第4話 小さな君と魔法の絵本



 夜漫画を読んでたら奥の部屋からしくしく泣く声が聞こえて、オレはてっきり寝ちゃってるとか思ってた双子ちゃんの様子を覗いてみた。



「どうしたよぅ?」



 やっぱり他所の家じゃ寂しかったりするのかなぁ、泣きじゃくってるのは沙希ちゃんで何とか宥めてあげなきゃな。そう思って辺りを見回すと、眠ってる朱希ちゃんの枕元にうさぎみたいな人形があった。こっちはお昼寝してないからかグッスリだ。ちょっと拝借いたしますよ、っと。



「ねぇねぇ沙希ちゃん!どうして泣いてるの?一緒にあそぼうよ」



 人形で沙希ちゃんの頭の上を歩く。ぐすんと鼻をならして沙希ちゃんが顔をあげた。



「マーフィはそんな声じゃないもん」


「今日は風邪でのどの調子が悪いんだよ~」


「おかぜの子は寝てなきゃだめ~!」



 うさぎのマーフィを沙希ちゃんに奪われた。


 あ、お布団に寝かしちゃうんだ。



 オレは早くも手駒を失った。






「さーちゃんね、絵本持って来たよ」



 沙希ちゃんがごそごそと荷物をあさる。



「絵本?」


「寝る前にね、いつもママが読んでくれるの!」



 おお。それは是非出していただきたい。



 小さな手でカバンから引っ張りだした一冊の本は薄すぎず厚すぎず。



「読んであげるよ」



 トテトテとやって来た沙希ちゃんがオレの膝に座った。


 すっぽり小さい。



「サンタさんがくれたの」



「へぇ、……そういやもうすぐクリスマスだね」



 絵本の内容もサンタさんの話だった。


 読んでる間、沙希ちゃんは恐ろしく静かで、聴いてるのかな?とオレが心配になるほど集中してるみたいだった。すぴすぴ寝息をたててる朱希ちゃんのほうが賑やかなほどだ。





 お話が終わって沙希ちゃんはオレにこう言ったんだ。



「さーちゃん、わるい子?」


「ふぇ?なんで??……沙希ちゃんは可愛いいい子だよ」



 膝に座った沙希ちゃんの顔は見えない。


 でも確かに言ったんだ。



「さーちゃんね、今年はプレゼントいらないの」








「琉依ちゃん聞いてよぅ!」


「…いや…」



 翌朝教室で出会い頭に泣きついたオレを琉依ちゃんはいつものように冷たくかわした。



「しつこいねぇ泉谷」


「あぁもう!うるさいなぁっ!琉依ちゃん以外は呼んでないのぉ」



 辺りの女子を蹴散らして、それでね?とオレは琉依ちゃんに話を続けた。



「自分がいい子じゃなかったからサンタさんが両親を奪っちゃうって信じてるんだよ!?泣けるよね?」



 既にオレは泣き出しそうででも琉依ちゃんは黙って遠くを見てた。



「だいたい親が酷すぎだよね!?あんな小さい子をあんなに追い詰めてさ!こどもの気持ちとか考えろって思わない!?」



 ずっと黙っていた琉依ちゃんの視線が。ぎょろり、とこっちを見た。


 まともに。


 こんなに目があうとか普段はないことで、だからオレは驚いて口を閉ざした。



 琉依ちゃんがオレを見てる。


 琉依ちゃんがオレの言葉に反応した。



 でもなんだかそれは嬉しいほうのリアクションとは違うような、殺気を含んで。


 いころす――、


 そういう種類の目力を感じた。





 たった数秒の沈黙が長く長く長く感じた。やがてゆっくり琉依ちゃんの唇が動いた。まるでスローモーションだ。



「…私に…どおしろって…いうの…」



 教室のざわめきに消えないくらい、それは強くオレの心に焼き付く。いつもと変わらない口調。でも怒ってる。


 皆気付かない、笑ってる。


 でも琉依ちゃんの目がオレをまっすぐ見てる。



「…そんなこと…他人の私に…言わないで……あの子たちを、悲しませたいの……親を悪く言われて…あの子が喜ぶの…?」



 じっとりとした琉依ちゃんの言葉にオレは頭から冷水をかけられた気分だった。


 だってオレも沙希ちゃんの気持ちなんて考えられてなかったから。二人の両親に偉そうに言えない。



 ごめんなさいとオレが言えるより先に、琉依ちゃんはふっと、またそっぽを向いた。



「…仕方ないの…我慢できるわそのくらい…我慢しなきゃそのくらい…」



 独り言みたいに俯いた琉依ちゃんが呟いた言葉の意味はオレには解らなかった。






 いつもより虚ろな琉依ちゃんを見て、オレは胸が締め付けられる気持ちになった。


 何でこんな話しちゃったんだろ、オレの馬鹿。



「ごめんね……琉依ちゃん」



「…私の…前で…泣かないで…」



 そういえば昨日から泣いてばかりだった。慌てて泣きそうなのを堪えた。



「…あの子たちより先にも…泣かないで…」




 ぽつりぽつり紡がれる言葉。



「…泣きたいのは…あの子…



 …先に…アンタが泣いたら…


 …我慢…出来ない…」



 あるいは『泣きそびれる』。


 琉依ちゃんは、最後まで言えず飲み込んで黙る。



 オレは無意識に琉依ちゃんの頬に手を伸ばしていた。


 髪に隠れた頬に触れるか触れないか、そんな距離で指が止まる。



「…泣いてないよ…」



 琉依ちゃんは泣いてなかった。


 泣きそうだけど、でも泣いてなかった。


 泣いてはいなかったけど、泣きそうにはなっていて。オレが知らない琉依ちゃんがそこにいた。泣かないように堪えているだけで、本当は何か泣きたいことがあるんだ。



「……琉依ちゃんは、いい子だね」



 何て言えばいいか解らなかった。


 気付いたら口が勝手に言ってた。



「…こども扱い…?」



 オレより琉依ちゃんはずっと大人だけど。


 ちょっぴり口を尖らせて睨んでくるのも可愛い。



 何となくわかった気がした。沙希ちゃんと朱希ちゃんのことも。琉依ちゃんのことも。ションボリとしていたはずなのに、何故かムクムクと勇気が湧いてきた。



 オレはまた息を深く吸い込んで元気に言った。



「決めた!オレが三人のサンタになる!」






 小さい頃は沙希ちゃんの持ってた絵本に出てきたみたいなサンタを信じてた。


 でももらっていたプレゼントが実は親がくれていたって知ってガッカリして。


 サンタなんかいないってふてくされて。




 だけどさ。大事なのってサンタがいるいないじゃない、もらうプレゼントは嬉しいし、いい子だねって誉めてくれるのは別にサンタじゃなくて良かった。



 サンタが来ないのは悪い子だからじゃない、だいすきな人にいい子だねって見てもらえないのは本人のせいじゃない。



「オレがサンタになるの!」


「………………頑張れば…?」



 オレがガンと譲らないので、琉依ちゃんは投げやりに言う。もう目をあわせてもくれない。



 だけどでも、もらってばかりじゃ駄目なんだ、だって愛は返していかなきゃ!


 オレは両親に普通に愛されて育ったと思うし、だったら足りない子にはオレが代わりにあげなきゃ!サンタってそういうことでしょ!むしろ親がいないとかで出来ないことを叶えてくれるのがサンタでしょ?



「だから結婚しt…」


「…それはいや」




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