ショートストーリーズ
@zk_
第1話 華岡ヒトミ
八幡学園都市中心部の郊外。広大な敷地と荘厳な建物、そして手入れの行き届いた庭。
固く閉じられた門の前には、一人の少女。
呼び鈴を鳴らすわけでもなく、彼女は庭を見渡し、ため息をつき、所在なさげにうろつく。
「……これじゃあ不審者だわ」
私は何をしているんだろう、と一際大きく息を吐くと、手元の可愛らしい包み――手土産のクッキーである――を一瞥した。
その時。
「おや、そなたはいつぞやの」
「ひゃあっ……!?」
背後からの声。予想外の展開に驚き素っ頓狂な声をあげるも、振り返って声の主を確認した少女は、安堵の表情を浮かべた。
(やっぱり、何も見えない)
彼女は不思議な能力を持っていた。
他人のこれまでの人生が『見えて』しまうという瞳。
度の合わない眼鏡は、彼女なりの処世術だった。
けれど。
今、目の前にいる男は違った。今までこんな事は無かったのだ。人生が全く読み取れない相手がいるなんて。
変わった人。猫が案内してくれたちょっとした非日常。そう思った。
けれども、いつもの『見える』日常に戻った時、彼女はやはり、そして当然のように、あの人ともう一度会って話してみたいと思うようになった。
「あの、先日はありがとうございました」
お口に合うかわかりませんが、と手土産を差し出す。
男は前回会った時の金ぴかスーツではなく、白を基調としたスーツのようなものを着ていた。施された刺繍もいかにも高級そうなそれは、この広大な屋敷に相応しい雰囲気を醸し出していた。
「はて?朕はそなたに礼を言われるような事をしただろうか」
「眼鏡を取り返してくれましたから、そのお礼に」
「お礼だなんて!あの時言ったであろう、その眼鏡は友好の証だと」
相変わらずよくわからない。でも、きっとこういう人なんだろう。悪い人ではない。たぶん。
「それならこれは、私からの友好の証です」
「……ふむ?」
男は何か思案する素振りを見せたが、すぐに破顔して彼女の手土産を受け取った。
「そういうことなら、ありがたくいただこう」
男の眩しい笑顔が、彼女を照らす。
「まだ空は明るい。これに合う、とびっきりのお茶を用意させよう。そなたも一緒に、どうだろうか?」
男は彼女に手をさしのべる。
「喜んで」
人生どころか、まだ名前も知らない。
そんなことは、これから知ればいい。
時間は十分にある。
男の手を取る彼女の表情は、眩しく輝いていた。
ショートストーリーズ @zk_
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