第二話 Re:ベイビーベイビーエンド





 夏。


 どこもかしこも眩しくて、チカチカと火花が飛んでいたのに、君はいつも涼しげに見えたんだ。覚えているかな。



 冬。


 一面真っ白に押し潰されて、呼吸すると時が止まってる気がしたよね。覚えているかな。



 季節は何周も巡り、いつもいつでも君を思い出す。どの場面にも一緒にいたのは君だから。


 今もこの気持ちは変わらず、大好きなのは君だけ――。



 オレは元気です。






「泉谷、アレ駄目だわ。ちょっと上登ってアレだけ取っ替えてこい」


「うっす」



 スタッフは一同に同じジャンパーを羽織り、肘まで袖を捲りあげ軍手をつけている。そうでなきゃデニムのパンツの尻ポケットから軍手をぶら下げてあるいているか。


 慣れた足取りで梯子を登る。相当の高さだけど今じゃ慣れっこだし何とも思わない。照明器具が並ぶ間の通路からも下は丸見えだ。



 仕事の時間は早朝深夜問わずの不規則っぷり。スタッフにはお弁当があるから食事の心配はないけどね、体力勝負なとこもあってけっこうキツイ仕事です。



 大きなイベントだと俄然やる気が出るけどね。コンサートやライヴとかの照明スタッフの仕事、オレは野外ステージを作るのが好き。色んな会場を掛け持ちでやってるからバラシと仕込みの時間が重なるとうちの会社はけっこうてんやわんや。でも楽しくやってるよ。





 いつの頃からか仕事におわれ、休みの日には死んだように寝てた。そんなせいか、大好きだった琉依ちゃんとも疎遠になってしまった。


 ふとした拍子に思い出す度、どうしてるかなって思うけど。家に帰れば泥のように眠ってしまう。今さら連絡なんてしたら迷惑がられるかな、とか。もう誰か他のやつと結婚してたらどうしよう、とか。



 昔、あれだけ結婚結婚言ってたオレは。社会に出てようやく、結婚なんて言えない自分に気付いたんだ。安い給料だって自分一人で生活する分には大して困らない。でも、誰か養って家庭を築くなんて、到底出来ない気がした。


 好きだと言う気持ちだけでは、届かないってことを知った。


 仕事に明け暮れていたのは稼ぎを少しでも増やそうとしていたからだったのに、いつの間にかオレの生活は仕事一色で、そこにいたはずの琉依ちゃんがいない。



 どうしてこんなに時の流れは早いんだろう。





 会いたい。



 ただ一緒にいられたら幸せなのに。離れてしまった時間の分だけ会うのが怖い。


 情けないなぁ、オレ。



 とぼとぼと仕事明けの帰り道、自販機で買った缶コーヒーを飲みながら、今どうしているかまったくわからない琉依ちゃんのメアドを見つめた。


 何てメールしたらいいかだってさっぱりわからないし、とっくにアドレスが変わっていても不思議はない。



 琉依ちゃんのことだから、きっと周りの男がほっとかないよな。専門学校に行ってた時でさえ、見合いとかあったみたいだし……。


 住む世界が最初から違う。ちょっとずつオレはそれを知っていった。知っていったけど引き返せないくらいに琉依ちゃんが好きだった。





 アパートの入口でポストにたまっていた郵便物とチラシを掴み出し、部屋に向かいながら一枚一枚チェックをしかけてふと。ドアの前に人影を見た。


 オレん家のドアの前に女の子。



「え……誰?琉依ちゃん?」



 弾かれたように振り返ったのは琉依ちゃんとは似ても似つかない顔の中学生だった。



「きょ、恭平お兄ちゃん???」



 何か見たことがある気がした。



 記憶にあるのは小学校低学年までの顔で、すっかり変わったと言えば変わった。



「きららちゃん。大きくなったね」


「そこは綺麗になったとか大人になったとか言ってよね!」



 中学生はオレから見たらまだこどもだけどなぁ。





「どうしたのー?久しぶりじゃん。上がってく?……何にもないけど」


「あ、お邪魔します。紀子ママから差し入れ持ってきたの」


「へー」



 鍵をあけて中へ入れると、きららちゃんはオドオドキョロキョロしていた。



「ほんとに何にもない……」


「帰って風呂入って寝るだけの部屋だからね」


「忙しいの?」


「超忙しい」



 姉貴の家がわりと近くなのは知ってたけど、そういや一度も行ったことないな。



「皆元気ー?」


「元気。この前沙希と朱希と三人で……いや四人…?遊園地行ってきた」


「マジで?いいなぁ久しぶりにオレも二人に会いたい」


「る…琉依さんとは、今も仲いいの?」


「ん?」



 変な空気が流れた。部屋の小さな時計の音まで聞こえてくる。



「さっき、入口で私のこと琉依さんだと思ったでしょ?」





 何て答えたらいいかわかんなくて、オレがいたたまれないほど沈黙した。


 きららちゃんは、一度視線を落としてから思い出したように紙袋を差し出す。



「これ紀子ママから。あと……私が焼いたクッキー、たくさん焼きすぎちゃったから」


「ありがと」



 きららちゃんのクッキーはくまさんの形で可愛かった。



「きららちゃんも彼氏にクッキー焼いたりする年頃になったのかぁ」


「かっ、かか彼氏なんかいないし!そんなために焼いたわけじゃないし!……恭平お兄ちゃんこそ彼女いないんなら私がなってあげてもいいんだからっ」 


 通常より高くなった早口で捲し立てるきららちゃんにオレは苦笑いを返した。



「確実にオレは姉貴に殺されるわけですけどね」


「…っぐわ、」


「でもありがとね、慰めてくれて」



 玄関の前に誰か女の子が立ってるだけで、それを琉依ちゃんかと思うくらい。今でも琉依ちゃんがいっぱいのオレの中に。帰ってこないかな。傍に近づきたいな。





 何の気なしにさっきポストから取ってきた紙の束を漁る。チラシの中にいくつか手紙が混じっていた。水道電気の明細書に……葉書?



「何だこれ」



 見慣れない葉書には、出席·欠席の文字。よく読むと同窓会の案内だった。



「同窓、会……」


「……じゃあもしかしたら琉依さんも来るかもね」



「来るかな。しばらく会ってない」



「じゃあなおさら。お兄ちゃんに会いたかったら来るかも」


「オレ仕事休む!」



 急に元気になったオレに、今度はきららちゃんが苦笑いをした。



「なくしたら困るものはなくさないように、大事にしとかないといけないのよ」


「わかった!大事にする」



 昔からよくオレってば説教されてた。





 オレはもう一度同窓会の案内状を見た。途切れてしまったオレと琉依ちゃんをまた繋いでくれるかもしれない大事な葉書だ。


 まだ本当に会えるかどうかもわからないのに、オレはもう再会した気分になってしまう。



「じゃあ私帰るね」


「あ、送ろうか?」


「ううん。疲れてるでしょ。ゆっくり休んで」



 きららちゃんが玄関の所でオレを振り返った。



「バイバイ。お兄ちゃん」


「うん。ありがとね。皆によろしく」



 昔だったら頭をイイコイイコして撫でてるところだけど。さすがに中学生にそれは嫌われるか。


 小走りで駆けてく背中を見つめて、ぼんやりと元気だなぁなんて思ってから。



 オレは返信用葉書の出席に丸を付けた。



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