きもしない。

「若。今日は皆で若の摂津の話を肴に飲みましょうぞ」

二人は歩きだし、そして消えていった。

 ここで弥兵衛の経歴を話さねばならない。

前述の通り彼は百池丹波の息子、である。丹波は伊賀の地侍の一人である、そして伊賀流忍術の伝承者である。弥兵衛も忍びの術を幼少より学んだ。

俗にいう忍術とは「口伝」つまり口で伝えることである。決して書にしたためてはいけない。が掟である。弥兵衛も一通りの術を使いこなすことができる。伊賀の山道を大八車を引きながらすいすいと歩いて行けたのはそのおかげである。

昨年信長が5万の兵を送りそれと戦って伊賀は「壊滅的」状態、になった。

忍びの術に「仮に死ぬ」というものがあるらしい。呼吸を止め。脈を止め、一時屍になる。その術で多くの兵を損することがなかった。

むしろそのおかげで世に「伊賀は死に体」というメッセージを送ることができた。

「死に体」に世間の注目が集まることはない。そこが狙いだった。

陰に生きるものに注目が集まってはいけないのだ。丹波も三太夫も生き延びたが長兄は運悪く敵に見つかり殺された。この憎しみは弥兵衛は最近知らされた。

弥兵衛自身は「丹波の命」で機内の探索を行っていた。

ある意味丹波は「本能寺の変」を予測していたのかもしれない。

信長はやがて殺される。そう思ったればこそ可愛いわが子に「草」の役を与えた。

「草」とは各地域に居住しまさしく「草のごとく」情報を吸い上げる仕事だ。

そして弥兵衛は平野郷で草となったのだ。

「やはり殺されましたな。親父殿」

「うむ。お前を機内においてよかった。」そう言ったのは父の百池丹波である。

おおよそ忍びの頭は大げさな容姿と伝えられる。

たとえば風魔小太郎なぞは「身長が2メートルをゆうに越し口からは二本の牙が生えている。」といったようなものだ。勿論そんなことは嘘である。大柄な男は忍びには向かない。変装ができないからだ。大体牙なぞ生やしていては隠密の行動などとれない。

事実丹波の姿を見て誰が「伊賀流忍術の祖」と思えようか。

丹波は小柄な男で顔つきも穏やかである。しかし目には何か光るものがある。

梅の祖父重蔵に似ているところがある。ゆえに弥兵衛は重蔵を父のように慕い、今回の役目を買って出たのだ。

話を戻す。

「しかし、殺したのが光秀なのは意外であった。あの小心者がなあ」

自慢げに丹波は話した。

この席には丹波と喜内、弥兵衛。そして現当主の三太夫がいる。

「すっかり秀吉が殺すものと思っておった」

「その秀吉ですが。。。」

喜内が口をはさんだ。

「毛利との和睦を申し込んでいるようです。」

「仇討ちか。」三太夫がつぶやいた。

百池三太夫は現当主だが祖父に似て心が優しい。そこが丹波の悩みでもある。

忍びの世界は残酷だ。そして残酷なものを乗り越えた先に道があるのだ。

それを教えるまでは死ぬに死ねないというのが丹波の本心であろう。

「弥兵衛。面白いことを教えてやろう。喜内、これへ」

丹波の言葉で喜内が文を弥兵衛に渡す。

「家康の家来服部半蔵から文が届いた。家康が伊賀を超えるから力を貸せ、とある」丹波は不機嫌になる。

「恩を売っておくのも策かと。。。」弥兵衛は笑顔で答えた。

「叔父上の申される通りです。伊賀忍術の名をあげる機会かと。」三太夫も賛同する。

しぶしぶと丹波は口を開いた。

「わかった。一応は手助けをいたそう。」

皆が胸をなでおろした後

「しかし」

「多少はお灸をすえてやるのも悪くあるまい」

満面の笑みで丹波は話した。

そのあとは弥兵衛の摂津の土産話に花が咲いた。

丹波と喜内は年のせいか酔いつぶれ、三太夫と弥兵衛のみが正気であった。

「して。叔父上、今後はいかがなされる?」

と弥兵衛へ酌をした。

「わしは京に行こうと思う。大概の事は聞いたが己の眼で見てみなくてはな。何とも言えん。」

「それから摂津にもどる、」

「なにしろ、恋女房がおるでの」

ほどよい風が吹いた

「天下はいかがなるのでしょうかな?」

三太夫はまたこぼした。

「さあ。所詮われらは闇に生きるもの。誰の天下になってもかかわりのないことよ。」

夜は深くなっていった



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